第52話 あのこの言い訳
シリルが近付いて来るのを感じたアントニオは、シリルが垂れ幕を叩く前に外に出た。
「わ、起きていたのか。もしかして寝れて無いのか」
シリルが驚くのも無理は無い、いままでアントニオは散々寝坊をしてきたからだ、
「いやあ、明日にはベッドで寝れるからさ、それを思うと寝心地が悪くてね」
アントニオは言い訳をした、本当は憧れのジェイミーと二人きりに成れるために緊張していて、心拍数は上がり、体中から汗が噴き出して、寝るなんてとてもできる状態では無かっただけなのだ、
「そうかい、僕はてっきり・・・。まあ頑張れよ」
そう言う事情を知っている為か、シリルはすぐにアントニオの状態を察知して励ましの声を掛けてくれた、
「ははは、それじゃあおやすみ」
「おやすみ、最後の夜を楽しんで」
真夜中のため、小声で挨拶を躱して二人は別れた、シリルは寝床と言うにはあまりに簡素な木陰へ、アントニオは憧れの人が待つ焚火の傍に進んだ
「や、やあ」
アントニオは何と声を掛けて良いのかわからず、咄嗟に口から出た言葉は素っ気なかったけれど、声を掛けられたジェイミーは座っていた丸太から立ち上がって、
「アントニオ君、よろしくお願いしますね」
いつもの笑顔のジェイミーは少し身体を傾けてアントニオに返答をすると、
「あ、よ、よろしく、ジェイミーさん」
アントニオは返事を返すだけで精一杯で、それ以上気の利いた事も言えずに座り込んでしまった。
このまま静かな時間が過ぎていってはせっかくの二人きりの時間が勿体ないのだが、アントニオは自分から話しかける事が出来ず、それを察したのかジェイミーが口火を切った。
「アントニオ君は、シリル君とアルデンサルの剣戟大会で会っているのですよね」
「は、はい、そうです、アルデンサルで初めて会いました」
アントニオはなぜジェイミーがその事を知っているのかには頭が回らず、ただ質問に答えるだけで精一杯になっていた、
「そうでしたか」
ジェイミーは暫く黙ってアントニオの動向を見守っていたが、それ以上何も答えれそうにない様子を感じ取り、
「その時のシリル君は強かったですか」
「え、いや、どうでしょうか、手合わせしていないのでなんとも言えません」
「そうなんですか、私はてっきり・・・。随分と御活躍だったんですか」
「いえ、僕もシリルも一回戦負けです」
「まあそうだったんですね、知らない事とは言え失礼を言いました」
「いえいえ、お気になさらず」
「その時が初対面にも関わらず仲がよろしいので、随分と気が合ったのでしょうね」
「え、そんな事は無いですよ、初対面の時もシリルよりも一緒に居たレイナルド・エースに気が行っていたくらいですし」
「あらそうなんですか、レイナルド・エースはシリル君の師匠と言う話でしたからね」
「そうですね、それで隣に居るシリルが対戦相手だと知って、そうしたらそこにはオフィーリア・グッドゲームまで居たんですよ」
「あらあ、それは驚きますね」
「そうですよ、そこには世界1位と2位が居たんですから、シリルなんて目に入りませんよ」
「まあひどい事を言って」
「ジェイミーさんはオフィーリア姫を見た事ありますか」
「え、ええ、似顔絵くらいでしたら」
「そうですか、それはそれは美しい人でした、本物を見たら驚きますよ」
「それは、お会い出来るのがとても楽しみですね」
いつもの笑顔のジェイミーが更に笑顔に変わるのを感じたアントニオは嬉しくなり、
「レイナルド・エースもとても気さくで、俺の話しをずっとにこにこして聞いてくれました、あの二人は本当に凄い人たちです」
「アントニオ君は、その二人ならどちらが強いと思いますか」
ジェイミーの質問に一気に我に返ったアントニオは少し悩んだ後で、
「それは難しいですね、結果だけ見るとオフィーリア姫の勝ちなのですが、レイナルドも負けているのはオフィーリア姫だけなので、今、僕が答えるのならオフィーリア姫の方が強い、なのですが、レイナルドならばいつかは勝つんじゃないかと思っています」
優しく対応してくれた気さくなレイナルドと、一瞬の威嚇で気絶させられたオフィーリアを比べて、やっぱりアントニオの気持ち的にはレイナルドを応援してしまう、その言葉を受けてジェイミーの雰囲気が変わった事にアントニオは気が付かなかった、
「そうですか、そう思われるのは自由ですから。でも可笑しいですね、シリル君とアントニオ君は一回戦の相手同士だったと言われましたが、手合わせをしていないと答えましたよね。いったいどうしてですか」
ジェイミーの鋭い質問と視線に下腹部に違和感を覚えたアントニオは、ジェイミーに断りを入れて草むらの中へ急いだ。幸い川が近くを流れているので、足が滑って川へ落ちてしまったと、言い訳が出来た事はアントニオにとっての救いだった。




