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第4話


──さやかは、どこにもいない。


目が覚めて数日が経った後も、進也は病院のベッドに座り込んでいた。

自分の手を見つめる。

さやかの手。


「……俺は……お前じゃない……」


呟いても、返事はない。

さやかの気配は、どこにもない。


──何が、どうして、こんなことになった?


考えられるのは、ただ一つ。


──あの事故だ。


バスが横転したあの瞬間、何かが起きた。

そして、目を覚ましたとき、俺は"さやか"になっていた。

だが、それだけじゃない。


"さやかは、この世界から消えていた"。


進也は、歯を食いしばった。


「……調べるしかねえ……」


このままでは、何もわからない。

この"異常な状況"の原因を突き止めるには、事故の詳細を知るしかない。



進也は、ベッド脇の小さな棚に置かれたスマートフォンに手を伸ばした。

ロック解除しようとした瞬間──違和感が襲う。


──これ、さやかのスマホじゃないか。


指紋認証は反応しない。

画面には、数字のロックがかかっていた。


「……そうだよな……」


進也のスマホは、どこにある?

事故でどこかへ飛ばされてしまったのか?

それとも、進也の体が持っているのか?


今は考えても仕方がない。

スマホが使えないなら、他の方法を探すしかない。


──病院のロビーに行けば、新聞やテレビがあるかもしれない。


進也はベッドから立ち上がった。


"高月さやか"として生きていくしかないなら、それを利用してでも、真実を突き止めるしかない。



病院のロビーには、大型テレビが設置されていた。

運よく、ニュース番組が流れている。


「先日、東北自動車道で発生した高速バス横転事故について、新たな情報が入りました」


進也は、息をのんだ。

ニュースキャスターの声が、静かなロビーに響く。


「事故発生時、バスには乗客25名と運転手1名が乗っていました。警察の発表によると、死者7名、重軽傷者15名、意識不明の重体3名が確認されているとのことです」


画面に映し出される、事故車両の映像。

バスの屋根が潰れ、ガラスが砕け散っている。

その瓦礫の中に、進也とさやかがいたのか……。


──そして、負傷者の名前が表示された。


「現在も意識不明の重体であるのは、以下の3名です」


「杉浦進也(17)」「田村直人(45)」「石川美咲(23)」」


進也は、画面を見つめた。


「……おい……」


──"高月さやか"の名前がない。


ニュースのどこにも、彼女の名前は出てこない。

死亡者リストにも、負傷者リストにも。


まるで、最初から……


"さやか"なんて、存在しなかったみたいに。


「……そんなわけ……ねえだろ……」


手が震える。

呼吸が浅くなる。


──警察の発表は、"事実"として処理されたものだ。

なら、彼らは「さやかという人間がいなかった」と判断しているのか?


でも、それなら……


"俺は誰なんだよ?"


進也は、震える足でロビーの椅子に座り込んだ。


「……存在しない……?」


高月さやかは、事故の記録にも、ニュースの報道にも存在しない。

なら、俺は……?


進也は、自分の手を握りしめた。


「こんなの……ありえねえ……」


事故の報道を信じるなら、"高月さやか"という人間は、最初からそのバスに乗っていなかったことになる。


でも、それは嘘だ。

俺は、確かに彼女と一緒にバスに乗った。

ふざけた会話をして、笑って、夢の国へ行くはずだった。


──なのに、彼女はどこにもいない。


生きているのか?

死んでいるのか?

そもそも、本当に存在していたのか?


「……俺は……どうすればいいんだよ……」


進也は、頭を抱えた。

現実が歪んでいく。

何が真実なのか、何が嘘なのか──。


でも、"さやかの痕跡"がどこにもないのは、確かなことだった。


彼女は、生きているのか?

それとも……


「……まだ、終わりじゃねえ」


進也は立ち上がった。

まだ、確かめるべきことがある。


──事故の関係者に話を聞く。

──事故当時の映像や記録を探る。

──何か、さやかの痕跡が残っていないかを確かめる。


そうしなければ。


そうしなければ、"俺だけが生き残った"ことを認めることになる。


「お前は、どこにいるんだよ……」


進也は、病院のロビーをあとにした。


どんな形でもいい。

彼女の痕跡を、この世界に見つけるために──。

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