十九話 アーカイブ
* * *
「……ケイタ君。先ほどの“ジュゲム”とは何なのだ?」
エルさんの声は、祭壇の間の冷たい空気に吸い込まれるように響いた。石壁に反射した微かな残響が、逆に静けさを強調する。
湿った石の匂いが鼻に残り、喉が少し乾いた。
「えっと……あれは……俺の世界、というか国で有名な、とてつもなく長い名前なんです。昔話みたいなもので……」
自分でも説明になっているのか分からず、語尾が弱くなる。
ネイさんは眉を寄せ、萬子さんは「まあ、そうだよね」と苦笑した。
キャソは「グルル……?」と首を傾げ、薄暗い光の中で丸い目を揺らした。
エルさんはまだ腑に落ちない様子だったが、それ以上は追及しなかった。
代わりに萬子さんがぽん、と手を叩く。
「じゃあさ、とりあえず水晶に手を当てて読んでみたら?」
「……とりあえず、やってみるよ」
俺は深呼吸し、台座へ手を伸ばした。
キャソが不安そうに「グルルガン……」と鳴く。
手のひらが窪みに触れた瞬間、水晶がひんやりとした光を帯びた。淡い青白い光が指の隙間から漏れ、台座の縁を照らす。
俺は息を整え、ゆっくりと詠唱を始めた。
「じゅげむ、じゅげむ……(以下略)」
光が水晶から扉へと流れ、重厚な石扉が横に滑るように静かに開いた。
石が擦れる音は驚くほど小さく、まるで何年も前から開く準備をしていたかのようだった。
「……開いた」
誰の声か分からないほど小さな声が漏れた。
扉の向こうからは冷たい空気が流れ込み、足元の埃がわずかに舞い上がる。
薄暗い空間の奥は静まり返り、どこか人工的な匂いが混じっていた。
「じゃ、行くよ」
萬子さんが先頭に立ち、慎重に一歩を踏み出す。
薄暗い空間の中で、彼女の影が長く伸びた。
そして――萬子さんが扉を跨いだ瞬間。
「♪テンテレテンテンテン」
コンビニの入店音が、石造りの広間に不釣り合いなほど明るく響いた。
「ふぇっ……!? ちょっ……ぷ、ぷふっ……!」
萬子さんが肩を震わせ、耐えきれずに吹き出した。
「ふ、ふふっ……なにこれ……っ、コンビニじゃん……っ!」
笑い声は甲高く弾んでいて、どこか子どもみたいに可愛い。
石壁に反射して、くすくすとした音が何度も跳ね返った。
俺は完全に固まった。
ネイさんとエルさんは状況が理解できず、ただ呆然と立ち尽くしている。
キャソは「グルッ?」と困惑した声を漏らし、尻尾を小さく揺らした。
その時、部屋の中心に置かれた台座に突然スポットライトが当たった。
光源はどこにも見当たらない。だが、台座の上だけが不自然に照らされている。
周囲の暗がりとのコントラストが強く、まるで舞台の中央のようだった。
そこには赤く透明な紅玉が置かれていた。
光を受けて内部がきらりと揺れ、血のような深い赤が脈打つように見える。
「……なんだ、あれ」
萬子さんが笑いを止め、真顔になる。
ネイさんとエルさんも紅玉に視線を向ける。
キャソさんが低く「グルルッ……」と鳴いた。警戒の音だ。
次の瞬間、紅玉の内部に光が走り、どこか機械的な声が響いた。
「いらっしゃいませ〜。記憶の神殿へようこそ」
……完全に、全員が固まった。萬子さんと俺だけが、「いや絶対コンビニだろこれ……」と目を合わせた。
紅玉の内部で光がゆっくり脈打つ。
「んじゃ、まずは自己紹介からいくか。俺のことはアーカイブって呼んでくれや」
どこか飄々としていて、この場の緊張感とまるで噛み合っていない。
続けてアーカイブは、ため息をつくように声を揺らした。
「いやぁ〜助かったわ。コンビニのネタ通じる人でよかったよ。じゅげむ読めるだけで、どの時代の人が来るか分かんねぇからさ。ある意味、賭けだったんぜ?」
萬子さんが「ふふっ……」と肩を震わせる。
(やっぱり狙ってたんだ……あれ)
俺は頭が追いつかず、思わず手を上げた。
「ちょっと……状況を整理させてほしい。アーカイブさん? その……説明をお願いしてもいい?」
「お、いいねぇ。そういう素直なやつ嫌いじゃねぇよ」 アーカイブが軽く笑う。
「そりゃ驚くよな。石の部屋で玉が喋り出して“いらっしゃいませ〜”だもんな。普通は腰抜かすわ」
紅玉の光が一度だけ強く瞬き、アーカイブは続けた。
「まず最初に言っとく。俺は訳あってこんな姿してっけど、元はおまえらと同じ日本人だ。ちゃんと米食って、コンビニで肉まん買ってた側の人間よ」
「……日本人?」
俺は思わず声を漏らした。
ネイさんとエルさんは意味が分からず、ただ俺の反応だけを追っている。
「そうそう。こっちの世界の生まれじゃねぇのよ、俺。でさ、扉を開く合言葉、2種類あったろ?」
アーカイブがくるりと回転する。
「英語ならファンタジーっぽく演出して、じゅげむならコンビニ演出に発展するようにしたんだよ。サービス精神ってやつだぜ。どうだ、ウケただろう?」
萬子さんが笑いながら言う。
「ウケたよ……この世界でまさかあの曲聞くとは思わなかった……!」
エルさんが一歩前に出て、静かに問いかけた。
「……ここは記憶の神殿。世界の記憶が集まる場所というのは本当なのか?」
アーカイブは少しだけ声の調子を落とした。
「お、核心ついてくるねぇ。まぁ、半分正解で半分不正解ってとこだな」
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