第138話 調理開始します
川豚を持って船に凱旋して来れたのは鼻が高いのだが、いかんせん女性たちはみんな僕と視線を合わせてくれなかった。
勢いで裸になってしまった僕が悪いのだけれど、どれくらいはっきりくっきり見られたのかを、女性たちひとりひとりに確認する訳にも行かず、妙に優しく接してくれる男たちのその優しさが更に僕の心を抉った。
「シリルが狩った川豚はすぐに調理に掛かって貰って、俺の川豚でヤマイルカを誘き寄せようか」
何とも言えない空気に支配されている一年生組に業を煮やしたジャッキー先輩が、手を叩きながら音頭を取った、アントニオと王子君はヤマイルカの狩りに興味が有る様で、すぐに甲板の先に川豚を運んで誘き寄せるための作業に取り掛かり始めた。
下処理済みの川豚はレイラが抱えて船の中へ入って行った、ジェイミーもそれに続いて船の中へ入って行ったが、少し俯き気味のヘレナが取り残されてしまった。
「あ、あの、ヘレナはどっちが良い」
剣士としてはかなりの腕前のヘレナの事だから、ヤマイルカの狩りに興味が有っても不思議では無いし、怪我の事も有るから調理に回るのも仕方が無いだろう、僕と目を合わせてくれなくなったヘレナに尋ねると、
「どっちが良いとか、まだこれからだから、気にしないで」
「いや、そういう訳にはいかないよ、どっちが良いかはヘレナが決めないと」
「私は、どっちでも良いと思う」
「そうなんだ、それじゃあ調理の方を手伝おうか、ヤマイルカの方はいつになるか分からないし、ヘレナさんの脚が心配だしね」
「あ、毛じゃな・・・うん、そうする」
ヘレナは顔を真っ赤にして頷いた、ナニと勘違いしていたのかは追及はしないでおこう。
恥ずかしがっているヘレナの手を取り船内に戻ったが、先に入ったはずのレイラとジェイミーの姿はすでに無かったために肝心の調理室がわからない、船内を歩き回れば辿り着く事は出来るだろうけれど、脚を怪我しているヘレナを連れて歩き回るのは得策では無いと判断して、艦橋に居るオフィーリア姫に調理室の場所を聞いた。
教えて貰った場所の近くに来ると、川豚の焼ける良い匂いが漂ってきた。
「えーっと、何か手伝える事有るかな」
川豚と格闘しているレイラと、その後ろで腕を組んでレイラを見ていたジェイミーが僕の言葉に反応して振り返った、
「あーシリル君、これぐらいなら私が一人で何とかできますよ。いつもより、ほんのちょっと大変なだけですから」
レイラは丸焼きの川豚を回しながら僕に返答してくれた、まだ調理に掛かっていない川豚も有るが、下味も付けて有る様だし、下手に手を出さない方が良い様だ、それはジェイミーを見ればわかる。
「いつもがどれくらいかはわからないけど、任せても良いのなら僕は外に行くけど、ヘレナはここに居ても良いかな。足の怪我が有るから何かあってもいけないし」
レイラは僕の方を見て、それから少し足を庇って立っているヘレナを一瞥すると、
「良いですよ、その辺に座ってて下さい、何か手伝う事が有ったらお願いするので」
レイラの状況と、ジェイミーの姿を見たところそんな事は無さそうだけれど、ヘレナに気を使った返事をしてくれた。
「それじゃあそう言う事だから、僕は行くね。ヤマイルカが取れたら持ってくるから、その時は調理を手伝うよ」
ヘレナを座らせてレイラに声を掛けたけれど、レイラはこっちを振り向く元なく調理を続けていた。
ジェイミーは変わらず、その姿を後ろから眺めていた。