第一章 「すいません、あたしブロッコリーとカリフラワーの区別が出来ないんです」
パロディー要素が大きいです。たまに著作権侵害の恐れがあるため、伏せ字が出てくることがありますが、その場合、感想等でも伏せ字にして下さい。
「どーっどーまん、せーまんっ!」
……………………。
どうも、お見苦しい所をお見せしました。何か陰陽師が踊っている夢を見ていたもので……。あ、そうそう、ちゃんとした自己紹介がまだだったような。それでは名前から。
あたしは富良野舞。十八歳高三。ちょっと平均以下の身長(150センチ弱)とト○○クの山○奈○子も裸足で逃げ出す希少種の超貧乳、それにポニーテールにまとめた艶やかな黒髪ロングが自慢の、健康優良、健全な女の子なのです。好きな物はアニメ、マンガ、ラノベ、テレビゲーム、年齢制限付きパソコンゲーム、特撮、そして可愛い女の子。もちろん、ニコニコ動画は毎日鑑賞。YouTubeもダウンロードしまくりなのですよ。いえ? オタクじゃないですよ? ちょっとそっち方面に理解が深いだけなのです。そこの所を理解して貰わないと。マスコミ関係はそこの区別がなってないわけで……。
おおっと、少し脱線してしまいましたね。ま、そんなこんなで愉しい毎日を送っていたのですが……何の因果かあたしはここにいるわけで……。ちょっと深いため息。
あたしは頭を三回振ると、布団をはね除けて上半身を勢いよく起こした。
見慣れない部屋に一瞬戸惑い、思わず周りを見回す。もう、これは仕方ないね。
この臭いは……消毒液? つー事は、ここは病院か何かかな? かな?
少なくともあたしの家はこんな消毒液臭くないし。
頭打ってあたしの世界の病院にでも運ばれたと思いたくて窓をチラリ。しかし、そこに広がるのは記憶が途切れる前見た風景そのもの。太陽二つも覗いてる。
やっぱ夢オチとかそんな事はなかったかー。ちぇっ。ちょっとは期待してたんだけどなぁ……。
ふふん、黄昏れるあたしは何時にもまして決まってるねぇ。三割り増しだねぇ。
しっかし、ここ、ホントにどこなんだろ。太陽が二つあったのが、あたしが脳梗塞でも起こしてない限り事実であるのは当たり前なのであって、ここはあたしが暮らす、銀河系の太陽系第三惑星『地球』ではあり得ないことが明白なわけでありますよ。みなさん。
うーん、これがアニメとかだったら、面白そー……とかですむんだろうけど、実際問題あたしは体験しちゃってるわけだしなぁ。ここに来て、異世界とかに飛ばされた主人公達の気持ちが理解出来たよ、一生体験したくなかったけどね。うーん、分かりやすく言えば中東ら辺に行って武装集団に拉致られた時の気持ちにソックリだね、されたこと無いけど。
ま、そんなわけで、足場がぐらつきまくって嫌な感じ。とにかく、今居る所、この世界のシステム、常識を調べないと……落ち着くことなんか出来やしないし。しかし、それ、どうやって調べようか……。さっきの子……エトナちゃんとか言ったっけ……あの子がここにいれば、色々聞けるんだけど……居ないしなぁ。
とか考えていると、こちらに向かって歩いてくる足音が聞こえてきた。人数は複数。ひょっとして、この部屋に向かってきてるんだろうか? もし、そうなら、入ってきたときに色々聞いてみよっと。
あたしは独りごちるとその足音に耳を澄ました。
案の定、あたしが居る部屋の前で止まる足音たち。コンコンッと軽いノックの後……。
「し、失礼しまーす……」
イチゴシロップに蜂蜜を垂らしたような甘ったるいぷりちーボイスと共に先頭を切って入ってきたのはあの子、エトナちゃん。何故か頭を抑えて涙目になっている。ちょっと心配。何かされたのかな?
エトナちゃんはあたしが目を覚ましたのに気付くと、ホッとした表情を浮かべて、
「あ、起きてたんですかぁ、よかったです」
にっこりと笑った。ああ、その笑顔、襲っちゃいたいくらい可愛いよぅ。この子の笑顔を見てると今あたしが居る状況なんかどうでも良くなってくるね。これ、正論。
あたしがその笑顔を幸せな気持ちで眺めていると、エトナちゃんの後ろからぬっと白衣を着た二十代後半の女の人がこちらを覗き込んできた。眼鏡が似合う知的な女性。女教師って感じ?
「ん、起きたみたいね。どう? 頭とか打ってない?」
エトナちゃんから話を聞くと、自分たちの担任兼、保険医なのだそーだ。そして、あたしが今まで寝ていたのはこの学校の保健室。どうやら気絶してしまったあたしをクラスメートたちと一緒に運んできてくれたらしい。
「あ、ありがとうございました。ご迷惑をおかけして……」
「あ、いいっていいって。迷惑をかけてるのはこっちの方が大きいんだから。気にしなくていーよ」
エトナちゃんの担任で保険医の先生は気さくに笑うとエトナちゃんの頭を叩きながら、こう続けた。
「この子のせいで、どっかから飛ばされて来ちゃったんだって? 全く……錬金術の先生から聞いたけど、ホントに呆れたわー。一体どこをどう間違えたら錬金術の呪文が召喚の呪文にすり替わっちゃうのよ。しかも、こことは違う別世界から喚んじゃうなんて……」
あ、あ、エトナちゃんが可哀想……。さっき頭を抑えていた理由はこれか。でも、痛そうに顔をしかめてるのも、可愛いなぁ。……って、今、先生なんか確信めいた事言ったような……言いましたよね?
「ん? ああ……あなたが異世界から召喚されたって事? この子からあなたが聞いたことのない変な地名を連呼してたって聞いてたからトレースの魔術を使ってみたのよ。プライバシーに踏み込むことになるけど、こちらの手違いで召喚されたわけだし、聞いたことのない単語を使っているって事は、もしかしたら異大陸から召喚されたのかも知れないじゃない? そんなわけでそれを使ってみたんだけど……驚いたわ。まさか、この世界以外にも別の世界があるなんてね。宇宙学の異端者の戯言だと思っていたけど、こうもあたしの目で確認しちゃったからねぇ。信じざるを得なかったわけよ」
そう言って、肩をすくめるエトナちゃんの担任。
お、初めて掴んだ確かな感触。これは期待出来るかも。
「あ、そうなんですか……なら、あたし、帰ることも出来るんですよね?」
思い切ってそう聞いてみると、先生は急に表情を曇らせた。
「え?」
「ごめんなさいね。その……凄く言いにくいんだけど、異世界から召喚された例は今までなくて、あなたが初めてのケースなの。そのために帰すやり方が分からなくて……。あー……でもね、確かに召喚したモノをその地に帰す魔術は存在してるのよ。それは召喚時に用いた魔術を正確に逆詠唱することで可能になるの。それを試してみたかったんだけど、今回の場合、この子はどこをどう間違ったのか、錬金の魔術を使用中に召喚の魔術を発動させてしまった。しかも、その間違った箇所がどこかも分からないらしいの。これでは……あなたを元の世界に帰すための魔術が発動出来ないのよ。本当にごめんなさいね?」
「そんな……」
さっきの先生の言葉に淡い希望を抱いていた私は再びどん底に突き落とされた。
しょぼーん。
「あ、えーと、あなた、そんなに落ち込まないで。まだ、完全に還れないと決まった訳じゃないから! とにかく、色々文献をあさって調べてみるから……希望は捨てないで」
先生は月並みだけど、そう言って励ましてくれた。でも、それって可能性がないから言う台詞なんですよねー。奇跡は起きないから奇跡って言うんですよぅ?
でも、先生はあたしのそんな心情には気付かず話を進める。
「えーと、それで悪いんだけど……あなた帰るまでこっちの世界にいなくちゃならないじゃない。衣食住はこっちでどうにかしてあげるわ。もちろん、タダって訳にはいかないけど……」
「え……それを用意してくれるのはそれはありがたいですけど……あたし、お金とか持ってないですよ?」
「うん、それは分かってるわ。その代わり、あなたのいた世界の話と、ちょっとした雑用をやって貰いたいのよ。ちょうど、あたしも助手が欲しいと思ってたとこでね。どう? 給料とかも出るわよ?」
「あ……ハァ、それはいいですけど……何であたしの世界の話なんか?」
そんなの聞いて、どうするんだろうか、この人。
「そりゃあたしも宇宙学者の端くれだからね。全く違った発展をした文化には興味あるのよ」
「あ、なるほど。納得しました」
「そう。で、どうする? 悪いようにはしないつもりだけど」
「えー……と」
うーん、確かにあたし行くとこないしなぁ……。でも、いきなり見ず知らずの人間に全てを任すって言うのも……。
そんな風にあたしが決めかねていると、先生はニヤリと笑って、
「あ、一つ言っておくと、住む所なんだけど……ちょうどこの事件の張本人であるこの子の寮の部屋が二人部屋でね。それまた一人分余ってたのよ。だからそこに住んで貰おうと思って。どうするマイにゃん、この子と相部屋よん?」
「お引き受けしましょうっ!」
フフン、人は時として人を心から信用しなくてはならないのだよ。別にエトナちゃんと相部屋になってめくるめく熱い一夜を過ごせる(かもしれない)から即答した訳じゃないんだからねっ! そう、これは生きていくために大事なこと。ああ、働くって素晴らしい……。
……信じれ。
すると先生はうんうんと頷きつつ満面の笑みを浮かべて、エトナちゃんをあたし前に押し出してきた。
「それじゃエトナっち。案内お願いねぇー」
最後にそれだけ言うと先生は保健室からそそくさと退散していった。何か用事があるらしい。
保健室に二人だけ残される。
ああ、このシチュエーション、フラグ立ってたらお楽しみシーンに突入してるんだけどなぁ……。
はっ、あたしったらまたこんな事考えて……いかんいかん、顔に出てたら最悪だ。バッドエンド直行フラグが立ちまくりだ。
よし、こういう時は会話をして取り繕おう。
「あの、エトナちゃ……」
「あの……その……本当にゴメンなさいっ」
あたしが口を開いた瞬間に、エトナちゃんは頭を床にぶつけるんじゃないかというほど思い切り頭を下げて、あたしに謝ってきた。
呆気にとられるあたし。
「あたしのせいで……全く勝手の分からないこんな世界に召喚してしまって……本当に謝っても、謝り切れません……しかも、帰れないなんて……そんなの……」
エトナちゃんは頭を下げたまま、肩を震わせる。顔からポタポタと床に水滴を垂らしながら。
あ……泣いてるんだ……。あたしのために……。
そんなエトナちゃんを見ていると、心から愛しくなって、あたしは思わずベッドから起きあがると、彼女をしっかりと抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫だよ、エトナちゃん。確かに、すぐに帰れないのは哀しいけど……先生はきっと帰る方法を見つけてくれるから。それにあたし、気にしてないから。あなたが故意にやったなんて思ってないから。だから、ね。泣き止んで。これからあたし達友達なんだから。多少の失敗なんて、目を瞑るよ」
よし、あたし! いい事言ったっ!
