第110話 たまたま
校庭を覆いつくす大きさの狩竜人船が着船したのでは授業にはならない、この学校に居る生徒全員が憧れても乗船する事は叶わない夢がそこには有るのだ。
その白い船が誰の船なのか、僕も実際に間近で見るのは初めてだけど、本の記述のとおり真っ白な船体は今まで見た事のある他の船とは受ける印象が全く違っていた、見た事は無くても見間違えようが無い。
「はぁあぁ、凄い船だなぁ。なにより魔力炉の音が良いな、こんなに綺麗な音は新品から十分に慣らしをしてからじゃないと出ない音だぞ」
昔の血が騒いだのかはわからないけれど、窓から見える景色が真っ白のままでは授業を続ける事が不可能なのは明らかなので、ため息交じりに先生はそう言葉を漏らした。
「誰の船ですか、先生解りますか」
クラスの誰かがそう言った、僕の中ではオフィーリア姫の船だと確信しているけれど、せめて国旗なりなんなりの断定できるものが確認出来れば良いんだけど、
「こんな真っ白な船は、多分オフィーリア姫の船なんじゃないかな」
またクラスの誰かが言った、やはり僕以外にも本で見たりした人は居たか、流石に本物を見た事が有る人は居無さそうだな。
そんな事を話していると船から白尽くめの人達が降りてきて校長先生たちと話し始めた、当然ながら事前に連絡が入っていたようで、校庭をほぼ埋め尽くした訪問でも一悶着も無く円滑に話し合いは進んでいるようだ。
だけど、肝心の姫様の姿はそこには無く、まあ仕方が無いかと振り向いていた身体を戻したその時、
「変わっていなければここが一年生の筈だが、おお、シリル、シリル・エアハートで間違いないな」
聞き覚えの有る声に僕は再び振り向いた、そこには白い船からの反射光が後光の様に差し込み、その眩しさに目も眩むほどの美姫、オフィーリア・グッドゲームが窓越しに僕に話しかけて来ていた。
「は、はい、僕がシリル・エアハートです」
思わず席を立って名乗りを上げてしまった、席に座ったまま返事をしては無礼にあたってしまう、それくらいの威厳と、それを咎める事の出来る地位を持っている人だからだ、たとえそれを行使することは無くても無礼をして良いと言う物では無い。
「そうかしこまるものではない、本当に偶然立ち寄っただけなのだから、本当に偶然、たまたまな」
「は、はい、偶然立ち寄\られたのですね」
直立不動で僕は答えた、ざわざわとしていた他の生徒達も一様に押し黙りその緊張が僕にも伝わって来た、レイとは違う、何か高貴な雰囲気と、絶対的な力、それはただ剣を振る力だけでは無くて、権力、魅力、知力、あらゆる力を持ち合わせている、光に包まれている様は地上に降りた太陽と形容される事も有るのも頷けた。
「そう、たまたま偶然お前と話しがしたくなってこうして降りて来たんだ、少し時間を貰えるか、シリル」
突然の申し出に僕は言葉に詰まった、そして返事も出来ないままおろおろとしていると、
「どうぞ連れていって下さい」
バートン先生が見兼ねて助け舟を出してくれた、僕はそれを背中で聞いて頷く事しか出来なかった、
「それでは少しの時間お借りする」
すると姫は姿勢を整えて、
「シリル様、どうぞ船へお越しください」
そう言って姫は膝を折り頭を下げた、僕みたいな何の地位も権力も持たない者に対して、普通はする事の無い最上位の挨拶に僕は昨日に続き再び失禁してしまいそうになってしまった。
一体何がたまたま僕と話しがしたいのだろうか、再び姫様に合えた喜びはどこかへ消え、胃の痛くなる様な緊張に包まれた。