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第142話 肉に苦肉

船内に入り厨房への道中は、あれだけ船を揺すったにも関わらず特に散らかっている様子は無かった。

嵐の中を飛んだ時や、竜を狩る時の振動は恐らくあんな物では無いため、しっかりと固定されていたり、ロックが掛かる様になっていたりと、狩竜人船の構造は普通の船とはちょっと違う工夫がされている。

もちろん船も嵐の中を航海する事は有るけれど、狩竜人船の様にひっくり返ったまま航海する事は絶対に無いだろう。

改めて凄い物だと厨房に辿り着くと、唯一固定されていなかった王子君たちが、床に倒れたまま僕に恨み言をぶつけて来た、

「もっと船がどうなるかを詳しく教えてくれよ、少し揺れる程度かと思ってたよ」

それは姫に対する諫言と捉えてよろしいか、

「雷鳥の電撃よりも強烈だったな」

椅子に座っていた僕でさえ色々なところに身体をぶつけたからね、そんな中でも腕を組んでた姫様はいったいどうやって立っていたのか不明なんだけど、

「レイラさんが教えてくれたのでしっかりと物に掴まってて助かったんだけど、あのレバーを触るとこんな事になるのね、興味本位でいじらなくて正解だったわ」

真面目そうなヘレナにもそんな茶目っ気があったんだね、でもあのレバーはいたずらで触っちゃいけないよ、

「串に刺せた分は持って行って下さい、残りは刺せてから私が持って行きます」

特に問題が無かったかのように、淡々とバーベキューの準備をしているレイラが、僕に肉の乗った皿を差し出しながらそう言った、ジェイミーは相変わらずレイラの後ろで腕を組んで立っていた。


全面に肉を乗せしたたり落ちる脂が炎になって肉を焦がす、そこから立ち込める煙は空腹を加速させ、ただ塩のみで味付けされた肉本来の味を想像すると、お腹の虫も大合唱をし始める。

「お待たせ致しました、残りの肉をお持ちしました」

恭しく肉を運んできたレイラが、姫様に大量の肉を渡した。

今更僕が言うのもなんだけど、一国のお姫様に肉を焼かせていて良い物なのだろうか、しかもその肉は姫様自らが竿を振り回して入手した物だ。

剣戟大会世界一位にお肉を焼かせるのは憚られるけれど、これが二位の人ならば早く焼けないかなに変わるのは、僕との関係性のなせる業なのだろうか。

「焼けた肉から順番に食べると良い、これだけじゃ無くてまだあるだろう」

山の様に積まれた肉を前にして姫様はレイラにそう言った、すこし顔が引きつったレイラははいと答えて頷くと踵を返して厨房へ歩いて行った。

「いただきます」

そう言って最初に肉を手に取ったのはジェイミーだった、手に取った串から熱々の肉を一口頬張り、目を見開いてその味を表現すると、満面の笑みでそれを見ていた姫様は焼けた肉をどんどんと皿に乗せて、

「ほら、次々と焼けるから」

山と積まれた肉を僕たちは一心不乱に食べ続けた、月の明かりに照らされて食べる肉は格別な味だった。

その肉の中に何本かのつくね串を見つけた、一体なんだろうと考えていると、それに気付いたのか姫様が、

「それは川豚のつくね団子だ、ほら、何度も甲板に叩きつけられていただろう、骨が砕けてるからそのままつくねにするんだ。これは、ヤマイルカを釣った時にだけ食べる、特別料理なんだ」

そう言うと姫様は焼けた川豚のつくねを僕に渡してくれた、僕はそれをゆっくりと口に含んだ、滴る脂が口内を焼くのを我慢しながら何度も咀嚼をした、カリカリとした歯ごたえは砕けた骨なのだろうか、硬いという事は無く心地良い歯触りで、噛むほどに溢れる旨味の濃い肉汁と、加えられた玉ねぎが後味をすっきりとさせ、僕は夢中でそれを食べ終えてしまった。

「美味しいです」

僕は心の底からそう思った、川豚の料理の中で何が一番美味いかと問われたら間違いなくこのつくね串だと答えるだろう、

「そんなのはお前の顔を見ていればわかるよ、ほらこの辺も焼けたぞ」

そう言って姫様は僕の空いた皿に肉を乗せて来た、すでにお腹の限界を迎えていた僕だったけれど、姫様の笑顔を見ているとそれに答えないといけない使命に駆られてしまう。

「いただきます」

僕は身体が受け付けなくなる前に食べ終えようと次々と肉を流し込んだ、そんな僕の喰いっぷりを見た姫様は痛く感激をしたのか次々と肉を追加してくれた。

姫様の為に命を投げうって盾になる時の気持ちってこんな感じなのだろうか、姫様の笑顔を守りたい、ただそれだけのために僕は次々と肉を平らげて行った。

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