第12話 天使(仮)の接吻
絡んできた輩をとっちめた事で、クラスの中での僕の評価はかなり上昇したようだ。
アントニオと王子君以外には、挨拶を交わしただけのジェイミーとレイラぐらいしか知り合いと呼べる者は居らず、暫くは寂しい学園生活になるかと思われたが、親切な3人のお陰で、僕の失言も無かった事の様になった。
そのためなのか休み時間には、とっかえひっかえに僕の放浪生活について質問をされ、それに答えるたびに驚かれ、同情された。レイに色々と教えて貰う前なら、あの浜辺で途方に暮れて、そのまま野垂れ死んでいただろうし、その前に船が沈没した時点で助かっていたかどうかも怪しい。
当然、僕の話しの端々にはレイとの師弟関係の事が出てくる、この学校に入学しているぐらいなので、レイナルド・エースの名は知れ渡っており、その度にみんなに羨ましがられた、それがとても気持ち良くなりまた調子に乗って失言をしてしまったようだ。
「それであの時に、シリルと一緒に居たのか」
「アントニオ、あの時って、その事を自分から言うのかい」
「あ、いや、違うくて、そうそう、あの時は世界1位と2位が一緒に居たんだったな」
アントニオは焦りを隠しながら、何とかあの事を言わないで済むようにその場を取り繕った、あれだけ僕に念を押していたのに、
「あの時は僕の師範として一緒に行動してたんだ。レイは訳あって剣術大会には出ていないからさ」
「そうなんだよな、なんで何年も大会に出ないんだろうか、実力的には拮抗しているから出れば良いのに」
王子君も剣術大会には詳しい様だ、だがレイが剣術大会に出ない理由は当然知らない事だろう、
「本当にそうだぜ、少ししか話しが出来なかったけど、いい経験になったよ。シリルが何日も一緒に居たなんて羨ましすぎるよ」
「まあいろいろと事情は有るから仕方ない事だけど、僕としては一度で良いから世界一になって欲しいけどね」
「それは、オフィーリア・グッドゲームが負けるという事ですか」
僕たちの話しを聞いていたのか、ジェイミーがレイラを後ろに従えて会話に参加してきた。
彼女の声は鈴の音の様に柔らかくも芯の有る、人を引き付ける響きを持っている、にこやかな笑顔からは光が溢れていた、
「いやそうじゃ無くて、まあ結果的にはそうなんだけど、なんて言ったら良いんだろうね、僕もオフィーリア姫には負けて欲しくないんだよ、だけどレイにも世界一になって欲しいし」
「そうですか、あなたの言いたい事はわかりました。だれしも応援する方に勝って欲しいのは当然ですからね」
「そうなんだよ、どっちも負けて欲しくは無いんだよね。レイは当然としても、オフィーリア姫にもお世話になったし、いつか恩返しをしたいんだよな」
「あーそうか、あの後の・・・、対戦したのか」
どうしても大会の話しだと、アントニオのあの事がよぎってしまう、仕方が無いか、あの時がアントニオとの初対面なんだし、
「全く手が出なかったけどね、近くで見ると凄いんだ。もう目が眩むほどの美人で、良い匂いがして」
「ほほう、シリル君は随分とお気に入りのようだな、まさか狙っているのか」
「いやあそんな事は無いよ、無いと言うか有り得ないよ」
「そうですね、それは絶対に無いでしょう」
鈴の音のようだったジェイミーの声は低く冷たくなった、思わず僕とアントニオと王子は顔を見合わせてしまったほどだった。
ジェイミーはにこやかな笑顔のまま、僕の首に両手を回して耳元に顔を近付けると、
「シリル君、あなたに少し罰を与えましょう」
ジェイミーはそう囁くと僕の頬にキスをした、その瞬間クラスのみんなの視線が僕たちに集まった。
嫉妬、憤怒、軽蔑、様々な感情が入り乱れた視線が注がれ、僕が呆気に取られていると、
「楽しい学園生活になりそうね」
そう言ってジェイミーは僕に投げキッスをすると、慌てふためいているレイラの腕を掴んで、自分たちの席へ帰って行った。
僕が正気を取り戻すと、嫉妬の炎に焼かれたアントニオが僕を睨みつけていた。