第2話 ある日森の中
幸いにして、漂着物の中には食べ物の樽が有ったために食事には困らなかった。
しかし近くに港も無い入り江では船が通りかかる事も期待が出来ず、早急に移動の必要が有った。
次の日からは移動のための準備に時間をかけ、乾燥できるものは乾燥させてより小さく軽くして、ただ重いだけで腹の足しにもならない、金貨や宝石などは墓標に供えて置いた。
ただし、大嵐の海に放り出されても手放さなかった、鞄の中の父の剣と、レイの不思議なガラスと、姫様からの贈り物の空のビンは、生きるには必要なものでは無いけれど、生きて行くには必要な物だと判断したために持って行くことに決めた。
大嵐に見舞われた割に天気には数日間は恵まれて、どうにかこうにか旅立つ準備を終える事が出来た。
星の位置と地図とのにらめっこで現在地を割り出し、近くの街まで歩くよりは直接ディーゼルハットの狩竜人学校へ向かった方が近いと判断した。上下の起伏が激しい事を除けば、海岸線を進んで行くことで港町には辿り着けるだろうけれど、その時は何を考えていたのか正常な判断力が鈍っていたのか、未開拓の森の中を進むと決めてしまった。
1日目、どうにか開けた場所を見つけて星を眺め、現在地を確認した。
2日目、川で水の補充が出来た、この調子なら何とかなりそうだ。
3日目、星の位置を確認すると随分と方向がずれて進んでいる事に気付いた、森の中を真っ直ぐに歩く事の難しさを知った。
4日目、食べれる果物を見つけた、気になるのは僕が手を伸ばしても届かないところの実も食べられている事だ。出来れば出会いたくなかったが、それは叶わなかった。
たわわに実っている果実を両手に抱えれるだけ収穫して、すぐにその場を離れようとしたが、漂ってくる獣臭がそれを許さなかった。
即座に果物をその場に捨てて剣を抜く、ゆっくりと姿を現したのは立派な体躯をした満月熊だった。
闇に溶け込む黒い毛に覆われ、立ち上がると胸に大きな白い満月の様な白斑。
大きな咆哮と共に両手を上げると胸の満月がざわざわと波打ち、鋭い爪と牙をこれでもかと見せつけて威嚇をしてくる。ここは彼の餌場だったのだろう、僕はそこに迷い込んでしまったただの肉だ。
久しぶりの肉だ、やっぱり新鮮な肉が食べたい。そう思ったのは満月熊だけでは無かった。
人間を見た事は有ったかもしれない、逃げ惑う人間をその爪と牙で簡単に料理して腹を満たしたかもしれない。
知らない事は罪ではない、目の前のちっぽけな人間がどれほどの力を持っているか、そんな事は知っている筈が無いのだから。
大きく振りかぶった右前足は虚しく宙を掻き、返す左前脚は木に阻まれ、振動と轟音と共に木の皮を剥がしたが僕には当たらなかった。
僕は父の研いだ剣を信じ、大きく口を開けて牙を見せて来るその口へ剣を突き立てた。
微かな抵抗と共に剣は飲み込まれ、慌てて引き抜くと共に満月熊はその巨体を地に伏せた。