「ともだち……本当ですか?」
エトナちゃんが泣きはらした目でこちらを見てくる。上目遣いが非常に良し。
「ん……本当だから」
エトナちゃんの頭を撫でながら優しく言う。何か、お姉さんにでもなった気分だ。
すると、エトナちゃんは今までで一番良い笑顔を浮かべた。
「ありがとうございます……えと……」
「舞でいいよ」
「あ、はい……ありがとうですぅ。マイさん」
エトナちゃんはそう言って抱きついてくる。柔らかい感触があたしの身体に触れてくる。 ふぉぉぉぉぉぉっ!
キタ━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!?
グッドエンドルート確定よっ! やりぃっ!
しかし、エトナちゃんって着やせするタイプなのねぇ……出るとこはしっかり出て……ウエストは凄く細い……。
それに凄く良い匂い……。あー……何か理性が焼き切れちゃいそう……。
でも、襲っちゃうとバッドエンドフラグが……くぅ……これは蛇の生殺し……辛いっす、拷問っす。
む、むむむむむむむむむむむむむむっ!! う、動けないぃ……(涙目)。
……この後、この甘美なる拷問は十分間続けられたのだった。よく耐えれたな……あたし……。
「あ、マイさん、ここがあたしの部屋ですぅ」
ウキウキとした顔で指差してくれた先を見る。
そこにあるのは一つの木の扉。どうやら、ここがエトナちゃんの部屋らしい。見た目は馬小屋程度の木で作られた小屋。物置と言っても良いくらいの大きさだった。ふむ……。どう見ても寮じゃないよね、独立した小屋。
こんな可愛いこの部屋について文句言いたくは無いけど。けど。
第一印象、日当たり悪い。ここ、完全に朝日も夕日も入んないよ? まだ夕方なのに真っ暗だよ?
ここ、トイレからも一番遠いし、第一あたし達が居た校舎から一階外出て、真っ直ぐ行って右にばーっと曲がってすぐに左にバキッと曲がって直進した先を右回転した先にあるんだけど……そりゃ、ここ他にルームメイトなんか居ないよ。つーか、なりたがらないってのが本音かな。この部屋、どう見たって壊れかけの小屋にしか見えないもんなぁ……。そこを挟むようにして三階の校舎だか寮だかが二連建っている。だから必然的に日当たり最悪。日照権完全無視だよ、ったく。
あたしが呆然としてそのオンボロ小屋を見ているその様子に気付いたのか、エトナちゃんが申し訳なさそうに笑ってきた。
「あ……あはは……やっぱり引いちゃいますか?」
ほふぅっ! あぅぅ……エ、エトナちゃんが悲しそうな顔であたしを見てくるよぅ。蒼く澄んだ瞳の無垢な光があたしの心を激しく揺さぶる。もう、船酔いしそうなくらい。と、とりあえず、あやまんなきゃ。こんな所でも、エトナちゃんのお部屋なんだし。住めば都。多分そーなのよっ! 強引にそう決めとく。この間零コンマ三秒よん。
「あ、ご、ゴメン、あたし変な顔してた?」
「あ……えと……そうですよね、ショック受けちゃいますよね、こんなボロ小屋なんて……」
ああん、落ち込んだ顔も可愛いわっ! お持ち帰りぃ〜したいっ!
そんなヤバげな願望を心の奥底へ押さえ込みつつ、あたしはピッと指を立てるととびきりの笑顔を浮かべるとこう切り出した。
「ふっふーん、何言ってんのかな、エトナちゃん、あたしは感動していたのだよ」
「ええっ!」
エトナちゃんはあたしの言葉を全く予測していなかったのだろう、目をいっぱいに見開いて驚いてきた。あたしは心の中でほくそ笑むと、こう続ける。
「だって、何かこの小屋趣があるって言うか、レトロな感じで、あたしの趣味ど真ん中って感じなのさ。この壁の黒ずみ具合なんて、もうサイコーよっ!」
「あの、それはただ単にカビてて……それに、ここ、お日様当たらないんですよ?」
「それは大丈夫さ!」
だって目の前に、あたしを照らす可愛い太陽があるからね。そんなこと、些末な問題さっ。さっきと言ってることが違うかもだけど、人の心はいつでも前向きが一番なのだよ。アンダスタン?
「そんな訳だから、中に入ろ。あたしちょっと落ち着きたくって」
「あ、そう言うことなら……散らかってますけど、どうぞですぅ」
あたしが話を切り上げるようにそう言うと、それまで少し合点がいかない素振りをしていたエトナちゃんだったが、ようやく軽く頷いてくれた。
「少し待ってくださいね。えと……」
エトナちゃんはそう言うと部屋の鍵に手をかけて、なにやら聞いたことのない言語を口にした。これが呪文なんだろうか。
その言葉が言い終わると同時にカチャリッと南京錠の開く音が消えた。
どうやら、さっきの言葉は解錠の呪文だったみたい。と、言うことはこの世界って鍵とかは魔術を使って行っているものなのか。それって便利なような不便なような……魔術を使える人は良いにしても、使えない人とかはどうしてるんだろ。まさか、開けっ放しって事はないよねぇ……日本の田舎じゃあるまいし……。
と、そんなことを考えていると……。
「あのーマイさん、ドア、開きましたけど……」
エトナちゃんが申し訳なさそうに言ってきてくれた。
「あ、ゴメン、少し考え事してて……あたしから入って良いの?」
「はい」
あたしは笑顔で返事するエトナちゃんに導かれながら二人の愛の巣になるであろう小屋の中に期待半分、不安半分で足を踏み入れたのだった。
そして、その割合は不安100パーセントになって振り切れたのだった。
小屋の中は薄暗く、勉強机とベッドが二つずつ設置してあった。……多分、そう捉えたら良いんだろうけど。もっと分かりやすく言いかえると、五十センチ四方の木の箱が二つ小屋の奥両片隅に、それとは反対側、つまり入り口側には人一人が寝転がれるくらいの大きさのわらの束が二つ無造作に敷き詰められていた。
ここはアルプスの山頂ですか? 助けておじいさーんっ!
しかも、小屋の床はあちこち腐っているのか穴が空き、まともに歩くことが出来るのか凄く不安になる状態だった。
ちょっと、これはあんまりでねーのかい?
「……あの、マイさん……どうしたんですか? ……あ……やっぱり、こんな部屋、嫌ですよね……あたし、先生に言ってマイさんの部屋、替えて貰ってきます!」
入り口に立ち止まって沈黙するあたしの心情を察したのか、背後でエトナちゃんがそう言ってきた。
と、同時に走り出す音。
あたしは慌てて振り向いた。当たり前じゃん。さっきの声、すっごく悲しそうな声だったし!
振り返って見るとエトナちゃんは校舎に向かってもうずいぶん離れた所まで走っていってた。うわ、結構走るの速いんだー。
って、んなこと感心してる場合じゃないでしょ、あたしっ!
ここで呼び止めなきゃ、女が廃るってもんよ。
「ちょっと待って、エトナちゃんっ!」
お腹の底から、感情を込めて叫ぶ。そりゃもう、狙ったように悲壮感を出して。
これなら絶対止まってくれるよね。
案の定、エトナちゃんがこちらを振り向いて止まってくれた。もー、素直な娘なんだからー、うふふ。あたしは心の中でよっしゃっと頷くと一目散にエトナちゃんに走り寄った。
「ハァ……ハァ……ちょっと……待って……エトナちゃん……足、速過ぎ……」
あの一瞬で100メートル近く離れるとは……この子、運動神経はあたしより良いみたい。これでもあたし、剣道やってて足腰には多少なりとも自信あったのに……。
ちっとばかし、自分の自信を喪失したけど、ま、それはそれとして。今はそれよりも……。
あたしは深呼吸して息を落ち着けると、エトナちゃんに微笑みかける。
「もう、エトナちゃんいきなり走り出すなんて、あたし驚いちゃったよ。どうしたの」
まー、走り出した理由は十中八九理解してるけど、こっちは気付いてないふうを装わなきゃ。そっちの方が聞かれた時、色々答えやすいしね。
エトナちゃんはあたしの顔を見て、少し言いにくそうにしていたが、意を決したのか自分の胸の前で右手を握りしめると、
「……だって、マイさん、部屋の中を見たと同時に石化にかったみたいに固まって……、あたし、やっぱりあの部屋の様子にショック受けたんだって思って……そりゃ、そうですよね。小屋自体この学校の外観ともマッチしてませんし……。普通はみんなベッドで眠るんです。あの寮に入って」
エトナちゃんはあたしの背後の建物を指差す。少し羨ましそうな顔をして。
「でも、あたし、魔術の才能ほとんど無くて……最下位クラスよりもっと下なんです。この学校は実力本位制で、実力のある人ほど優遇されるシステムになってるんです。トップクラスになると寮なんかも部屋が大きくて、きれいで一人部屋だし。学費が免除されたりします。でもあたしは最下級中の最下級……いつ、この学校から退学にされてもおかしくないんですが……お父さんがこの学校に寄付をしてくれているため、まだここにいることが出来てるんです。もちろん、待遇は最悪ですが」
エトナちゃんはここで息を大きく吸い込んだ。何か、大事なことを言おうとしてるみたい。顔が凄く、真剣だ。
「でも、そんなの卑怯じゃないですか。あたしと同じ立場の人は次々と辞めさせられているのにあたしだけ、ここに残って……だから、あたし決めたんです。少しずつでもいいから這い上がっていこうって。きっと、お父さんたちもそう願ってるって思って。だから先生に無理言って少し上級の魔術を教えて貰っていたんですけど……まさか、こんな事になるなんて、思ってもみなくて……」
……こんな事ってのは、もしかして……。
「あ、はい。マイさんのことです。本当に申し訳なくて……それなのに……ただ、巻き込まれただけなのにあたしと同じ待遇になってしまって……そんなの理不尽です。マイさんは被害者なのに……だから、あたし、先生に掛け合って最上級……とはいかないまでももう少しマシな部屋を用意させてもらいます。そうしないと、やっぱりあたしの気が済みませんから!」
そう言って再び校舎に向かって走り出そうとするエトナちゃん。あたしはその手をしっかりと掴む。
慌てて振り向いてくるエトナちゃん。
あたしは驚いた顔をするエトナちゃんに首を振って答えた。
「行かなくて、いいよ」
「でも……」
お、少し決意が揺れたかな? エトナちゃんがちょっと困ったように眉毛を下げた。よし、ここは一気にたたみかけろっ!
「さっきも言ったでしょ? あたし達は友達だって。だから、気にしなくていいよ。どんなに小屋がボロくて、築百年越えてそうで、シロアリにいつ食い尽くされてもおかしくなくて、夜寝て朝起きて部屋の床に空いた穴に足突っ込んで骨折とかしたり、トイレがなかったり、台風が来たら潰されそうになったり、朝起きてもそれに気付かなかくっても、別に全然気にしてないよ、あたしはっ!」
……よし、言いたいことは言い切ったぞっ!
って……アレ……?
「う……うううう……」
……エトナちゃん? 何でそんなにあたしを憎々しそうに睨め付けやがってますか?
あたし、何か言うこと間違えたんだろか?
