第104話 一応の決着
ぬかるんだ足元に神経をすり減らし、雨と体液に濡れて纏わり着く服と、容赦なく体温を奪い続ける暴風により、そろそろ身体の方が限界を迎えようとしていた。
それでも残る力を振り絞り雷鳥を睨みつける、対峙する雷鳥も怒りで我を忘れていた様だったが、そんな時間は長く続かず、冷静さを取り戻しつつある様だ。
雷鳥の眼光から熱の様な物が抜けて行くのが見て取れるほどで、明らかに冷めて来ているのが解った。
決着の時は近い、が、そうなると勝ちの目はほとんど無いと言っても良い、飛んで逃げられれば地面に足を付けている僕たちにはそれを追う術が無いからだ。
狩竜人船に乗っていればまた違っただろう、そんな事は解っている、それでも、それでも僕はとても悔しい、ここまで命をかけて戦って来たのだから、勝敗はどちらかの死を持って付けるべきだ、もちろん僕は死ぬ気はない、でもこのまま雷鳥に逃げられたら引き分けにはならない、逃げられたら明確に僕たちの負けだ。
高く擡げられた頭に届くほど飛びあがる体力はもう無い、どうにかして頭を下げさせることが出来ないか、両足に力を込めて後どれくらい動けそうか確認をしてみる、反応は芳しくは無い残されている力はあと僅かしかない。
雷鳥は僕の顔をじっと見つめ、そして静かに羽ばたいた。
今しかない、今動かなければ逃げられる、今動かなければ負けてしまう。
それでも僕の足は動いてくれなかった、生き残ったんだからいいじゃないか、そんな言葉が僕の頭に浮かんでは消えて行った、そうだ、それは確かにその通りだ、だけど、それでもどこか腑に落ちなかった。
「シリル、しゃがんで」
それはレイラの声だった、浮かび上がった雷鳥に狙いを定めていたレイラは念のために僕に声を掛けてくれたのだ。
僕はしゃがんだ、そして拘束の矢を再び撃ち込まれた雷鳥は上空から勢いよく地面に叩きつけられた。
念願の雷鳥の頭が目の前に落ちて来たのだ。
「うぉおおおおお」
言う事を聞かぬ両足を無理やり動かし、渾身の力で雷鳥の首に剣を振るった。
どんな体勢でどんな風に剣を振るったかは覚えていない、ただ渾身の力を込めた事だけは覚えている。
それは僕の左手に命を絶つ衝撃が残っているから、僕を見つめたままの雷鳥の首が、目標を失い闇雲に暴れている首の無い雷鳥が動かなくなるまで、僕の左手には命を絶った感触が残っていた。
僕は膝から崩れ落ちた、抜身の刀身は竜を纏い鈴の音を鳴らしている、僕はそれを地面に突き立てて、後ろへ倒れ込んだ。
降り続く雨が返り血を洗い流し、勝利の涙も水たまりへと消えて行った。
「やったわね、シリル」
僕の顔を覗き込むようにジェイミーが祝福の言葉をくれた、残された力で僕は左手を突き上げると、ジェイミーも右手を小さく上げてそれに答え、突き立てられた剣を鞘に納めてくれた。
「やったなシリル」
ジャッキー先輩も僕を労いに来てくれた、まだ立つのがやっとな様で声を掛けた後ですぐにへたり込んでしまった。
「ありがとうございます、何とか勝てました」
「ああ、本当に良かった。聞いてた話しと全然違うからどうなるかと思ったけど、シリル、お前のお陰で生き残れたよ、改めてお礼を言わせてくれ、ありがとうシリル」
「僕も聞いてた話しと全然違って驚きましたよ、本物はやっぱり凄いですね」
「そうだな、いい経験が出来たよ・・・」
ジャッキー先輩の言葉に僕は、はっとしてしまった、これがジャッキー先輩にとって最初で最後の大物の狩り、この学校を卒業したらもう剣を握ってもそれを使う事は無いのだろう。
「あー、それとシリル、ごめんな」
「謝らなくても良いですよ、僕も良い経験が出来たんですから」
「それはな、それは良い経験なんだけど、これからは良く無い経験かな」
「・・・一体何の事ですか」
僕は顔を擡げて辺りを見渡すと、寮の入り口には沢山の生徒と、先生たちが立っていた。
「お前らいったい何やってんだ、今すぐここへ来い」
怒りの炎を両目に宿した先生たちが僕たちを手招きしてる。
「いやあ怒られるのは慣れっこなんで、構いませんよ」
「そうか、そう言ってくれると助かる」
僕たちはレイラとジェイミーに肩を借りて、怒り狂う先生たちの下へ歩いて行った。