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第5話



青森の冷たい空気が肌に刺さる。

街は静かで、家々の窓には暖かい光が灯っていた。


"高月家"は、進也の家からそう遠くはない場所にある。

でも、これまで来たことはなかった。

さやかの家族の話も、あまり聞いたことがない。


「家がちょっと面倒でさ……」


さやかは以前、そんなふうに言っていた。

それ以上、詳しく話すことはなかった。

進也も、それ以上は聞かなかった。


見覚えのない道。

けれど、"さやかの記憶"のせいなのか、なんとなく家の場所はわかる気がした。


そして──目的地に着く前に、ある影が見えた。


家の前に、男が立っている。


携帯を握りしめ、落ち着きなく周囲を見回している。

どこか、焦っているような様子。


──高月さやかの父親だった。


進也の足が、ピタリと止まる。


…どうしたんだろう


なんで、あんなに歩き回っている…?


考えるまでもなかった。


──自分(=さやか)が、病院からいなくなったからだ。


父親は、娘を探していた。



「さやか!!」


父親が進也(=さやか)を見つけた瞬間、駆け寄ってきた。


その顔には、明らかな安堵と怒りが入り混じっていた。


「どこ行ってたんだ!? お前、病院にいたんじゃ……!」


低い声が震えている。

今にも怒鳴りつけそうな勢いだったが、どこか必死だった。


"さやか“じゃなく、"俺”として目の前にいるのが辛かった。


進也は、喉の奥が詰まるのを感じた。


どう答えればいい?


「……その……ちょっと……外に出たくて……」


か細い声が、自然と漏れた。

自分のものではない、"さやかの声"で。


「ちょっとじゃないだろ!」


父親の手が、進也(=さやか)の肩を掴んだ。


「病院から抜け出して、何考えてるんだ……!? 事故に遭ったばかりなんだぞ……!」


近くで見ると、父親の目には明らかに"涙の跡"があった。


泣いていたのか。


それほどまでに、"さやか"を心配していたのか。


「……ごめん……」


それだけが、精一杯だった。


父親は、ため息をつきながら、強く肩を掴む手を緩めた。


「……帰るぞ」


優しい声ではなかった。

けれど、その言葉の奥には、"娘を心配する父親の温もり"があった。


進也は、黙って頷いた。



家に入ると、暖房の温かさが全身を包み込んだ。

病院の乾いた空気とは違う。


進也は、家の中を見渡した。

普通の家だった。

雑然としているが、住んでいる人間の気配がある。


この家に"さやか"は住んでいたのか?


その問いの答えは、すぐに見つかった。


廊下の奥。

ドアに、小さなプレートがかかっていた。


──"Sayaka's Room"


さやかの部屋。


父親が、進也(=さやか)の背中を押した。


「……今日は、もうゆっくり休め。病院の先生には言ってあるから」


進也は、一瞬躊躇したが、ゆっくりと頷いた。


「……うん」


父親は何も言わずに、階段を降りて行った。


進也は、ドアをそっと開けた。


そこには、"さやかの世界"が広がっていた。


ベッド。

机。

壁に貼られたバンドのポスター。

本棚には楽譜とノート。


──確かに、ここに"高月さやか"はいた。


なのに。


この部屋の持ち主は、どこにもいない。


「……いない…か……」


進也は、小さな声で呟いた。


無意識のうちに出てきた言葉だった。


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