第15話 胸が大きくなった/声優試験を受けさせられた①
ある日、シオが目を覚ますと体がなんだか重かった。
「なんだ・・・・・・? なんかズシっと思い感じがする・・・・・・」
なんというか、具体的には胸の辺りが重い感じがする。すぐに肩が凝りそうな感じだ。シオはベッドの中で首を傾げた。
「体調でも悪いのかな・・・・・・」
と、ふとシオが目線を下にやるとあることに気がついた。
「あれ・・・・・・? なんか胸、おっきくなってない?」
胸が大きくなってる・・・・・・気のせいじゃない。明らかに大きくなってる。昨日まで見えていた、胸の下の掛け布団が見えないわけだから、明らかに大きくなっているのだ。
朝起きたら巨乳になっていた。TSした当初以来の衝撃である。
「と、とりあえず病院行かなきゃ・・・・・・」
唐突なこの出来事にシオは混乱しながらも、とりあえず病院へいくことに決めたのだった。
◇
「結局何だかよくわかんなかったな・・・・・・」
シオは急に重くなった胸を抱えながらなんとか病院へと行った。シオはTSしても男の時とそこまで変わらない胸(貧乳)だったため、その点に関してはそこまで苦労することがなかったのである。
でも、今回突然胸が大きくなったことで、ちょっと病院へ行くだけでも今まで味わったことのない苦労を味わった。まずつま先が見えないわけで何度も転びかけたし、それに何より胸が重い。肩とか首が尋常じゃない凝り方をしそうだ。
あと、老若男女からめっちゃじろじろ見られた・・・・・・。というか、通りすがりのおじいちゃんなんて「うお、でっか・・・・・・」って口に出して言ってたし・・・・・・。なんなんだあのジジイは・・・・・・。
おじさんの胸(巨乳)だぞ。しっかりしろ。
で、そこまでの苦労をして病院へ行っても結局具体的なことはなにもわからなかった。なんでも、この現象は『突発性巨乳症』が原因だろうとのことだ。性転換して女の子になったことで、それに罹ってしまったんだろうと言っていた。いや突発性巨乳症ってなんだよ・・・・・・そんなちょっとエッチなギャグファンタジーにありそうな病気があってたまるか。
でもなってしまったものは仕方がない。現にこうして巨乳になってしまったわけだから、どうやってこの巨乳状態で暮らしていくか考えなければならない。性転換症と同じで、治し方もわからないって医者に言われたし・・・・・・。
「まあとりあえず、今日一日家の中にいた方がいいかな・・・・・・」
急に胸へ二つの重りをつけられて、それで生活しろと言われているようなものだ。慣れてないうちからあちこち出歩くのは危ない。シオは、とりあえず今日一日は家の中にいることにした。
と、その時である。
ピンポーン
インターホンが鳴った。
「なんだ? 頼んでた本が来たのかな・・・・・・?」
シオはよっこいせと立ち上がって玄関まで行き、
「はーい」
そう言ってドアを開けた。そこにいたのは・・・・・・
「おいーっす。遊びに来たよー」
ユキだった。ユキはいつも通りににこにこと笑いながらそう言って挨拶したが、ふと視線を下ろして、シオの豊満な胸を見るとスッと一瞬で真顔になった。
「・・・・・・なに? それ」
「こ、怖いよユキさん・・・・・・」
シオはユキに事情を説明した。
「『突発性巨乳症』・・・・・・? は? なにそれ。ずる・・・・・・おじさんのくせに可愛くて、その上胸も大きいとか、ずるずるのずるじゃん・・・・・・」
そう言ったユキの目からは完全にハイライトが消えていた。
「いや、そんなこと俺に言われても・・・・・・」
本当にそんなこと言われても困る。シオが女の子になった時、もしこれで胸まで大きかったらコロしてる、とまで言っていたし巨乳に並々ならぬ恨みを抱いているのだろう。
ハイライトの消えた目で、ユキはシオの大きくなった胸を眺めていたが、やがてスッと手を伸ばすと──
