第五話 仮面の試練
* * *
修練場の空気は、昼の光に照らされて白く輝いていた。砂埃が舞う床に、俺と萬子さんは肩で息をついて座り込む。さっきまでの訓練で、体中が重い。
「ふぅ……結構動いたな」
萬子さんが笑う。余裕そうに見えるけど、額にはしっかり汗が光ってる。
その時、エルネストが近づいてきた。目がきらきらしてる。嫌な予感しかしない。
「ところで君たち、どういう関係なんだ? 幼馴染か?」
「んー、近所の姉ちゃんって感じかな? ケイタは弟分だよね」
萬子さんが即答。俺は思わずむせそうになった。
「姉ちゃんって……まあ、間違ってないけど」
「ふむ、異界の文化は興味深いな……姉弟のような絆、か」
エルネストは何かメモを取り始めた。やめてくれ、研究対象みたいにするな。
* * *
その時、重い足音が響いた。修練場の空気が一瞬で張り詰める。
振り向くと、黒い仮面をつけた全身鎧の男が立っていた。無駄のない動き、圧倒的な存在感。周囲の兵士たちが息を呑む。
「力を見せてもらう」
低く、簡潔な声。挑発も威圧もない。ただ、戦士の言葉。
エルネストがわずかに目を細め、低く呟いた。
「……これは、予想外だ」
その声には緊張が滲んでいたが、名前は出さない。
俺は胸の奥でざわつきを覚えた。何なんだ、この人……?
* * *
砂埃が舞う修練場。結界の青光が淡く揺れる中、俺と萬子さんは身を構えた。
黒い仮面の男は無言で剣を抜く。その瞬間、空気が重くなる。魔力の圧だ。息が詰まりそうだ。
「ケイタ、右!」
萬子さんの声が飛ぶ。肩の刻印が赤く輝き、炎が拳に宿る。彼女は地を蹴った。熱風が巻き、砂が渦を描く。
炎を纏った拳が鎧に迫る――だが、男の剣が一閃。火花と衝撃波が弾け、結界が青白く震えた。
「くっ……!」
俺は水の刻印に意識を集中。青い光が走り、腕から水流が迸る。剣の軌跡を逸らすように、渦を巻いて絡め取る。
だが、男は一歩で抜ける。土の刻印を発動し、足元を隆起させる。石畳が盛り上がり、壁が立ち上がる。
「よし……!」
次の瞬間、剣が土壁を裂いた。音が鋭く、破片が飛び散る。速い。重い。なのに無駄がない。
萬子さんが後退しながら、肩の刻印を緑に切り替える。
「風で速さを――」
彼女の体が軽くなる。風を纏い、踏み込みと回し蹴りで距離を詰める。空気を裂く音が響き、砂が舞った。
「次は火で決める!」萬子さんが意識を切り替える。肩の刻印が赤く光り始める――だが、その瞬間、魔力の流れが乱れた。
炎を纏わせるはずの蹴りが、力を失って軌道を鈍らせる。
(切り替えに手間取ってる……!)
黒い剣が突き込む。
「萬子さん!」俺は土の刻印を発動。茶色の光が走り、地面が隆起。土壁が萬子さんと剣の間に割り込む。
刃が壁を裂き、破片が飛び散る。萬子さんが息を呑んだ。
「うわ、やっぱ難しいなこれ……!」
彼女が悔しそうにぼやき、肩の光を必死に安定させる。
「風と火、頭で分かってても体が追いつかない!」
その声に、俺は水弾を圧縮し、矢のように撃ち出す。弾丸が空を裂き、鎧に当たる――が、剣の一振りで霧散した。
萬子さんは歯を食いしばり、再び風に集中する。炎を完全に消し、軽さを取り戻す。
「……よし、今度こそ!」
彼女の動きが一瞬で鋭くなる。風を纏った蹴りが鎧に迫る――だが、男は剣を逆手に取り、衝撃で受け流した。
(速い……でも、少しは動けるようになってきた)
俺たちは必死に連携を試みる。炎と風の突撃、水と土の防御。だが、動きが重なる瞬間、迷いが生まれる。その隙を、男は逃さない。
最後の一撃で、俺たちは床に転がった。剣は止まっていたが、もし本気なら――命はなかった。
* * *
静寂。男が仮面を外す。現れた顔は、威圧ではなく、静かな力を宿していた。
兵士たちが一斉に膝をつく。
「ヴァルディオス陛下……!」
その声で、俺は息を呑んだ。
(……ヴァルディオス?陛下? この人が皇帝?)
皇帝は短く言った。
「悪くない。だが、互いを信じ切れていない」
低い声が響く。萬子さんが息を整えながら聞き返す。
「……信じ切れてない?」
「動きが重なる時、迷いがある。迷えば隙になる」
俺は言葉を失った。見抜かれてる。確かに、萬子さんに合わせるのが怖かった。
皇帝は淡々と続ける。
「次は、互いの動きを疑うな。信じて動け」
その言葉に、萬子さんが苦笑した。
「信じて動け、か……簡単そうで難しいね」
俺は黙っていた。でも、心の中で何かが変わっていた。
(……レオニードとは違う。信じて動け、か……簡単じゃないけど、あの人の言葉には重みがある)
皇帝はそれ以上何も言わず、静かに立ち去った。背中に、重みと誠実さがあった。
* * *
俺は砂の上で息を整えながら、萬子さんの横顔を見た。
「ケイタ、次は信じて動こうね」
彼女の笑顔に、俺は小さくうなずいた。
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