第117話 忘れたい記憶、忘れられない記憶、思い出の味
特に開始の合図も無く二人の勝負は始まった。
僕たちのテーブルの周りには見物をする生徒達が集まり、席に着いている生徒達は自分も参加者のつもりなのか猛然とカレーを口に運んでいる。
男たちの大食いには興味は無いが、見目麗しい女性たちが火花の替わりに花が咲き乱れる花園かと見間違えるほど流麗に、そして音もたてずに食事をしている様は、見物している生徒達を黙らせるほど目を引くものが有った。
なぜかジェイミーも勝負に参加しているかのように皿を積み上げ始め、僕の視界には美しい女性が4人も居るのに、積みあがって行く皿を見ると素直に喜ぶことが出来ない状況になって来ている。
そして白熱した勝負はあっけなく終わりを告げた。
食堂のコメが全部食べつくされてしまったのだ、しかしその報告を参加者の振りをしていた大半の生徒は喜んだが、当事者の二人とジェイミーは不満そうだった。
「食事の順番が最後だったのが災いしたか、引き分けになってしまったがそれもまた良しか。楽しい食事だった、ありがとう感謝する」
限界を迎えようとしているヘレナとジェイミーとは対照的に、まだまだこれからという様なオフィーリア姫が引き分けを宣言し、ヘレナとジェイミーはお互い顔を見合わせて頷いた後で大きく息を吐いた。
「そうだな、ひとつ面白くも無い話しをしてやろう、今日の食事のお礼とでも思っていてくれ」
自分から面白くも無いと言うオフィーリア姫は相当変わっていると思うが、これだけ饒舌にしゃべる人だったんだなと新たな一面を見れて嬉しくなった、そして積み上げられた皿を見て少し意気消沈した。
「これはまだ私が狩竜人として船に乗り始めた頃の話しだ、今もまだまだ未熟者だが、そのころの私は飛び切りの未熟者でな」
・・・謙遜もし過ぎると人を傷付けるけれど、恐らくは本気でまだ自分の事を未熟者だと思っているので、悪気は無いのだろう、無いのだろうけど、ね。
「簡単な竜の狩りの途中で狩竜人船の魔力炉が壊れてしまい、高度を維持出来なくなってしまって森の中に不時着してしまったのだ」
「私にもう少し力が有ればそんな事にはならなかったのだが、壊れてしまったものは仕方が無い。それでも壊れてしまったとは言え船を置いて行くことは出来ない。幸い川まで近かったからそこまで押して行こうという事になってな」
船って押したら動く物なのだろうか、甚だ疑問だけれど狩竜人に成るとそんな事には疑問を抱かなくなるのだろうか、
「ああ、当然今の狩竜人船とは比べ物にならないくらい小さい船だから勘違いしないで欲しい、大体半分くらいでしか無い」
大きい、それでも十分に大きいし押して動かそうという概念は頭に浮かばないと思う。
「そこでまず保存食を除いた食材をすべて食べて、少しでも船を軽くしようと30日分の食材をその場で消費して、何とか川まで3日で辿り着く事が出来た」
3日、まあ僕も森の中を何か月も彷徨っていたから言う権利は無いけれど、決して近くは無いと思う。
「そこから川を下る事8日、流れの緩やかな川だったから時間がかかってしまったが、ようやく川沿いの町に辿り着けた。水は有るが肝心の食材が何も無く、あの時ほど大蛇だろうと巨大魚だろうと襲ってきて欲しいと思った事は無い」
蛇も魚も美味しいからね、でも食べようとして襲う事は有っても、食べられるために襲ってくることは無いだろう。
「そしてその時の町での食事は今も思い出すくらい美味かった、その時に食べたのがカレーだ。思い出の味、忘れたい記憶と忘れられない記憶に残る思い出の味だ」
詰まらない話しだと前置きされたけれど、とても興味深く面白い話しだった、こんな話しが沢山有るのだろう、出来ればもっと詳しく聞きたいけれどそんなお願いを言い出せる筈も無く。
しかしヘレナは目を輝かせて耳を傾けているのに、ジェイミーはどこか冷めた目をしているのはなぜだろうか、ジェイミーにとっては面白くない話しだったようだ。