第三十話 二重刻印
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岩陰で、ダークエルフが肩を震わせた。
赤い瞳がぎらつき、湿った声が鉱山に絡みつく。
「ゲヒャヒャ……次はあの獣人をやれ」
萬子さんの掌に炎が絡みつく。
その赤い輝きが瞳を染めた瞬間、空気が裂けた。
踏み込みは疾風のよう――キャソさんへ一直線に迫る。
「グルルガン!」
キャソさんが咆哮し、斧を振り上げる。
火花が散る衝突。
炎を纏った拳が斧に叩きつけられ、衝撃で岩壁が震えた。
金属が悲鳴を上げ、キャソさんの腕が軋む。
必死に躱し、受け止め、防御に徹するその姿が痛々しい。
「くそっ! あのダークエルフを倒せば術は解けるのか!?」
俺の声が鉱山に響く。
ネイさんが矢を番え、低く答えた。
「……奴の支配は解けたとしても、符板を破壊しなければ狂乱がおさまる保証はない」
岩陰で、ダークエルフが肩を震わせ、下卑た笑いを漏らす。
「ゲヒャヒャ……もっとだ、もっと壊せ!」
その声は、冷たい刃のように空気を裂き、耳に刺さった。
萬子さんの猛攻が続く。
炎と風が渦巻いた蹴りが唸りを上げ、壁を砕いた。
轟音と共に岩片が飛び散り、キャソさんの体が宙を舞う。
岩に叩きつけられ、鈍い衝撃音が鉱山にこだました。
「……刻印の同時発動……!」
ネイさんの声が震える。
萬子さんの両手に炎が宿り、足元には風が渦を巻いていた。
「萬子さん! やめてよ!」
俺の叫びが喉を裂く。
萬子さんの瞳が一瞬揺れ、苦悶の影が走る。
だが、肩口の黒い符板に黒い電流が走り、赤い光が更に瞳を染めた。
「うがああああ!」
萬子さんの咆哮が鉱山を震わせ、炎と風が暴れ狂う。
熱が肌を刺し、息が焼ける。
視界が揺れ、耳鳴りが鉱山の奥に響いた。
岩陰で倒れるエルさんとキャソさんを一瞥し、親方が歯を食いしばって前へ踏み出した。
その顔には恐怖と決意が混じっていた。
「……俺がねーちゃんを羽交い絞めにしてでも動きを止める。その隙にあの板をぶっ壊してくれ」
「無茶だ! 至近距離であの攻撃をくらったら……!」
俺は声を荒げる。
親方は低く笑った。
「それしか手はねぇだろうがい。俺は親方として、父親として、集落と家族を守る責任が有る」
その言葉が胸を刺す。
黒い符板の電流が激しくなり、萬子さんがネイさんに向かって突進した。
親方は大槌を投げ捨て、萬子さんに飛びつき正面から抱き着けく。
「ぐっ……!」
萬子さんが暴れ、風と炎が吹き荒れる。
親方の背を炙り、焦げた匂いが漂った。
ネイさんと俺は符板破壊のチャンスを伺うが、暴れ狂う符板に狙いが定まらない。
萬子さんの片手が拘束を抜け、炎を纏った必殺の一撃が親方の顔目掛けて放たれる――。
その瞬間、親方はまっすぐに、萬子さんの目を見た。
――とうちゃんを守って。
拳が止まった。
吹き荒れる風と炎が、その拳に収束し始める。
集まった魔力はやがて光となり、光が黄金色に変わっていく。
空気が震え、鉱山全体が息を呑むような静寂に包まれる。
「う……あああああ!」
萬子さんが咆哮し、拳を振り上げる。
親方に振り下ろされると思った刹那、
軌道が変わり、肩口に食い込んだ黒い符板を打ち抜いた。
硬質な破砕音が響き、符板が粉々に砕ける。
黒い電流が弾け、灰となって消えた。
萬子さんの体が崩れ落ち、静寂が鉱山を満たす。
熱気だけが残り、焦げた匂いが鼻を刺す。
俺は息を呑み、拳を握りしめた。
「……萬子さん」
その時、岩陰で笑っていたダークエルフの肩がわずかに震えた。
赤い瞳が見開かれ、湿った声が低く漏れる。
「……馬鹿な……支配を……解いただと……?」
鉱山に、驚愕の沈黙が落ちた。
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