「うーッ!! ふぇぇぇぇぇぇーんっ! マイさんの嘘つきーっ! 間違いなく気にしてるじゃないですかーっ! あほんだらーっ!」
捨て台詞を吐きながら、涙をちょちょぎらせながら、一目散に走り去る、可憐な少女エトナちゃん。
それを呆然と見つめるあたし。つーか、エトナちゃんって大阪人?
でも、何で……あたし、何か気に触る事言ったっけ……カチカチ……(履歴を確認する音)。
ふおっ! 直前の台詞でエライこと口走ってるってあたしっ! 自重しろっ!
ル○ゲさんごとく記憶の履歴を呼び出して、仮想キーボードで検索、脳内で確認、慌てるあたしっ! 端から見ると変態だっ!
ってか、そんなことより……エトナちゃんを追おうッ!
つーか、このままだと『ハ○テの○とく!』の表紙裏のような事態に……。
それだけは……嫌ーっ(大泣)!!
心の中で何かがハジけた。分かりやすく言えば種割れ。
神経がことごとく研ぎ澄まされたあたしは目が死んでるにもかかわらず超人的スピードでエトナちゃんを追いかけたのだった。
んで、次の朝。多分。暗いから分かんないけど、目が覚めたから朝だと言うことにしておこう。
昨日の夜は遅くまで加速装置を使ったかのごとくハイスピードなデッドレースを繰り広げたり、妙に大きい(全長1メートルくらいあった)コウモリと格闘したり、最終的にセブ○セン○ズに目覚めた感じがしたけど、とりあえずエトナちゃんに「ごめんなさぁぁぁぁいっ!!」ってどこかのイマ○ンみたく謝って許して貰って(烏○所長みたく「だが私は謝らない」とか言ってみたかったけど、んな事現実にやったら絶対にヤバイ方向に話が進むからそれは言わなかったけど……言ってみたかったなぁ……)、とにかく同棲……じゃなかった同居一夜目を過ごしたのでありますよ。イベントCGに残るようなことは全く、これっぽっちもなかったけどな。けっ!
何でお風呂イベントが省略されるのよっ! あるでしょ、今時フツーの年齢制限付き恋愛系ゲームにはっ! 着替えてる所にばったり出くわすとか、お風呂に誰も入ってないって思って知らずにお風呂の扉を開けちゃうとか、そういうシチュエーションくらいあっても大丈夫だとあたしは思ってンだけどな、うん。そういや、トイレイベントとかもなかったような……ソ○○検閲?
まー、あたしも環境の変化とかで疲れてたからエトナちゃんを襲おうとか思う暇もないうちに眠りに落ちちゃったわけで。それによくよく考えれば、そういったゲームでは大体一日目からそんなCGは集められないようになってるしなぁ……特殊なのは除いて。
どちらかと言えば特殊な方が良かったような気もしないでもないけど、大体そういうの地雷ゲーになりやすいし、こんなくらいがちょうど良いんだろうか。
……何? ホームシックにかかったりしてないのかって? うーん、そだなー。元々、親とかとは会話が無くて、ずっとネトゲーとかパソゲーばっかしてたから、あんま、この世界に違和感ないって言うか何て言うか。まー、心残りと言えば積みゲーをクリアしてないって所かな。……捨てたりしないよね、お母さん……。いかん、そう考えたら不安になってきた。しかし、帰る手立てがないし……時空を越える電車とか走ってこないかなー?
微妙に現実逃避しながらあたしは顔を洗うため立ち上がった。そして。
ガギッ
「あだだだだだだだだっ」
ものの見事に床の穴に足を突っ込んだのだった。足の骨、折れないで良かったー……。
「では、ご飯作りますねー。今日の朝は昨日の夜マイさんが徒手空拳で殺しまくったギガスコウモリの目玉焼きですぅ」
あー、アレの名前ギガスコウモリって言うんだー。舞、また一つお利口さん。
ウーフフフフ……似合うなぁ。何がって、エトナちゃんのエプロン姿ですよ。さすがに裸エプロンではないですが。……見たかったけど。
制服の上からのエプロンってのもなかなか乙なもので、その姿はまさに朝になっても薄暗いこの小屋を中から照らすお日様そのもの。
あー、デジカメ持ってたら写しておきたかったなぁ。ケータイは家に忘れて来ちゃったし。ったく、あたしってば、こういうところ抜けてるんだよなぁ。
ま、いいや。その代わり、エトナちゃんの一挙一動を余す所無く瞳に、そして脳裏に焼き付けておこう。
ふんふん、エトナちゃんは鼻歌じりにまな板の上に件のコウモリをドカッと数羽並べると、包丁をまるで、人を突き刺すみたいに持って……?
そのコウモリの瞳に一突き! ぐちゅっといった不快な音を立てて突き刺さる包丁!
そして、程よくめり込んだ包丁を力任せに引き抜くと! その先端には直径が五百円玉くらいの大きさの目玉がギョロリ!
それを事も無げに素手で掴んで包丁から取り除くと、同じ方法でコウモリの目玉をくりぬいていく! しかも速い!
もう、歌ってる鼻歌が映画リ○グのエンディングに聞こえてきてるんですけど、あたし! ああっもう、あの笑顔が『くけけけけけけけけっ』にしか見えてこないっ! もう、あたしはある意味空鍋級の戦慄を感じたよっ!
エトナちゃんは戦慄しているあたしに気付くことなく、両手に抱えた目玉をザルに入れると汲んできた水でサッと濯いで……そのまま釜戸のフライパンにぶちこんだっ!
ひぃぃぃぃぃっ!
じゅーじゅー焼ける音が生々しいよぅ……。
でも、今日の朝のメニューって確か……こんなホラーじみたものじゃなかったような……。とりあえず、聞いてみた方が良いかな? ひょっとして、昨日のことまだ根に持ってるのかも知れないし……。
「あー、えっと、エトナちゃん……」
あたしが声をかけると塩こしょうで味付けをしている手を止めて、エトナちゃんがこちらを向いてきた。顔に返り血を浴びながら。ぷぎゃあ。
「あ、はい、何ですか? もう少しで出来ますけど……」
返り血を浴びつつ微笑む彼女。怖いよう。あうあう……あたし、腰砕けそう。でも、勇気を出さなきゃ。でも、その前に神様に祈りを……エトナちゃんが包丁で襲いかかってきませんよーにッ!
「あ、えーと、つかぬ事を聞くけど、今日のご飯って目玉焼きだよね……?」
「はい、目玉焼きですよ?」
にっこり笑ってフライパンをこちらに見せてくる。その中には幾人もの目玉親父が元気そうに跳ね回って……断末魔をあげていた。
いや、違うでしょ、目玉焼きってのはあたしの記憶が正しければこんな戦々恐々としたものじゃないよっ!
「え? でも、あたし言いましたよね、コウモリの目玉焼きだって」
「え、うん……? 確かに……そう言ってたけど……」
コウモリの目玉焼き? コウモリの卵の目玉焼き?
アレ?
何かあたしちょっと間違えた解釈してた? つーか、コウモリって胎生じゃん! 卵なんかあるわけないじゃんっ! 気付けよあたしっ!
そーいうことは……そーいうことは……コウモリの目玉焼き……。
あたしは心の中でその言葉を反芻していく。次第に固まっていくイメージ。それを打ち消そうという根元からの恐怖。その果てしないジレンマのループの果て、あたしは一つの結論に行き着いた。
その結論とは……
「め……目玉焼きって……読んで字のごとくメダマヤキダッタノデスネ……」
イ、イヤダ……イヤダ、ソンなゲテモノ料理、食べたくないでちゅ。
「このーギガスコウモリの目玉焼きはおいしいので有名なんですよー。あたしの地方の隠れた名産なんですぅ。値段も高くって一つ1000ゴールドするんですよ」
引きつった笑いを浮かべるあたしを完全に無視してエトナちゃんはこっちから見ると悪魔の笑みで(多分本人は普通に笑ってるんだろーけど、返り血が怖さを倍増中)そう言ってくる。いや、この世界の貨幣価値がよく分かんないからそれが高いのかどうかがよく分かんないけど。この世界の人って、そんなもの平気で食べるの?
「ぶーっ! そんなものなんて言わないでくださいよぅ。朝からこれが出るのは何かおめでたいことがある日なんですから。最高の贅沢なんですよぅ。残さず食べてくださいねー」
死刑宣告。
そんな満面の笑みで言われたら……あたしは食べざるを得ないじゃない! 分かったわよっ! 食べてやろうじゃないっ! 皿まで喰ってやろうじゃんっ!
……あたし、胃薬持ってきてたかなぁ……。
それから約15分後、満を持して登場した今日の朝のメインディッシュはあたしの前に渦高くそびえ立ったのだった。ああ……目玉親父さんたちがエライ事に……キタ○ーが見たら卒倒するね、絶対。
うう……やっぱり怖いよぅ。
やっぱ、食べられない……。食べる直前でさっきの決意が揺らいだ。あたしは死屍累々の目玉親父に目を合わさないようにしてエトナちゃんを盗み見た。
うっ……凄く何かを期待するような目でこちらを見てきてる。その瞳は本当にうれしそうで……あたしはここから逃げることが出来ないことを再認識した。
眼前の目玉立ちに向き直る。
生唾ゴックン。鳥肌サーッ。冷や汗どくどく。
あたしはフォークを握った震える左手を右手で押さえつつとりあえず、見た目が一番小さい目玉に突き刺した。
そして、そのまま口の中に放り込む! 凄く水で流し込みたいけど、それはエトナちゃんが可哀想だ。あたしは意を決するとくちゅりっと奥歯でそれを噛み潰した。
もぐもぐもぐ……もぐもぐ……もぐ? もぐもぐ……
……アレ? これは……
「おいしい……」
驚きの味だ。何て言うか、カレーと唐揚げと、うどんとラーメンが混じり合ったような絶妙のハーモニーが舌の上で奏でられているっ! って、おいしいのか? それ!
