第十一話 門を抜けて、未知へ
* * *
朝の光が帝国門の石壁を淡く染めていた。昨日まで過ごした城の静けさとは違う、広がりのある空気。門の向こうには山脈が霞んでいて、その先にシンジュクがある。
俺と萬子さんは、整えた装備を身につけて門前に立っていた。肩にかかるローブの重みが、これから始まる旅の現実を静かに告げている。
将軍ガルシオンが一歩前に出て、低く響く声を放った。
「ここから先は険しい道だ。だが、お前たちなら必ず乗り越えられる。帝国の誇りを胸に進め」
その言葉には威圧感ではなく、力強い信頼が込められていた。
魔術師長アルネリオが杖を軽く掲げ、静かに続ける。
「道中、魔力の流れが乱れる場所がある。刻印を意識し、決して油断しないことだ。……健闘を祈る」
冷静な声なのに、不思議と温かさを感じる。
その後ろには兵士たちが並び、俺たちに視線を向けていた。昨日の模擬戦のせいだろう、彼らの目には敵意ではなく、どこか親しみが宿っている。
「英雄殿、道中の安全を祈る!」
誰かが声を上げると、周囲から歓声が広がった。胸の奥が少し熱くなる。俺は英雄なんて柄じゃないのに、こうして見送られている。
萬子さんが笑って手を振った。
「ありがとう!みんなも頑張ってね!」
その声は明るくて、場の空気をさらに和ませる。俺も小さく手を上げた。
* * *
門を抜け、石畳から土の道へ。空気が変わる。遠くで鳥の声がして、風が頬を撫でた。
「ねえ、エルさん」
萬子さんが隣を歩くエルネストに声をかける。
……ん?エルさん?
「急に呼び方変わったな」俺は思わず突っ込む。
エルネストは本を抱えたまま、気に留める様子もなく、軽く視線を向ける。
「何だい?」
萬子さんが首をかしげる。
「この世界って、モンスターとかいないの?道中いつ出てくるか身構えてるんだけど」
「モンスターとは?」
「怪物というか、人に害をなし襲い掛かってくる生き物」
エルネストは少し考えてから答えた。
「いるにはいるけど、人を襲うモンスターとやらはあまりいない。我々には刻印の加護があるからね。一般市民でさえ、その辺の野生生物を撃退することくらいはできるよ」
(……ある意味、銃社会より怖いな)
俺は内心でつぶやいた。
萬子さんがさらに質問を重ねる。
「刻印って他の種族も使えるのでしょう?虫とか動物は刻印の加護?はないの?」
「四属性の刻印の加護が与えられているのは限られた種族だけ。我々と同じく二足で歩き、言葉を操り、知恵を持つのが条件とされている。それ以外の生き物は、それぞれ種族特有の刻印を持つことが多い。例えば虫族は風と土を混ぜたような特性を持ち、羽で空を飛び、強固な外皮を持つ種類もいるが、刻印の力としては微弱で、四属性の力には及ばない」
「なるほどね……」萬子さんが感心したように声を漏らす。
俺は少し照れながら口を開いた。
「……エルさん、その……四属性を超える刻印って、あるのか?」
声がわずかに上ずり、視線を逸らす。耳が熱くなるのが自分でもわかった。
エルネストの目が輝いた。
「伝承によれば、大昔には竜族というのがいて、四属性すべての力を扱えた竜の刻印があった。しかし、人族と竜族が争い、竜族が滅び、竜の刻印は失われたという話だ」
その語り口は学者らしく、どこか誇らしげだった。
萬子さんが「四属性全部か……すごいね」と感心したように息を漏らし、少し笑みを浮かべる。
「じゃあ、ケイタも竜の刻印を手に入れたら、ドラゴンブレス使えるようになるんじゃない?」
俺は思わず肩をすくめた。
「……いや、俺は火を噴く前にむせる未来しか見えない」
自分でも苦笑いしながら返すと、萬子さんが声を立てて笑った。
* * *
道の先に、山脈が見え始める。白い峰が空に溶けるように連なり、その向こうにシンジュクがある。
萬子さんが肩をすくめて言った。
「さあ、最初の山越えだね」
俺は小さく息を吐き、杖を握り直した。
(……本当に越えられるのか、俺に)
* * *




