第92話 足とフラグをへし折る男
とにかく悔やんでいても何も始まらない、めちゃくちゃに振り廻しているだけなのだがその攻撃は鋭く、避けているだけならばどうにか出来るのだが、反撃をしようと思うとそれがなかなか上手くいかない。
冷静さを失っても基本が出来ている為に次の動作への無駄が少ないのだ、これはただ剣を振り降ろしているだけだと身に付かないもので、常日頃からこういう無茶苦茶に振り廻す訓練を積んでいるようだ、それは僕がレイから教わったどの体勢からでも全力で打ち込むことが出来る様にする事と非常に似ていて、とても良い師匠に剣を教わった事が伝わってくる。
ただそれは慰安の僕にとってはとても不都合な事で、せめてブルーノくらいの剣筋ならばなんとか出来ただろうけれど、避けるのが精一杯ではその内にヘレナも冷静さを取り戻してしまう。
アントニオが相手だったのなら剣を投げつけて、その隙に股間を掴んで放り投げる事も出来ただろうけれど、ヘレナ相手にそれをやったら僕のこの学校でも生活は終わりを告げてしまうだろう。
当然それ以外の所を掴んだとしても、審判が先生である以上は許して貰う事は出来無さそうだ。
じゃあどうするか、すべてを出して全力で戦うと言うのに禁じ手が有って良いのか、それすらも許容されるのが真剣勝負なんじゃないのか、ならばやはりここは奥の手を使うしか無い。
あまり好ましい事では無いが、それ故に非常に有効な技がある。
ここが校庭で、地面が土だから使える技だ。
冷静さを欠いている今ならば上手く行くだろう、失敗した負けは確実だがそれ以外に何も思いつかない。
まずは下準備のために体を入れ替えてヘレナから距離を取った、攻め続けていたヘレナも一気に間合いを詰めて来る事無く一呼吸吐いている。
ここまでは上手く行っている、出来うるのなら最後まで上手く行って欲しい。
ここで僕は開幕の時と同じようにヘレナに剣先を向けた、冷静に対処していたかに見えたヘレナだったが、どうやら酷く癪に障ったのだろう事が推測されたからだ。
案の定呼吸を整えるために攻めるのを休んでいたヘレナだったが、どんどんと鼻息は荒くなり肩で息をし始めた、効果は抜群だ、だけどちょっと効きすぎたかもしれない。
「それを止めろぉおおおおおぉぉ」
今までよりも大きく振りかぶったその一撃を僕は待っていた、当然それを剣で受ける事は出来ない、盾で捌く事も出来ない、ならばどうするか。
向かってくるヘレナに合わせて僕も間合いを詰める、その程度では荒れ狂うヘレナを止める事は出来ない、その勢いを止めるには軸足、その最後の一歩のその先に剣を突き立てその場にしゃがみ込んだ。
踏み込む僕の恐らくは頭部へ向かって振り下ろすはずだったヘレナの剣は空を切り、踏み込んだ左足を掬われる形になったヘレナは一回移転するほどの勢いで転がった。
勢いよく衝突した僕も倒れ込むほどだったが、何とか立ち上がり止めを刺そうとするとそれをヘレナが右手で制止してきた。
「止めは刺さずとも良い、私の負けだ」
「勝負あり」
先生の合図で試合が終わりを告げた、僕は止めを刺そうとした剣を腰に付けると、すぐにその左手を差し出した、
「とても強かったよ、最後のはちょっと卑怯だったかな」
「卑怯な物か、全力を出してくれた結果だろう、むしろ勝ちに対する貪欲さは好感が持てるくらいだ」
貶されるどころか褒められてしまった僕は恐縮してしまった、それほどに潔く負けを認めたヘレナの笑顔が素敵だったから。
僕の左手を取ったヘレナを立ち上がらせようと力を込めると、立ち上がる途中でヘレナは僕に覆いかぶさるように倒れて来た、
「折れてはいないと思うが、どうやら立つこともままならないとは」
僕の剣を引っかけてっしまった左足を負傷してしまったようだ、
「君、立てないのか、医務室で治療を受けきなさい、誰か手の空いてるものは居ないか、医務室まで手を貸してくれ」
立ち上がれないヘレナを心配して先生が駆け寄って来た、ヘレナは平静を装って何とか立ち上がろうとするがその願いは敵わないようだ、
「先生、僕が連れて行きます」
「次の試合は良いのか、相手を待たせることになるぞ」
「だいじょうぶです、僕が怪我をさせちゃったんだし、それに、僕もきちんと治療を受けたくて」
簡単に固定されている僕の右手を見せると先生も納得してくれた、今度は逆にヘレナが恐縮し始めたが気にしないで欲しいと声を掛けた、
「それではお言葉に甘えるとしよう」
「そうそう、気にしないでよ」
しゃがみ込んでいるヘレナを立たせようと肩を貸すがどうやら無理そうだ、それならばと首と膝の裏に手を回し持ち上げた、
「あ、あの、お、重くないか」
ヘレナは顔を真っ赤にして絞り出すように声を出した、
「全然重くなんか無いよ、満月熊に押しつぶされた時の方がもっともっとすごかったんだから」
僕がそう言うとそれ以降ヘレナは口を固く閉ざし、僕は医務室へ急いだ。