まーとにかくっ! 人はどうかは知らないけど、あたしはおいしいと感じたのですよ、意外にも。……味覚音痴って訳じゃないよ? マヨラーだけど。
皆さんも、一度ご賞味ください、多分気に入りますからっ! 多分。
「えへ、良かったですぅ、お口にあったみたいで」
エトナちゃんが安心したように笑う。
それにあたしは首を縦に振って答えると、
「うん……これ、凄くおいしいよっ! ありがと、エトナちゃん!」
「いえ、あたし、料理だけが取り柄なもので……喜んでもらえてこちらもうれしいですぅ」
「いやいやそんなこと無いよ、あなた他にも良い所いっぱいあるしさ」
「えと……そう言ってもらえるとお世辞でもうれしいです」
エトナちゃんが遠慮がちに言ってくる。うーん、別にお世辞じゃないんだけどなぁ……。 ま、いいか。エトナちゃんうれしそうだし。
「ま、とにかく、早く食べ終わっちゃおう? 今日も授業あるんでしょ? あたしもあなたの先生の所に行かなきゃいけないし」
「それじゃ、あたし、案内しますから。さっさとご飯食べちゃいましょうっ!」
あたしたちは二人で笑い合うと、今日の朝ご飯『ギガスコウモリの目玉焼き』を残らず平らげたのだった。
そんなわけでやって来ました、職員室。この世界にも教師のたまり場ってのはあるらしい。エトナちゃんに送ってもらって順当に到着。彼女は授業に行っちゃったけど、ま、こればっかりは仕方ないさね。そこまで拘束出来ないし、エトナちゃんを応援するって決めたわけだし。とにかくエトナちゃんにはとっととオ○リスレ○ド状態を抜け出して貰いたい。オベ○スク○ルーレベルとまではいかなくても、せめてラー○エ○ーレベルになってくれたら……あたしの怪我も減るかもだし。今日の朝だけで、何度床の穴に足を突っ込んだことか。足傷だらけだよ。あたしの美脚に傷が残るのは避けたいし、これ以上痛い思いはしたくないしねー。あたしのためにがんばれ、エトナちゃん。
ま、愚痴はこれくらいにしてあたしはあたしの出来ることを始めるとしますか。
制服の襟を正して身だしなみを確かめる。とりあえず、外面くらいはまともにしとかないと。昨日はこのまま寝てしまったし、シワついてなかったよね? 首を後ろにクルリと回して確かめる。うん、大丈夫そうだ、よかった。これ以外は使用済みの体操着しか持ってないから制服がアウトだとそれを着ていく羽目になってたんだけど……さすがに使用済みの汗くさい体操服を再び着るということはしたくない。と、言うか、そんなマニアックなプレイはしたくないってのっ! あたしの芳醇なフェロモンにつられて変な輩が寄ってきたらどう対処すりゃいいんだか。可愛い女の子ならだいかんげーだけども、小汚いおっさんだったら有無を言わさず殺して良いよね。この世界のルールがどうなってるかは知らんけど。ま、自分の貞操を守ることはどこの世界でも唯一無二の絶対正義なのでありますよ、これあたしの持論。ま、あっちから捧げるのは別に構わないけどねー。つーか、あたしに捧げろ、美少女。
よし、それでは身だしなみもチェックしたし、とりあえず年増とか親父が多そうな職員室に入るとしますか。
あたしはノックをするため軽く丸めた左手を胸の高さまで持ってきて、そこではた、と手を止めた。そして、ここでまじまじと職員室の扉を眺めてみる。
へぇ、何て言うか立派な木の扉だなぁ。多分素材は質の良い檜。さすが先公クラスのたまり場。フツーの教室とは一線を画す上等な造りだ。どうやらここがどっかの社長が造ったデュエル学校張りの実力至上主義ってのは間違いないらしいなぁ。けっ……成金ブルジュアジーめ。魔術とかそんなモノ極めようが一世紀も経たないうちに新しい技術が台頭してきて歴史の影に埋もれていくのに今だけ天下取ったつもりですか、哀れな人間どもめ。ま、あたしはそれの下でしがないバイトをしなきゃならない身なんですけどねぇ……世の中って無情だなぁ。こうがっぽりと稼ぐ事って出来ないのかしら。
「あの……さ、フラノさん?」
あたしの世界じゃ、株やって儲けるのが一番良いんだろうか? いや、それよりも今流行りのセカ○ドラ○フ? アレ、ネトゲーっぽいし、一度やってみたかったのよねー。
「おーい、マイにゃん……」
それ以外には起業がブームとか言われてるけど、ちゃんとした知識もないのに始めるのは自殺行為にしかならないのは明白だし。一部の成功した人間を見ただけで自分も出来るって思う愚か者の多いこと多いこと。大体成功者ってのは失敗した奴の屍を乗り越えて来てるんだから、ぽっと出の人間になんか成功出来るはずがないと気付けばいいのに……。
「マイにゃーん、あたしの声届いてる?」
「まー、こんな時代遅れの世界でそんなこと出来るとはこれっぽっちも思ってないけどねー。エトナちゃんから聞いたけど、この学校って助手となった場合はその教授のポケットマネーから支給されるらしいし……。ま、こちとらは堅実に安時給のバイトで生計を立てていくとしますか。あんな女教師の月給から出るバイト代なんてたかが知れてるけど。適当に気を抜いてやればいいや」
「ほーう? マイにゃんってそんな考えで労働に勤しむ気だったんだ」
「へ?」
あたしのすぐ背後から聞こえてくる、こ……この声は……。
本能的に振り向きたくないという首を軋ませながら振り返る。冷や汗を手にじっとりとかきながら。もう顔の筋肉が凝り固まってるのが自分でも分かりまくってるくらい動揺してるんだけど。
視線を合わす。そこには白衣を着た女性が満面の笑みで立っていた。
あたしは、この女を知っている。エトナちゃんの担任だ。ひょっとして、あたしの発言、聞かれてましたか!?
「あ……あはは……せ、先生……おはようございます」
あたしは引きつった笑いを浮かべつつ、先生に朝の挨拶をする。もちろん腰を曲げる角度は九十度で!
先生は満面の笑みを崩さず、
「うん、おはよう」
その笑顔に薄ら寒いモノを感じるけど、ここはなけなしの勇気を出して、会話を続けよう。
「あ……あの、今日からよ……よろしくお願いします」
「うふふ……今日からよろしくね。でもマイにゃん感心するねぇ、あたしから呼びに行こうと思ってたんだけど、そっちから来てくれるなんて」
「あ、いえ……」
アレ? ひょっとして怒ってないのかな? 先生……。
ちょっとした期待を込めてあたしは上目遣いで先生の顔を覗き込む。
「で・も! これから大変ねぇ……こんな安月給の教師の下で肉体を酷使させられるんだから」
「あ……う……ひょっとしてと、いうかやっぱり先生……怒ってます?」
「うっふふ〜、べっつにぃ〜怒ってなんかいないけどぉ」
変わらぬ笑みで、先生は言ってくる。しかし、その声には鈍感なあたしでも分かるくらい怒りの念が籠もっていた。
「声に怒りの念をビシビシ感じますが……」
「だから、別に怒ってないわよ? ただあたしの安・月・給の中から血のにじむ思いでバイト代を出してあげようって思ってたんだけどねぇ。あなた達の世界の通貨単位で時給五千円」
「うなっ!」
あたしは思わず驚愕の叫び声を上げた。そ、それはかなり割の良いバイトなのではあるまいか!? ひょっとして、先生ってお金持ちなのでありますか!? 一日五時間働くとしてえーと、日曜だけ休みとして、月ろくじゅうごまんえん!! その半分としても三十万円以上じゃないっ! フツーの初任給より多いよっ!
「あ……あはは……」
こりゃ、凄いパラダイスなんでね?
い、いかん、知らずに笑みが湧いてくる……それだけお金があれば、あの小屋を修復してもお釣りがくるよぅっ! えへへ……あたしってば人生の成功者だねぇ! そんなことならこの先生に一生ついてっても良いなっ! あっはははははは……
「でも、何かマイにゃん、安月給で働きたいらしいしぃ……時給は二百五十円で良いわよね?」
……………………は?
「どうしたの? そんな鳩が豆鉄砲喰らった顔しちゃって? まー、あたしとしては安月給って思われるのは別に構わなかったんだけどねぇ……気を抜いて働こうって考えで働いて貰うと困るのよ? だから、ちょっとしたお仕置き」
お……お仕置きって……何でそれだけのことであたしの時給が五千円から二百五十円に大幅削減なのよっ! しかも、時給二百五十円ってどこのゴーストスイーパーの助手の給料設定ディスカッ!
「あっれ〜? その顔はなにかな〜? もしかして不服なの? だったら、あたしの助手のバイト辞めて、どこか別の所で働く?」
唇に人差し指を当て、いたずらっ子みたいな笑顔を浮かべながら先生が言ってくる。出来ればそうしたいよ。誰が悲しくてそんな労働基準法に違反したような賃金で働かなきゃならないのよっ!
「へー……だったら紹介してあげても良いけど……。あたしの知り合いの大人のお店で肉体奉仕。上手くやれば夜の女帝になれるけど」
「助手させてくださいっ!」
あたしは即答した。
あたしは一人廊下を歩いていく。とりあえずあの先生に仕事を仰せ付かったのだ。……そういや、先生の名前って何だっけ? これからも何回かは登場しそうなのに、さすがに名前無しってのはマズくないか、作者よ。
「それはともかくとして……」
任された仕事が倉庫の整理とは。ベタといえばベタなんだけども……女一人にさせる仕事かよ。ま、体力には自信あるから良いけどさ。めんどくっさいなー……でも、手を抜くわけにはいかないし……。ま、それには相応の理由があるわけで……。
その理由ってのは、早い話バイト料の増額。真面目にやるって分かったら、仕事量に応じてアップしてくれるって事だけど……時給五千円に戻る日はいつなんだろうなぁ。……自業自得だったから仕方なくこの条件飲んだけどさー。あー……やる前から気が重い。
そんなこんな考えている間にあたしの前に周りとは雰囲気が違う鉄の扉が現れた。
「えーと……」
とりあえず先生の書いてくれた地図を確認。字は読めないけど、雰囲気で何とか理解する。あたしは『答えを出す者(ア○サー○ーカー)』じゃないしね。つーか、この、扉を指差してる絵は何のつもりなのだろーか? ポル○○フか? 亀だし。
「ま、それは良いとして……ちゃっちゃっとやってしまいますか、展開も野暮ったいし」
なんとなーく、この物語に対して身も蓋もない事言ってる気もするけど、マジで展開がウザいのでここら辺で超展開とか望むのが当たり前ということになるんだけど……。
まー、こっちとしてはこの扉が異界に通じてたりとかしたら「エー! マジ、ナ○○アのパクリ!?」「キモーイ」「扉の先が異世界が許されるのはナ○○アまでだよねー」とか言うと思うけど。
えーと、そういう危ない発言はこっちに置いとくとして、とりあえず、中に入るべ。
その扉の取っ手に付けてある南京錠っぽいモノを確認すると、ポケットをまさぐって鍵を取り出す。ここに来る前に先生に渡されたモノだ。なんでもこれ自体に魔術が施されているらしく、先生が管理している倉庫や物置に入る時には、いわばマスターキー的な役割を持つ代物らしい。つまりこれ一つで先生の管理物件全ての鍵を開けられるし鍵も掛けられるって事。ま、理屈的には結界がどうのこうのって言ってたけど、あたしにはそっちの知識は無いのだよ。
その鍵を鍵穴に差し込むと、カチャンッと軽く捻る。
と、同時に扉が鈍く一瞬光る。これが結界を解除したって事なんだろうか。
首を捻るが、答えが分かるわけないし。とりあえず、あたしは解錠された南京錠を外すと、恐る恐る鉄の扉の取っ手を捻った。……良かった電撃とかは仕掛けられてないや。
ギギギッと錆び付いた音を立てて開く扉。その先を覗き込むと、案の定、異世界などに通じてるわけもなく、何か分からない物体が大量かつ乱雑に置いてあるだけだった。
「って!」
あたしは思わず顔を引きつらせ、半眼になった。……量が多すぎるってばよっ。
「これを今日一日で片付けろってか? こっちはか弱い女の子なんだけど……」
そこ、1メートルを超えるコウモリ達(確か二十匹)と徒手空拳で戦って勝つ女のどこがか弱いんだとか言わないッ!