「えい」
「はっ?」
シオの胸を鷲掴みにした。
「ちょ、おま・・・・・・」
「いい感触だなあ、羨ましいなあ・・・・・・なんでおじさんの胸がこんなに柔らかいんだよ」
胸を揉みしだくユキ。
「ちょ、んっ・・・・・・おま、やめろお前!!」
「マジで羨ましい・・・・・・ねえ、この状態でちょっと幼児プレイとかしてみない?」
「しない」
まあそれはともかく。
ひとまず落ち着くと、ユキがなぜここに来たのかを聞いた。
「そういえば、ユキは何の用で来たんだ?」
「いや、今日は一緒に映画見に行く約束だったじゃん。忘れたの?」
「あ、そっか」
今日はユキと一緒に映画を見に行く約束をしていたのである。色々とバタバタしていたのですっかり忘れていた。
なんか、視聴者に話したら『へえ、デートかよ。てぇてぇだな』『マジで羨ましい・・・・・・』みたいなことを言われそうな状況だが、今は都合が悪い。
「でも、今はそんな感じだし・・・・・・また日を改めて行くことにする?」
ユキはそう提案したものの、
「いや、でも今日行かないとあの映画見れなくなっちゃうかもよ? ユキ、あれずっと前から見たかったって言ってたよね?」
「そうだけど・・・・・・」
「俺もあの映画見たいし・・・・・・やっぱり多少無理しても行こう」
「まあシオがそういうなら・・・・・・」
と、いうことで2人は結局当初の予定通りに映画を見に行くことになった。
「それなら、私が服をコーディネートするよ! 映画に行くまでに、ちょっと服屋へ行くぐらいの時間はあるでしょ!」
胸の大きくなった今のシオには着ていく服がない。だから、ちょっと服屋で着ていく服を用意してから行くことになった。
映画館はショッピングモールの中にあるので、そこに入っている服屋で服を見る。
「いや、ちょっとこれ胸元開きすぎじゃない・・・・・・?」
「こんなのはどう?」
「いやこれナース服じゃん・・・・・・」
「それにしてもやっぱりデカいな。なんでおじさんの胸がこんなに大きいんだよ・・・・・・もげちゃえ」
「怖いよ・・・・・・」
と、まあ良さそうな服を買って、2人で映画館へと向かった。
「やっぱりいつも以上に見られるね・・・・・・」
今のシオと一緒だといつもよりも人に見られるらしい。
「うーん、なんか見られてるね・・・・・・」
「しかし、いつもだったらシオは天から舞い降りた美少女って感じだけど、今はバカな男子が考えた最強の美少女って感じだよね。視線の粘り具合が違う」
「なにそれ・・・・・・?」
と、まあそんなことを話しながらショッピングモールの廊下を歩いてると、やがて2人は映画館へたどり着いた。
「まだ始まるまでには時間あるし・・・・・・ちょっと私お手洗いに行ってくる!」
「おー、行ってらっしゃーい」
ユキがお手洗いに行ったので、シオはとりあえず映画館のグッズコーナーを見ながら待っていることにした。
そのグッズコーナーに入ってすぐ。
「すいません、ちょっといいですか?」
声をかけられた。
「はい、なんでしょう?」
顔を上げると、そこに立っていたのは大人しそうな感じの女性だった。長い山吹色の髪が素敵で、佇まいからなんとなく清らかな雰囲気を醸し出している。
ひょっとして、すごいお嬢様か何かで初めての映画館に戸惑って、そこら辺にいた俺に意を決して話しかけたとかだろうか・・・・・・とか思っていると、その少女はシオへこんなことを言い出した。
「あの、私とそこのカフェでお茶しません?」
「は?」
この意外すぎる言葉にシオは目をぱちぱちさせたが、その少女がシオへ熱い視線を向けていることに気づくと直感的に気づいた。
(やばい、この子ナンパ目的だ・・・・・・!)
そう、この子はその見た目に反してかわいい女の子をナンパすることが趣味なド外道ナンパ野郎(?)だったである!! 一般通過お嬢様系ナンパ野郎!!
