第140話 無理無理
大空の黒い点は次第にその大きさを増し、それが羽根を持った生物だと確認できる大きさになった時に、ようやくそれが狩猟目的のヤマイルカだと確認が出来た。
僕は実際にはヤマイルカの姿を見た事が無かった為、ジャッキー先輩が指を指しながら叫んだからそれがヤマイルカだとわかった。
「これからどうするんだろう」
僕たちは空を飛ぶヤマイルカに対する武器を持っていない、船内のレイラに弓を持ってこいとも言っていなかったし、オフィーリア姫もそんなような物は持っていない。
「急いで弓で撃たないと、レイラに伝えて来る」
ジャッキー先輩が興奮気味にそう叫んだ、その声が聞こえたのかオフィーリア姫が、
「危ないから動くな、すぐに捕まる」
怒気を含んだ様な姫様の大声にアントニオの動きが固まった、動くなと言われてしまった為、僕たちは頭上で振り廻される川豚の下で身を縮めていると、
「ようし食いついた」
喜びを含んだ姫様の声と同時に甲板に巨大な肉塊が叩きつけられた、
「すぐに止めを刺せ」
姫様の言葉に僕たちは肉塊の下へ走り込んだが、股の間から見える頭蓋は砕かれて中身は飛び出し、羽根だったと思われる部位は原型を留めておらず、すでに事切れている事は誰の目にも明らかだった。
「どうやら止めの必要は無いようです」
僕が姫様にヤマイルカだった物の現状を報告した、姫様は小さく息を吐くと腰に手をやり、
「そうか、最初の一匹は晩飯に調理しよう。それじゃあ次は誰がやるんだ、まだまだいっぱい居るぞ」
姫様は上空を指差して僕たちにそう言った、あれだけの時間、あんなに重い物を振り回しても姫様の息は全く上がっていない。
はたして僕たちに同じことが出来るのだろうか、川豚を抱えて運ぶくらいは出来るけれど、あれだけ長い釣り竿にぶら下げて頭の上で振り廻すにはどれくらいの膂力が必要になるのか全く想像が付かない。
僕たちは顔を見合わせて、満場一致でジャッキー先輩が一番にやる事に決まった。
「では失礼します」
ジャッキー先輩は姫様から釣竿を受け取り上に掲げようと力を込めたが、無情にも竿先は甲板に戻って行った。
「・・・、私には無理なようです」
「そうか、次は誰だ」
とぼとぼと僕たちの下へ帰って来るジャッキー先輩の姿を見て、まずアントニオがしり込みをしてしまった、そして僕と王子君は目配せをして確認を取り、次は僕が挑戦する事になった。
「頑張ります」
僕は姫様から竿を受け取り上に掲げた、それぐらいなら何とかなったが、その先にはワイヤーと川豚が吊り下げられている。
何とか竿を回す事は出来ても、とてもじゃないけれど川豚を振り回す事は叶わず、頭を垂れて姫様に竿を返す事しか出来なかった。
「仕様が無いな、釣り餌として後何匹か必要だから私がやるか」
姫様は独り言のように呟き、再び竿を振り回し始めた。
僕たちはそれを小さくなって見つめ、時々叩きつけられるヤマイルカを船内に運び込んだ。
ヤマイルカを餌に釣り、確かに姫様はそう呟いた事を、僕はヤマイルカを運ぶ度に思い出していた。