でも、フツーの奴だったら不満たらたら言うって。この倉庫、外から見るより遙かに大きい。その上天井も高い。多分4メートル以上ある。そこに所狭しと並べられた大小様々な物体の数々。ド○キ○ーテより、品数多いんではなかろーか。
「うっへー目眩してくるよ、こりゃ……あたし、少し閉所恐怖症の気があるし……」
逃げてやろーか。
軽く頭を抱えるが、その時、あたしの胸に去来したのはエトナちゃんの頑張っているであろう姿。何言われても頑張ってる彼女の姿。
…………………。
ああ……可愛い。ハァハァ……
「うん、そうだよね。エトナちゃんも頑張ってるんだし、あたしも逃げないで頑張るか。よしっ」
頬を手で叩いて気合いを入れる。口から垂れた唾を拭いつつ、軍手を嵌める。
そうね……まずは、この壁に立てかけてあるあたしの身長くらいの長さで、布でぐるぐる巻き付けてある……何だろ、これ。何か、妙に惹かれるモノが……。
何故か高鳴る胸の音を聞きながら、そっとそれに左手を伸ばす。
と……
バチッ
「あうっ!!」
あたしの手とそれの間に青い火花が散った。尻餅をつく。まるでライデン瓶に貯めた静電気を一気に解放したような強い電流。……死んではないから、そこまでは酷くないけど、左腕の感覚がほとんど無くなっちゃった。痺れて動かない。時間経ったら回復するかな?
いや、今はそれよりも……。
あたしは完全に痺れている左腕を庇いつつ、強い電撃を放ったそれを見つめた。立とうと思うけど、足に力が入らない。どうやら、全身に痺れが回ってるらしい。左腕ほどじゃないけど。それだけ強い電撃だったのか。あれ? そういや、確か人間って身体に強い電流流したら、筋肉が弛緩しちゃうんじゃなかったっけ? と、言うことは……。慌てて、何とか動く右手でお尻の方を触ってみる。……良かった、漏れてない……。
ホッと胸をなで下ろす。さすがにこんな年端もいかない女の子がえーと、何って言ったら当たり障り無い? さすがに直球で表すとマズイ感じするじゃん、さすがに。まー、とりあえず、平たく言えばですね、漏らさなくて良かったなって事ッすよ。それ以上は突っ込まないでくれるとありがたいです。
ッて、今はそれよりもっ!!
ああ、何で話が脱線するのかな? これだと無意味に文字数を浪費して、後で削ることになっちゃうよってそんな内輪ネタはどうでもいいっ! とにかく今すべき事は、目の前に鎮座している物体についての考察だろ、あたしっ! 漏れてなかったんだし。
「……で、ホントにこれ何なんだろうな……」
とりあえず、命に別状はなかったとはいえ、これの他にもそんなモノがあったら、今度は命捕られるかも知れないし、そんなことより、作業自体がおぼつかなくなる。それじゃ、仕事遅れるし第一時給アップなんてしてくれるわけないじゃん。くそー。
しかし、先生も先生だよねぇ。こんな危険なモノがあるんだったら、先に言っとけっての。そしたら、あたしも不注意にこんなモンに触ったりしないってのに……ん、足の痺れはとれたか。何とか立てるかな?
「よっと……」
立ってから、その場で二三度跳ねてみる。少し違和感が残るけど、大丈夫だ。次は右手。閉じたり開いたりを繰り返す。……うん、左腕以外は感覚が戻ってる。これなら、片手で運べるモノは整理出来るかな。利き腕じゃないけど、何とかなるでしょ。時間も勿体ないことだし。
それじゃとにかく始めますか。……安全そうなのから片づけるようにしよっと。
作業を初めて数十分。その頃には左腕もだいぶ回復し、結構大きな荷物も持ち運べるようになっていた。
うん、最初は面倒臭いって思ったけど、やっぱ身体動かす仕事って楽しいな。あたし、デスクワークとか接客って昔っから苦手だし。こういう仕事は好きなんだけど。
鼻歌を交えながらさくさくと仕事をこなす。ま、やってることは荷物をどかして、床を掃いたり、水ぶきしたりするくらいなんだけど。
「ふふふーんふ、ふふふーんふ、ふ、ふ、ふ、ふ、ふっふーん」
「お○とー」
…………ン? ……今なんか変な声が聞こえたような。慌てて辺りを見回してみるが、やっぱり誰もいない。あたしの気のせいかな?
首をかしげて作業に戻る。ま、そんなこと考えてるより仕事仕事。生きるために一番必要なのは何はなくともお金なのですよ。これは絶対の理。友達や恋人よりもお金さえ持ってりゃハピネス。この世の欲望を全て満たしてくれるのはお金だけなのです、ホント。
そんなわけで、労働リスタート。楽して儲けられたらそれに越したこと無いけど、大体そんなのどっかで他人を不幸にしてること間違いないし、あたしゃ他人が自分のせいで不幸になる事大っ嫌いだし。だから、真面目に労働するのを選んでる。そりゃ、選ぶ時には少しでも稼ぎが多くなるようにはしてるけどね。それくらいは罪にはならないでしょ。
よし、また気分乗ってきたし、今巷で大流行、Mステにランキングが入って驚いた、あの歌を鼻歌で歌うかっ! ちなみにあたし達の世界で鼻歌歌うとJ○S○○Cに著作権侵害で訴えられちゃうけど、ここ、異世界だし、そんなことかんけーないよねん。
では。
「ふーんふんふんふん、ふん、ふふっふふふんふっ、ふん、ふんふーんふふんふ、ふん、ふんっふふふふん」
「ぷっ!」
…………って、やっぱ何か聞こえたっ! しかも、なにげに歌詞合ってるし、さっきのも今のもっ! ちなみに歌のタイトルは言ってはダメな気が物凄くするので、各自で判断してください。いや、そんなことより……。
「誰かいるの? いや……いるわよね、二回とも聞こえたし」
周りを見渡す。今度は念入りに、ゆっくりと、二回。
でも誰もいない。鉄の扉はしっかりと閉じられ誰かが中に入ってきた痕跡はない。いや、それ以前にあの扉は錆びてるから、入る時音がして、すぐに何者かの侵入を察知するとは出来るはずだ。と、いうことはあたしがここに入った時、もしくはその前からこの倉庫の中にいた。そう考えるのが筋だろう。でも、ここって先生の魔術で誰も入れないようになってたんだよね、確か。それに、今まで掃除してて、埃が変に落ちた所や、その上を歩いたような足跡なんか一つも見なかったし。
「ふむ……」
こんな時、見た目は子供頭脳は大人な探偵がいたらすぐにこの声の主を三十分以内に見つけてしまうのだろうけど……。
「あたしはどっちかって言うと見た目は大人頭脳は子供の」
「迷探偵コエーダ」
「そうそう、ナイトスクープでだいぶ前そんなネタやってたよね……って!」
誰だ、異世界でそんなマニアックなネタを知ってる奴はっ! 声のした方を思い切り振り返る。今度ははっきり聞こえた。若い男の声!
「って、やっぱ誰も……あ……」
確かに誰もいない。でもあたしの視線はそれを捉えていた。それはあたしが今まで気にはなっていたけど、一度触れただけでやめたモノ。そう、あたしの身長くらいの長さで布でぐるぐるに巻き付けられたモノ。太さはそんなに無いから、棒みたいなモノだと思うんだけど……。
まさか、それが喋ったとか?
「その通りだぜ、適正者」
うおっ、マジでしゃべりやがった。ちょっとびっくり。へー、異世界って布が喋るんだ。アニメとかではよくあるけど、現実でもそうなのね。……でも、何だろ、この声誰かに似てるなぁ……。
「いや、布がって……その中身が喋ってるって普通思わないか?」
「いや、あたしあんたの中身なんか知らないし。布が喋ってるって思ってもいいんじゃね? つーか、あんた中身あるんだ」
「あるに決まってるだろーがっ! 無かったらここまで引っ張ったのが悲しくて仕方ないわっ! ……まぁいい、俺のカッコイイ姿見せてやるからよく見とけ。適正者」
言うのが早いか、布の内側が稲光のような閃光を放った。同時に宙に浮くと、それに巻かれていた布がまるで風になびくように解かれていく。
「………………」
思わずその様子に魅入ってしまう。何て言うんだろう、こういうの。神秘的で、それでいて、禍々しいというか。
その光景を見ている間、まるで周囲の時間が止まったようだった。
閃光が収まる。ひらひらと宙を舞う布をバックにそれはあたしの目の前に等加速度運動的に勢いをつけて落下してきた。
ごすっ
「ひょえっ」
慌てて身を引く。あぶなっ! ちょっと退くのが遅かったら足にぶち当たってたよ……。良かった……足壊されなくて……。
今ので冷静な頭に戻ったあたしは、落ちてきたそれをマジマジと見てやる。なるほど、これがあの布の中身だったのか。
「どうだ、見惚れるほど美しいだろ?」
「いや、あんたが勢いつけて落ちてきたせいでキモ冷やしたからそんな気持ち一つも浮かんでこなかったよ。つーか、ある意味ベタっつーかお約束っつーか。喋る剣ね……」
「おいっ! それ言うなよ、身も蓋もないだろがっ! こっちだって気にしてんだよっ!」
そう。あたしの目の前に落ちてきたモノ。それは鍔の部分に口を大きく開けた龍というか、ドラゴン……いや、それに似た何か別の生物の顔面を象ったデザインの西洋風両手剣。かなり大型で、さっきも言ったようにあたしの身長くらいの長さがある。
「なるほど、あんた名前はゲキ○ュウ○ンね?」
デザインなんか似てるし。
「違うわっ! どこの世界に伏せ字で呼ばれなきゃならない剣があるんだよっ!」
「あんたがその世界初に」
「なりたくねーよっ!」
「じゃモモ○○ス」
「何でッ!」
「声が中の人ソックリ」
今さっき思い出したりして。
「中の人言うな!! ただ単に似てるだけだっ! それに伏せ字で呼ぶなってさっきから言ってるだろーがっ!」
「ま、イージャンイージャンスゲージャン」
「てめぇ……全く反省してねぇな……」
剣はやれやれといった様子でため息をついた。その様子がいかにも人間らしい。顔は無いけど、その表情が手に取るように分かる。
ま、男の表情が分かっても、こっちはうれしくも何ともないんですけどねー。
「ま、とりあえず適正者。これから一緒に暮らしていく仲だ。名前くらいは名乗っておこう。俺は聖魔剣『レヴァンテイバー』だ。適正者、お前の名前は?」
「え? ああ、富良野舞だけど」
つられて答えてしまう。ま、名乗られたし仕方ないか。しかしレヴァンテイバーか……憶えやすいような憶えにくいような……後であだ名でも考えとくか。やっぱ声からしてモモ○○スが良いと思うんだけどなぁ……。
「富良野舞……か。その名前からすると、お前……異世界から呼ばれちまったのか?」
おっと、知らないうちに会話が次の段階へ。お、漢字で呼ばれたのはこっちの世界に来て初めてだ。それに、何か言いにくそうに聞いてきたけど……何でだろ……いや、それよりも……
「いや、それはさっきの会話で気付こうよ。どう考えてもこの世界の言語じゃないでしょ、ナイトスクープに迷探偵コエーダって……つか、何であんた、あたしの世界のこと知ってるのよ、剣のくせに」
「剣のくせにってのは余計だが……その件については、俺には特殊能力があってな」
「特殊能力?」
お、何かワクワクする響きだなぁ……。
「おう、これから行動を共にすることになるお前には特別に教えてやろう。実は俺にはな」
「ふんふん……」
何となく興味津々になって耳を剣に近付けてみる。
「この世界を始めとする全ての平行世界の情報を好きなだけ手に入れる事が出来る能力が備わっているんだ」
「へぇ……」
何だ、そんなことか。
「何だよ、その気の抜けた声はっ! もっとこう「あ、だからあたしの世界の世界の言葉を知っていたのねっ」とか「だから、あたしの名前を漢字で復唱出来たのね、このお利口さん」とか気の利いたこと言えねぇのかっ?」
「エー……キモイ」
「キモイって言うなっ! 傷つくだろがッ」
「いや、実際キモイし。でも、とりあえずあたしの世界のことをかなりディープな部分まで理解してることは分かった。じゃ、その幅広い知識を持ったあんたにいくつか質問」
ピッと指を立てて聞く。
「お、何だよ、そんな真剣な顔して」
「いいから。まず、一つ目。攻め」
「受け」
「×(かける)」
「前と後ろが逆なだけで戦争発生」
「有明」
「夏と冬の壮大イベント」
「波紋疾走」
「オーバードライブ」
「この世の中で最もおかしな効果音は?」
「メメタァ」
「OK。あんたとは良い友達になれそうだわ」
「いや、そんな何かを達成した顔されても困るけどよ……」
「それじゃ最後に……この質問で締めくくるけど、いい?」
「おう」
そしてあたしは最後を締めくくるに相応しい質問をするのだった。
「付いてる娘と付いてない娘、どっちが好み? あたしはちなみに……付いてる方が良いんだけど……」
倉庫を出た廊下にて……。
「はあうあ〜……まだ痛いんだけど……」
頭をさすりながら悪態をついておく。もちろん、涙にふくれっ面は忘れずに。うーくそ、ホントにたんこぶ出来てるし……。
「頭悪くなったらどうしてくれんのよ! あんた」
あたしは両腕に挟んで支えている剣『レヴァンテイバー』に向かって抗議する。
しかし、こいつとしたら素知らぬ口調で、
「大丈夫だ、もうそれ以上悪くなることはねぇ」
「それどういう意味よ」
「いや、それどころか相棒になるかもしれない適正者の変態性癖が治るもしれないんだ。それなら喜んで俺は鬼となろう」
「鬼になるって……そりゃあんたがあの質問の後いきなり刀身をねじ曲げてあたしの頭をぶっ叩いたときは目ん玉飛び出るほど驚いたけどさ……つか、変態性癖って何よ」
「いくら何でも女があの性癖はまずいんじゃないか?」
「えー? だってただ単に同性同士でするよりは生産性があると思うんだけど」
みんなもそう思うよね? ね? ちなみに生産性ってのは想像通りのことですよ?