「ちょっとお茶するだけ! お茶するだけですから!」
「いや絶対お茶するだけじゃないでしょ!? さっきから胸しか見てないじゃないですか!!」
お嬢様系ナンパ野郎は胸と目を合わせて話してる。シオではなく胸と喋っていた。
「いや本当にちょっとお茶するだけなんで! 先っちょだけ! お茶先っちょだけ!」
「お茶先っちょだけってなんだよ・・・・・・」
「お姉さんすごく綺麗ですね・・・・・・顔も綺麗だし細身だし・・・・・・何より胸がデカい! すごい、欲望の宝石箱や!」
「なんだその褒め方・・・・・・」
「理想のほんわか系お姉さんって感じなんですよあなたは!」
その子はあくまでシオをモノにしようと食い下がってきていたが、やがてユキが帰ってきて追い返したのですごすごと引き下がっていった。
「いやー、大変だった。あんな清楚な(?)ナンパなんて初めて受けたよ・・・・・・」
「でも、確かに今のシオはほんわか系お姉さんって雰囲気だよね。あらあらとか言ってそうな感じ・・・・・・」
「胸が大きくなっただけでそんな印象変わる?」
「いや、変わるでしょ。視聴者に見せたら、頭撫でながら甘やかしてほしいってコメントで埋まるよ」
「そうかなあ・・・・・・」
「ほんわか巨乳お姉さん系おじさんだね」
「なんだその地獄みたいな存在は・・・・・・」
さてその後、2人は映画を見て夕飯を食べて解散した。
そして、翌日。
「あ、治ってる・・・・・・」
胸は元に戻っていた。何が原因で治ったのかわからないが、とにかく戻ったなら良かった。念のため医者に行ったが、大丈夫そうとのことなので安心だ。
そして、病院から帰る途中。
「お姉さん、ちょっとお茶しませんか?」
昨日の女の子にまたナンパされた。
「ええ・・・・・・?」
胸が大きくてもナンパされるし、小さくなってもナンパされる。シオの苦労は尽きない・・・・・・。
◇
「おー、ここが声優養成所かー」
シオは今、声優養成所の前に来ていた。
別に、声優になろうとして来たわけではない。今ちょうど声優モノのラノベを書いていて、それの参考のために見学に来たのだ。セイさんが色々な人に紹介してくれたので、スムーズに見学させてもらうことが出来た。ありがたいことだ。
で、シオはとりあえずその養成学校の来客用ロビーに来ていた。受付の人に話しかけたいけど、他の来客の人の相手をしていてまだ話しかけられるような雰囲気ではない。少し待つしかないみたいだ。
と、シオがロビーのソファに座って待っていると
「はあ、はあ・・・・・・」
息を切らした男の人が、ロビーの中へ駆け込んできた。その人はキョロキョロと辺りを見渡し、誰かを探しているような様子だったが、ふとシオの方に目をやるとこちらへ向かって駆け寄ってきた。
(な、なんだ・・・・・・?)
何かやらかしてしまったのだろうか。シオがちょっと不安に思ってると、
「あの、キョウカさんですか!?」
その男の人が聞いてきた。見ると、彼は首から『スタッフ』と書かれたカードをぶら下げていた。
(スタッフ・・・・・・? 先生とか学生とかでもなくスタッフ・・・・・・? まあ声優養成学校だし、そういうこともあるのかな・・・・・・?)
シオはちょっと不思議に思ったが、そういうこともあるかと思って流した。
「えっと、はい。俺はキョウカですけど・・・・・・」
シオが戸惑いながら答えると、
「ああ良かった! みんな探してたんですよ! ほら、早く行きますよ! もう時間がないんです!!」
「え? え?」
シオは腕を掴まれ、引っ張られてどこかへと連れていかれてしまった。
・・・・・・
「一体何がどうなってるんだ・・・・・・?」
シオは男に連れられて、よくわからないまま控え室のような所にに通された。その控え室のような場所で、シオはよくわからないままにちょこんと椅子に座っていたのである。
「なんか間違ってるんじゃないか・・・・・・?」
なんらかの人違いをされているような気がしてならない。でも、自分はキョウカなわけだし、『キョウカ』と言われてここへ来たなら・・・・・・
「いい・・・・・・のかな?」
なんか腑に落ちないような気もするが、まあいいだろう。とりあえず、シオはテーブルの上にあったお菓子を食べ始めた。
「あ、このチョコ美味しい・・・・・・」
シオがその場にあった美味しいチョコを遠慮せずにバクバク食っていると、控え室の扉が開いて人が入ってきた。
「お、よーやく来たのね! 待ちくたびれたわ!」
中に入ってきたのは鴇色の長い髪をツインテールに結んだ女の子。年齢は、高校生とか大学生とか、その辺りだろう。
「全く、遅いじゃないのキョウカ! もうちょっと自覚を──あれ? キョウカ、あなたってこんな感じだったっけ?」
「え?」
「いや、うんまあこんな感じよね。久しぶりに見たから別人かと思っちゃったわ」
(え? 俺この子とこかで会ったことあるっけ?)