「生産性って……そりゃあるだろうけどよ……」
「そんなことより、あたしの質問、そんなに変だったの?」
「それ以前に言ってくるお前の顔が怖かったんだが。今回はそれで済ますが、今度もし荒い鼻息をあげながらイッちゃってる目でそんな事言った日には……」
「日には?」
「……聞きたいか?」
びくぅっ!! その台詞を聞いた瞬間何か背中に悪寒が走りましたよっ? こ……これは……生命の危機っ!?
「き……聞きたくないです……」
「ふ……そうか残念だ」
……全然残念に思ってねーな、こんちくしょーっ。ひょっとしてこいつ、そんなお仕置きをいつか披露してやろうと虎視眈々と狙ってやがるんじゃないでしょうね……。あれ、でも何か、あたし……少し楽しみ?
「何か言ったか?」
「ううん別に」
ブンブンと首を振って誤魔化す。何となく自分の知らない面に出逢えたような……いや、出逢いたくはなかったけど!
「ところでよ」
「はい!?」
何となく深く追求すると危ない自分に気付いてしまいそうなその瞬間に声を掛けられ驚いてしまう。ま、そのおかげで気持ちが切り替えられたけど……。
「どうした? 何か焦ってるみたいだが」
「な、何でもないからっ! で、何の用?」
「いや、さっきからどこに向かってるのかなぁとか思ってよ。掃除は良いのか?」
「ああ、その事? あんたのこと先に先生に聞きにいこうと思って」
そんなわけでズルズルと重いあんたを引きずってのろのろと廊下を歩いてんだけどねぇーっ。
「あー、その先公にか。別にその必要ねーんじゃねーか?」
根底からあたしの努力を踏みにじりますか、あんたはっ。
「仕方ないでしょ、あたしにゃあんたに関する情報が少なすぎるし……さっきの電撃のことも気になるしね」
「さっきの電撃? ああ、あれの事か。アレはただ単に舞が俺の適正者足るか見定めるための選定試験みたいなモンだったんだけどな」
「選定試験って……何よ、それ」
「ん? 簡単に言ってしまえば俺に対する適正因子を持っていて、なおかつ俺と契約出来る者を選び出す儀式みたいなモンだ。そのどちらかが欠けていてもこの儀式はパス出来ない。ま、お前はその儀式を見事通過し、俺の相棒になる権利を得たわけだ」
「もし……それを出来なかったらどうなってたのよ?」
「ああ、あの電撃で死ぬぞ」
「さらっと危険なことを言うなっ! じゃ何か? 一歩間違えてたらあたしはお陀仏だったの?」
「ま、助かったからイージャン」
「うっわ、何てテキトーな……まぁいいや、助かったからよしとしよう……」
結構ショック大きいけど。なんつー危険な選定方法だ……(汗)。
「……それより適正者って? 何か特典あるわけ?」
ま、助かったわけだし、そんなことよりもさっきから何度もそう呼ばれている『適正者』という言葉の方が気になってきた。何かおいしい特典とかあるのかな?
「えーと……まず、俺と契約する権利を得る」
「うん、他には?」
「俺と契約する権利を得る」
「他には?」
「俺と契約する権利を得る、以上だ」
「へー。合計三つも特典があるんだーおっ得ー…………とか言うと思ったか、この重量剣がぁぁぁッ!!!」
刀身を両手で挟んでその間に膝蹴りを加える。ほーっほっほっほっ……ド○○アさん、ザ○○ンさんこの手の輩はこうしてあげるのが一番良いんですよ?
「あ、ゴメン、マジゴメン!! 刀身折れる折れる折れる、折れるからっ!! やーめーてー」
ほっほっほっ……あたしの戦闘力は五十三万です。身の程を持って知るが良い。
がんがんがんがんかずんどがぶしゅぼぎっ……
ぶしゅぼぎっ?
「…………………」
変な擬音に首をかしげて、見るとあたしの膝が何かエライ事になってますよ? @/saxd;ds;a!!!!(痛みのあまり言葉にならない悲鳴を上げる)
血がぴゅーって出て、紫色に腫れ上がって膝の形が変わっちゃってるぅぅぅッ!! そこから見えてるのは骨? あたしの骨? あひゃあひぁやっぬぬ!!
痛みに耐えかねレヴァンテイバーを放り投げると、あたしは左膝を押さえたまま廊下に倒れ込んだ。そのまま意味も分からずのたうち回る。だってそうでもしないと気が狂いそうに痛いんだもん。
「あ……あひぃぃぃぃっ」
「おーい……真剣の刀身に膝蹴り食らわすっていう行為自体が自業自得だが、とりあえず大丈夫かー?」
レヴァンテイバーが何か言ってるけど、あたしにそれを認識する余裕なんて、もうこれっぽっちもありはしないのよっ! つーか、このままだとマジヤバイ……血が無くなって意識が薄れてきた……。
ああ……あそこに見えるのは光るトンネル? そこを抜けるとお花畑?
あひゃひゃひゃひゃひゃ……何か気持ちいー……。
そこであたしの意識は暗い水の中に沈むように消失していったのだった。
……あー……こんなアホな死に方したくなかったなぁ……。
「タッ……タ○ちゃんが首無し死体を食べているっ!」
こうバリバリっとせんべいを噛み砕くように首の付け根から……って……。
「およ……ここは……」
消毒液の臭い、見覚えのある壁にこれまた見覚えのある器具の配置。ここは……。
「保健室だ」
「保健室よ」
あたしが結論を出す前に聞き覚えのある声二つに同じ方向から同時に答えを言われた。まぁ、つまりあたしは保健室のベッドに寝かされていたのだ。あれ、何であたし、こんなとこで寝てんだろ? ま、いいか。それはともかくとして……あたしは、声のした方向振り向いて抗議の視線を送っておく。そこまであたしの台詞を取りたいか、お前ら。
「なにジト目でこっちを睨んでんだよ? 別にお前の台詞を取った所でたった三文字じゃねーか」
男の方の声の主、レヴァンテイバーが軽薄そうに文句を言ってくる。むぅ、確かに三文字だけどさー、あたしにしてみりゃ貴重な三文字な訳ですよ。たとえ地の文まで担当している主人公でもね。それを分かって欲しいのですよ。
「で? 大丈夫かしら、左膝は」
これはもう一人の女の人の声。この声も知っている人、エトナちゃんの先生の声だ。しかし、この人どこでも現れるな、名前公表されてない割に。あ、そうか、扱いやすいキャラなんだ、この人……少し可哀想ですなぁ。
「な……何よニヤニヤ笑ってきて……気持ち悪いわね」
「あ、いえ、別に何でもないですけど……先生は何でここに? 授業とか無いんですか?」
先生はそう聞くあたしをなぞるように眺めてから、視線をレヴァンテイバーに移した。
あたしの質問には答える気はないらしい。ったく……先生はあたしよりその剣の方が大事ですか、そうですか。ま、レヴァンテイバーは先生の所有物だし、何話そうが、別に良いんだけど……。少し気になるな、あの二人の会話って。よし、ちょっと聞き耳を立ててみるか。
レヴァンテイバーに先生が口を開いた。思わせぶりな笑顔を添えて。
「……あの様子なら、三十分足らずで左膝はもう治っちゃったか。さすが、あなたの適正者。回復力が凄まじく高い……いえ、適正者となったことでそれが向上したのかしら?」
「確かに俺には粉々になっても再生する高い自己再生能力が備わってるがな。それがあいつが適正者になったことでその力が流入してるのかもしれないが……」
「どうしたのよ、何か歯切れ悪いわね」
「こんなケースは俺も初めてなんだよ……契約後ならまだしも、適正者になっただけで桁外れの再生力を持つようになるのはな。……俺の考えだけど、こいつ、下手すりゃとんでもない奴かもしれないぜ?」
「ま、そうであって欲しいわね。いえ、そうじゃなきゃ、ここまでお膳立てをしたあたしの立場が無いわ、そうでしょ?」
「違いねぇ」
? 二人とも、何の話をしてんのかな? ちょっと小声で聞き取りづらいんだけど……。ま、別に取り立てて気にする必要ないか。大事なことだったらあたしに直接言うだろし。それより膝がどうのって言ってたような……?
あ。
思い出した!
慌てて布団をめくって左膝を凝視する。そこには我ながら惚れ惚れするくらいきれいなおみ足が鎮座していた。あ……アレ? さっきのえげつない惨状は一体どこへ? 血と肉がミンチ風味にだんしんぐとぅないとしてた感じだったんだけど……そんなのが嘘みたいに治ってるよ? ふーむ……不思議なこともあるもんだ……あ、いや、先生が居るって事は、先生が治してくれたのかな? ここ、魔法使える世界だし、あんな傷くらい簡単に治せるような術とかあるのかもしれない。それなら一応お礼言っとくべきね。
「あ、先生、ありがとうございます……何か膝治してくれたみたいで」
「えっ?」
先生が少し驚いた様子で声をあげた。
「えって、膝ですよ、膝。あんな酷い怪我だったのに、完全に跡形無く治ってるなんて、この世界の治癒魔法ですか? 凄いですよね。ひょっとして呪文はぴぴるぴるぴるぴぴるぴーとか?」
「…………………」
先生は一瞬呆けたように静止してから、
「……ええ、凄いでしょ? でも、治癒『魔法』じゃなくて治癒『魔術』よ」
にっこりと笑ってそう言ってきた。
「? 何か違うんですか?」
「ええ……あ、そうか、マイにゃんは異世界人だし、そういったことは知らないか。それならちょうど良い機会だし、この世界での魔法と魔術の違いについて教えてあげよう。それと、この世界についてもね」
「ハァ……」
えと……何て言うかマジどうでもいいんですけど、でも、何か先生張り切ってるっぽいし……断るのはマズイか……仕方ない、聞くとするかぁ。
先生は保健室に備え付けてある黒板を引っ張ってくると、白チョークで文字と絵を書き始める。つか、先生、あたしこの世界の文字読めねっす。うん、この世界が『ルーイエ』とかいう変な名前してるってのは分かったけど。ってアルェ〜!?
「先生……あたし、あたまが ヘンになっちゃったよぉ……」
「お前はどこのゆめわかだ」
レヴァンテイバーが呆れた声で突っ込んでくる。
それはあっさり無視するとして。
「嘘……何で、字、読めてんの……?」
驚いた。さっきまでは全く読めてなかったのに……今では、日本語みたくすらすらと読める。何々、ひょっとしてあたし一度死にかけて目覚めちゃったとか? 『アンサー・○ー○ー』に。……あたしこのネタ好きだなぁ(汗)……そんなことあるわけ無いじゃーん。でも、それはともかくして、読めてるのは事実。
何でです? とりあえず、先生おせーてプリーズ!
「こ、これはどういう……あたしさっきまでこの世界の文字なんて逆立ちしたって読めてなかったんですよ!? それが何で……」
「それは、俺の適正者となった事で、お前にこの世界の基礎的な生活知識が入り込んだためだ。多分」
と、先生の代わりに答えるレヴァンテイバー。それは良いとして……。
「多分って……」
えらく適当なことを言うのね。
「仕方ねーだろっ! 俺の適正者になった異世界人ってのはお前が初めてなんだ!! こっちも分んねーんだから、推測で物言うしかねーだろっ!!」
「ごもっともッすね……」
そりゃそうだ。レヴァンテイバーもそのことで驚いてたっけ……。
「でも、この世界の文字が理解出来るようになったってのは偶然の産物でもこっちにしたらありがたいよ。一から違う国の言語を覚えるのって大変だし。あたし、英語の成績マジにヤバイからさ」
「どのくらい?」
「……偏差値……33」
「ああ……それは……」
うう……先生とレヴァンテイバーが哀れみの声と視線を向けてくる……。べっ別に良いじゃないっ! 英語の成績が悪くったって……これでも理系の方は成績良いんだからっ! 日本人は日本語だけを完璧に操れてればいいのよっ! それも怪しいけどね……。うう……言ってて悲しくなってきた……。
「あらら……どうしたのマイにゃん? 泣かないで〜」
「そ、そうだぞ、人生は勉強だけじゃねーし。出来なくても何とかなるって!」
「レヴァンテイバー……それあらゆる世界から知識を取り込んでるあんたが言うと嫌みにしか聞こえないって分かってる?」
レヴァンテイバーを持ち上げ、睨み付けてやる。フフン、あたしの呪視線で悶え苦しむが良い。なんと言っても毎日この視線で見つめていたウチの金魚が亡くなるくらい凄いのだよ。……お前、いつも何やってるんだとか突っ込んだら、今夜はその人の枕元にあたしの呪視線が送られます、はい。
「うお……そんな人を呪い殺すような目で見てくるなっ! 寿命が縮むッちゅーにっ!」
「いやー、あなたには寿命なんて無いんじゃないかなー……」
冷静にツッコミを入れる先生。
しかし、その次の瞬間には真面目な顔に戻り、パンパンと手を打ち鳴らした。
「ま、それは良いとして、解説にちゃっちゃと行きたいんだけど。二人とも……特にマイにゃんはしっかり聞いてくれるとうれしいんだけど」
「あ、はい、すんません」
あたし達二人は同時に謝ると、先生と黒板の前に向き直って座った(もちろん、レヴァンテイバーはあたしの横に立て掛ける形だけど)。
先生はそんなあたし達の様子に苦笑するように微笑むと、チョークを持ちつつ話しを開始した。
「それじゃまず、さっきマイにゃんが不思議がってたこの世界での魔術と魔法の定義の違いから解説するわね」
「ういっす。それはいいですけど、これでここまで引っ張っといて、あのアーパー吸血鬼世界と同じ設定だったら抗議の一つもきますけど、その点は大丈夫ッすかー?」
「それはこの話を読んだ人の自由な解釈だから先生わかんなーい」
ブリッコポーズを決めながらこちらに笑いかけてくる先生(推定年齢三十歳)。あたしはどついたろかいって言葉を飲み込みつつ、こう思う。
この話の作者、いつでも逃げる気満々だ。
まー、あたしゃ、そんな行き当たりばったりの人間に創られた主人公っすからー……まな板の上の鯉ッすからーそれに従うしかないんですけど。とりあえず、この話が固○○界だの、魔○○路だの、そーいったもんが平然とまかり通るような世界にならないよう祈っとくよ、心から。
「あー、えと……マイにゃん、そう言われるとこっちもものすごーく説明しにくいんだけど……」
「いや、別にいーんですけどね。この世に数多の作品が存在する以上、どこかの作品と設定が被るなんて事はざらですから。それにかこつけて文句を言うなんてしないですよ。あたし、烈○の時だって突っ込みませんでしたし、あたしはフツーに面白かったですよ、アレ」
「うっわ、すっごい投げやり。まー、さっきも言ったようにそう思うのは人の勝手だから。ほら、この話の作者が好きな言葉にあるでしょ『物語はその作り手の手を離れて読み手に渡ったときその読み手の物語になる』って」
「それ、ここで使う言葉かどうかは怪しいですけど、それは正しいと思います」
だからこそ、同人誌肯定派なんだけどね。ま、それは良いとして……。
「とりあえず、多分、これ読んでくれてる殊勝な人はこの世界での魔法と魔術の定義の違いに関して気になってると思うので、話戻した方が良くないですか? 見捨てられそうで、あたしはとても大変な気分すよ。つか、あたし達、何次元で会話してんでしょうか?」
「多分、この世界とは遙か別次元にある世界であることは確かだねー」
「そーですねー……」
「……お前らそんな飛んでイスタンブール的な遠い目をしてないでとっとと解説始めろ。文字数が勿体ねぇから」
うん、レヴァンテイバーナイスツッコミ! つーか、このままいくと収集着かなくなりそうで、誰かのそのツッコミを期待してたのだよっ! つーわけで先生ッ! 光速の速さで話を戻しましょう、そうしましょう!
「そ、そうねっ! それじゃ説明するわよ、満を持してっ!」
何か、ここまでくるのに数十行使ったような気がしないでもないけど、とにかく話を戻せたことを素直に喜ぼう。それでは先生解説、お願いしますね。
先生は気分を切り替えるように、一度コホンッと咳払いをすると黒板にチョークを走らせつつ、話し始めた。
「この世界での魔術というものは、基本的に自らの魔力(精神力、生命力)を行使して引き起こす現象、もしくはその生物に与えられた能力の範疇を逸脱しない形で最大限に起こせる事象を指すわ。分かる?」
聞いてくる先生にあたしは正直に答えとく。ま、理解できないことはちゃんと理解しといた方が良いだろし。
「……前者の方はまぁ、ゲームとかでよくあるので何となく分かるんですけど、後者の方がいまいち」
「そう……ま、それなら前者の方も具体例挙げて説明するわ。それじゃ、よく聞いて。まず、最初に言った方だけど、これはあなたが言ったようにテレビゲームに喩えると分かりやすいわね。つまりその生物が持っている精神力、生命力――マジックポイントを使用することで物理法則に基づいた現象を機械など用いることなく実行出来るって事。もちろん、精神力とかは一般の生物だって持っているけど、人の魔術師ってのはそれらを魔力という力に変換する『コンバーター』っていう器官を体内に持っているわけ。それによって魔力を創り、そういった現象を起こせるの。また、人によって命や精神力に差があるように、その数値ってのは人によってまちまちで、ゲームとかと違って通常の場合一生の間でほとんど増減しないんだけどね。他人から譲渡されたりした場合とか量が増える例外もあるけど、そんなのはごく限られた間柄だけでだし」
「他人から譲渡って……そんなこと出来るんですか?」
「血縁上近しい間柄なら、その成功確率は九割以上。魔力の質がよく似ているから譲渡しやすいのよ。その後に自身の魔力と馴染みやすいし。だから代々魔術師の家系では先代達が積み上げてきた知識の継承と共にその先代が魔力を譲渡することでその子孫の魔力を増大させて地位を確立させていくのが、この世界の常識の一つなの。魔力を渡した方は魔術師としての能力を失い、そのままでいると一月以内に衰弱死するわ。それはともかくとして、この学校でも最高位クラスに位置する子のほとんどが、そうやって魔力と知識を増強させた子供達ばかりだし」
「何かエライ事を事も無げにさらっと流しましたよね」
魔力譲渡すると、一月で死ぬとかなんとかその辺り。
「別に、それはこの世界の常識だし。と、言うか、生命力を譲渡するんだから死ぬのは当たり前でしょ? だから、もし譲渡しない場合でも魔力を乱用しすぎて使い切っちゃったら、生命力や精神力を消失したのと同じ事になり、その生物は衰弱して死んじゃうし。ま、使い切らなければ、休息を取ることで回復できるけど……。魔力を譲渡する場合はそういうわけにはいかないから、その人間もその点は考えてるわよ。魔力を譲渡するときは大体自分の死期が近付いた時かもしくは魔力を失っても寿命を延ばす事が出来る時よ。あなたの世界でもあるでしょ? 延命治療とか。それをさらに自立活動出来るようにしたもので、魔術の中でも魔法に近い術の一つ。術式を刺青みたく身体に直接施すことで人並みの寿命まで暮らすことが出来るようになるのよ。もちろん、非常に高価だし、それに魔力は回復せず――つまり魔術は使用不可になり、肉体的にノガ○リョウタ○ウ並の虚弱体質になっちゃうから、このやり方はメリットが低いわ。だから大抵、自分が死ぬ直前に子孫に魔術を譲渡するのが一般的ね」