確か初対面のはずだけど・・・・・・でも憶えてないだけかもしれない。とりあえず失礼のないように話を合わせておこう。
「あー、うんうん、男子三日会わざれば刮目してみよって言うもんね」
「あんた女じゃないの・・・・・・?」
と、そんな話をしているとスタッフが呼びに来た。
「鴇井アヤさん、間門キョウカさん、出番です!」
「はーい」
「・・・・・・ん?」
間門キョウカ? 間門キョウカって言ったか今?
(俺のペンネームは無門キョウカなんだけど・・・・・・ちょっと噛んだだけか? それとも俺の聞き間違い? ・・・・・・ていうか出番って何?)
戸惑うシオをよそに、そのツインテールの女の子、鴇井アヤとか呼ばれた女の子は立ち上がってシオにビシッと人差し指を向けると言った。
「見てなさい! この私が華麗に勝ってみせるからね!」
(え? 俺なんか勝負とかさせられんの?)
なんだかよくわからない。シオは戸惑いつつも、アヤと一緒にスタッフに連れられてどこかへと行く。
(なんだなんだ? 一体どこに連れていかれるんだ・・・・・・?)
しばらく廊下みたいなところを歩いて、やがて着いたようで、スタッフに促されるままにアヤとシオの2人はそこへ出ていく。
2人が出た場所は──
『さあ本日の主役の2人、鴇井アヤさんと間門キョウカさんがやってきました! みなさん、拍手でお迎えください!』
ステージの上だった。
「──え?」
司会者風の女性が大声で盛り上げて、わーっと拍手で迎えられる2人。観客はちょっと偉そうな感じのスーツの人たちが前の方に5人座っていて、後ろには一般人っぽい35人くらいの人たちが拍手をしていた。
「ええ・・・・・・? 何これ・・・・・・?」
いつの間にかステージに立たせられて、そして主役とか言われている。シオが困惑していると、司会者が
『では改めて説明をいたします!』
と元気よく言った。
(あっ、なんか説明するみたいだぞ。とりあえず聞いてみよう・・・・・・)
一旦聞くことにしたシオ。すると、司会者がとんでもないことを言い出した。
『では改めて、この声優養成学校昇級試験のルールを発表します!』
(・・・・・・昇級試験!?)
ひょっとして、何かとんでもないすれ違いが起こっているんじゃないだろうか・・・・・・。
司会者の話を聞いて、この試験とやらの概要が大体理解出来た。
それによると、どうやらこれはこの声優養成学校の昇級試験の最終テスト、ステージテストらしい。声優になると人前でライブとかやったり公開収録とかをやったりすることも多いわけだから、そんな状況でもちゃんとパフォーマンスを発揮できるかということをテストするためのものらしい。これを突破出来たらもう一つ上のクラスに進級出来るだという。
この試験は35人の一般審査員、一般オタクたちの審査員と5人の業界有識者たちの審査を受けて一定以上の点数を取れば合格になるらしい。35人の一般審査員が最大2点まで、5人の有識者審査員が最大6点までの点数を持っていて、最大百点満点中七十点以上取れれば合格だ。
で、なぜかシオはこの試験を受ける予定だった間門キョウカと間違えられてここへ連れてこられてしまったらしい・・・・・・。間門の方のキョウカが試験がもうすぐ始まるというのに、全然現れなくてスタッフが探しに行ったところ、偶然シオがいたのだ。ちなみに本物のキョウカさんの方は普通に寝坊している。
(や、やばいどうしよう・・・・・・俺、間違って連れてこられたみたいですって言わなきゃ・・・・・・)
シオは冷や汗を流しながらそう考えた。これはあれだ。修学旅行で間違って他校の集団の中に混ざり込んでしまった時に似ている。その時と同じ焦り具合だ。
で、シオは急いで誰かに言おうとしたのだが・・・・・・
「いやー楽しみだな! 2人ともなかなかに可愛いじゃないか!」
「ふん、見た目より大事なのは演技力だよ」
「・・・・・・」
すっごい観客から期待を込めた目で見られている。
「負けないわよ!」
アヤからもこんなふうに言われて
「うっ・・・・・・」
なんか今さら人違いですとは言えない雰囲気だった。なんというか、緊張感がすごい。
そして、その緊張感に気圧されてる間に・・・・・・
『それでは試験開始です! まずは最初の設問!』
試験が始まってしまった。
(ああー・・・・・・)
完全に機を逸してしまった。
(ええーい、もうなるようになれ!)
と、いうことでシオは声優試験を受けることになったのであった・・・・・・。
つづく