「先生……あたしの記憶からある意味間違った知識を得ちゃってますね……話の流れ的には物凄く理解しやすいですけど」
「ツッコミありがとう。ま、それはともかくとして、ここまでは理解出来た?」
「ま、大体は。あと、今の会話で思ったんですけど、この学校に来ているのはそんな魔術師の家系の連中ばっかってことですか?」
「そういうわけでもないわ。魔術師ではない家系でもごく稀に『コンバーター』を持つ者が生まれる場合があるの。そういった子供達も僅かだけど、ここに来てるわ。もし、その子が魔術師となれればその家系は貴族の『伯爵』クラスの待遇になるから、親もなけなしのお金をはたいてね」
「あー……エトナちゃんとかがそれですか」
「ええ。でも、元々一般の出だから、魔力を扱うにも知識、経験不足。それに魔力の絶対量が少ないからそこまで大成した魔術師になることは極めて稀なの。だから、そういった経緯でこの学園に入ってきた人の半分以上が半年を待たず退学もしくは魔力の暴走で死亡する。この学校の十二年の課程を修了するまでにそんな子が残ることが出来る可能性は千人に一人くらいね。あなたの知ってるエトナっちは何とか食らい付いてる方だけど……十年以上経ってもほとんど魔術を行使できないのよね……まぁ、あの子の場合、才能がないって言うよりも、それ以外の要因で魔術をコントロール出来てないんだけど……」
「それ以外の要因って?」
「あー……ゴメン、これは話せないんだ。ちょっと訳ありでね」
先生が困ったように笑ってくる。うーん、ちょっと気になるけど、人のプライバシーに関わることを根掘り葉掘り聞くのも、なんか嫌だし……。ま、これから付き合っていくんだし、一緒に行動してたらエトナちゃんの魔力のコントロールが出来ない原因も見えてくるかもしれないし。ま、ここは今、追求しなくてもいいや。
ま、とにかく。
「ありがとう、先生。大体理解出来ました」
「そう? なら、後は生物の範疇を〜ってのの説明に移るわね」
「はい」
あたしは軽く頷くと、また話を聞く体制に入った。なんだかんだ言っても、何か興味出てきたしね。さて、それじゃ続きお願いします、先生。
「その話をする前にさ、一つ。マイにゃんってさ、頭良いから、今までの会話で気付いているかもだけど、この世界では魔術を使えるのは人間だけじゃないんだ」
「まー、さっきから度々生物って言ってましたし。多分そうだろーとは思ってましたけど。やっぱドラゴンとかいるんですね」
「うん、理解が早くて助かるけど、全くもってその通り」
「で、それが今からの話と何か関係あるんですか」
「うん、大あり。でも、ひとまず念頭に置いておいて欲しいのが今話しているこの『魔術』『魔法』という概念は人間が考え創り上げたと言うこと。つまり、それを捉えているのが人間であるという点に注意してほしいの」
「あー……ひょっとして……」
それを聞いて何となく答えが分かったあたし。なるほどなー。人間を本位として捉えるって事はつまり……。
先生は少し困ったようにあたしを見てから肩を竦める。
「全く……これだけ説明して理解されると、ちょっとあたしの立場がないけど……それが正解かどうか確認してあげるわ」
ほれほれ、言ってみれ、と笑顔で先生。
うーん………少し自信ないけど……。
「えと……それじゃ分かりましたけど……間違えてたら指摘してくださいよ」
あたしは一言断ってから話し出した。
「人を本位として捉えて魔術というモノの名前、理論が考えられているとすると、こういう答えが導き出されます。人が持つ能力の内、道具、機械を用いず物理法則に干渉し、物理現象や物体をその根本から指向性を持たせた変質……つまり、物理法則の範囲内という制約はあるが、術者の思い通りに物質、または現象を変更出来る力を『魔術』。これは魔術を使えない普通の人間から見て異質な能力ということになります。でも、それは人間から見れば……の話。他の生物から見れば、どうってことない力の場合もあります。例えば、自ら放電するデンキウナギとか。この世界だと、もっとあり得ない生物とかもいそうですけど……ジャ○ラとか。えと……まぁとりあえず、そんな生物たちも人間の魔術師と同じような力が使えたんです。それを初めて人が発見した時、もっと言うと、魔術という概念が完成してから人間がそんな生物を見つけた場合、その人間はこう思うでしょう……『この生物は、人間と同じように魔術を使える』って」
「………………」
む、先生は表情を固めて沈黙してるな。やっぱ間違えてたのかなぁ……。
でも、ま、仕方ないよね、先生から聞いた話をあたしで勝手に掻い摘んで推理したまでだし。間違えてても気にしない、気にしない。
「とりあえず、これであたしの考察って言うか解答はここまでです。どすか、先生。やっぱ間違えてました?」
すると、先生はベッドに腰掛けてるあたしの肩をがしっと掴むと、目と鼻の先まで顔を近付けてきた。伝説のムッコロフェイスで。
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「……ゴメン、先生……あたしその顔に耐えられるほど、人間出来てないです……ふひ……ふひひひひひっ」
「いや、マイにゃン、そんな呪殺する瞬間の貞○かスプ○みたいな顔で笑われると、こっちもマジで一週間後に死んじゃいそうな気分になってくるから止めてくれる?」
「ご……ゴメンな……ひゃい……ふへへへへ……」
イヤ、さすがにムッコロはマズイから、マジで。あたしの精神を崩壊させるのに十分な攻撃力を有しているよ、ウェイ! オデノカラダハボドボドダ。
うめき声にも似た押し殺した笑い声を上げるあたしに気を悪くしたのか、先生はふて腐れたように頬を膨らませると、
「ったく……あなたの世界でのクイズ番組みたく答えてあげようと思ったけど……興が削がれちゃったわ」
ため息を付きつつ、両手を腰に当てる。
いや、みの付く人の真似はさすがにまずいっすよ、先生……しかもかなりネタ古いし。まー……今でも使ってる人いるらしいけど……。
イヤ、まぁ、それは良いとして……。
「あの、先生、笑ってごめんなさいですけど、あたしの答えって当たってたんですか? それ聞いとかないと、やっぱスッキリしないです」
やっぱり、それが気になった。
すると、先生はあさっての方向を見ながら髪の毛を掻き上げると、こちらを見据えて、笑う。
「フフ……正解よ、マイにゃん。ホント、理解力高いわね。何でそんなに頭回るのに外国語がボロボロなの? それが不思議よね」
「あー……物事を分析するのとかは得意なんですよ、昔から。外国語が苦手なのは……まぁ、多分、頭の中で無意識にこんなモノ生きていくのに必要ないって考えちゃってるのが原因じゃないかと……脳に入ってくるの無意識にガードしちゃうんですよねー……そのせいで単語帳全ページ百回書き取っても二十分の一も憶えてないんですよぅ。この間のテストでも平常点入れて赤点ギリギリセーフだったし……」
「あー……それはホントにご愁傷様。でも、マイにゃんは異世界に来ちゃったんだからもうそんなこと関係ないんじゃない?」
「そう思うならこんな話振らないでくださいよ……軽くトラウマになっちゃってるんですからぁ。アルファベット見るだけで目眩してくるんですから〜」
思わず涙目。ふん、別に外国語が出来なくたって生きていけるもんっ! 受かる大学ないって言われたけどねっ!
あぁぁぁぁぁ〜っ! また気分が暗くなってきた……。ウツダシノウ。
「いやいやいや……そんなどこかの絶望な先生やHIKIKOMORIみたいな事言わないで。大丈夫、あなたはそんなテストを受ける必要のない世界に来たんだから。そんなこと、忘れて忘れて」
「先生、どこかの新興宗教の勧誘みたいですね」
「あんたは……慰めてやってんだから、素直に喜びなさい」
「ふ……ふぁい……すひませんでひた、へんへいぃ〜……」
先生は据えた瞳であたしに笑顔を送りつつ、思い切りあたしのほっぺたを引っ張ってきた。びょーんと左右に伸びるあたしの桜色の頬。ふみゅう〜っ痛い痛い痛い〜っ!! 限界越えて伸びちゃうよっ! ガ○デカみたいな顔になっちゃうよ〜っ!
「あたしのどこがテロ活動しちゃう宗教組織の人間なのよ、失礼しちゃうわね」
「ふええーん……はなひてくらはいよぅ。それときけんはつげんきんひでふぅ。あたひももういいまへんらはー」
眼に涙を溜めて懇願するあたし。先生離して……もうホント反省してるから〜!
「へー……マイにゃんってほっぺた面白いくらい伸びるのねー……しかも、何か泣いてるマイにゃんって可愛い……」
って先生? 何で顔を上気させてんですかっ? ハアハアして顔近付けないでくださいっ! ひょっとしてドS? ドSなの!? たーしーけーてーレヴァンテイバーッ!!
「おおおおおお……美人女医にセーラー服女子校生がそんな風に迫られてるのなんて、初めて見たぜっ。これは目に焼き付けとかないとなっ!」
「ドアホ――――!!!!!!!!!」
あんたはそっち系の趣味あんのかーっ!! つーか、この世界セーラー服美少女女子校生なんているわけ無いんだから初めて見るの当たり前だバカやろーっ!
とにかく、このままの展開いかんではこの物語をブログに載せられない状態になる可能性がッ! こ、これはダメっす、やばいっす!
「ら、らめぇぇぇぇぇぇぇっ」
↑とりあえず叫んでみた。
って、何これーっ! これだけ読んだら青少年の健全な妄想を刺激しちゃう叫び方になってるよっ! って、そんなことはどうでもいいっ! 一つ一つ説明するたびに何脱線しまくってんだ、この物語はっ!
よし、話を戻そう。絶対戻そう。そのためにはまず……。
あたしの上に興奮しながらのしかかってきてる先生を殺そう。うん。
「先生、最後いくよ? いい? 答えは聞いてないっ!」
うおりぁぁぁぁぁっ!
「クライ○○クスフォーム登場おめでとうございまーすっ!(先生)」
「……ダイナ○○クチョップ……」
フッ……こんな時に通信教育で合気道やっておいて良かった。
さて……。
あたしは壁にぶち当たってノビている先生に一瞥をくれると、乱れた制服を整えながらレヴァンテイバーに向き直った。
「さて……とりあえず先生があんな状態になったから、あんたが説明してよ。この世界での『魔法』に関して。それの方が早そうだし」
すると、レヴァンテイバーは引きつった声を出しつつ、
「わ……分かった。真面目にいくから……壮絶な顔で笑いかけないでくれっ!!」
「フッフッフッ……最初からあたしの必殺技を喰らいたくなければとっとと説明しなさい。とりあえず、あと数行で」
「マジ!? 無理無理むーりっ!!」
「無理でもやれ」
「わ……分かったよ……だから、こっちを呪い殺しそうな顔すんなって……『魔法』についてだったな」
「ん。魔術の説明が足りてないってコメントが来たら設定説明とか色々継ぎ足すつもりだから。とにかく早くしろ」
「あー……分かったよ。この世界での『魔法』ってのは簡単に説明すると……って、これ元々ブログだから文字数足んねぇや」
「うぉぉぉぉいっ!!」