第100話 恐怖のみぞ知る
目標の小瓶までは後数歩、ただそれを許してくれるほど雷鳥の瞳は優しくは無かった。
肉食獣とも違う、猛禽類とも違う、本当に鳥と呼称してい良いのかと自問自答してしまう程、初めて体験する鋭い眼光。
例えるのならばレイが少しだけすごんだ時に似ていると思った、この鳥はレイ達と同じ位置に君臨しているのだと僕の心がそう格付けしてしまった。
思わず膝を着いてしまいそうになった時、大きな叫び声を聞いた、
「シリル諦めるな」
それはジェイミーの叫び声だった、いつでも男を奮い立たせるのは女性の一声だろう、雷鳥に魅入られていた僕は現実に戻された、
「今よ、レイラ」
雷鳥が再び僕を威圧する瞬間を見逃さなかったジェイミーはレイラを促し、ワイヤーの着いた矢を撃ち込むことに成功した。
屋の威力は凄まじく、流石の雷鳥も体勢を崩した、僕はその一瞬の隙に小瓶を回収し元居た場所まで戻る事に成功した。
「よくやったシリル、次は俺たちの番だな」
ジャッキー先輩は持っていた剣を鞘から抜き、ゆっくりと雷鳥の方へ歩き出した、ジェイミーも持っていた剣を鞘から抜くとジャッキーに続いた。
「あれ、おかしいな、僕の剣は鞘から抜けないのに」
あまりの驚きに思わず声に出してしまったが、嵐にかき消されて僕の声は誰にも届かなかった。
ジャッキー先輩の剣はレイに試し切りをさせて貰った事が有る超微振動剣の様で、刀身に雨粒が当たるたびに弾け飛び、辺りに霧の様な靄を作っている。
ジェイミーの剣は僕のと同じはずだったのだが、簡単に鞘から抜ける所を見ると、どうやら違う物の様で、その能力は今の僕にはわからない。
近付く怪しい二人と、刺さった矢の痛みは筆舌に尽くしがたく、雨に濡れた羽毛を逆立てて雄叫びを上げた雷鳥は二人に向けて大きく口を開けて雷をを発した。
しかしその稲妻の閃光は二人を捉える事無くあらぬ方向へ曲がり、ワイヤーを伝って空へ向けて光となって消えた。
「成功だ」
ジャッキー先輩が叫んだ、僕も思わず手を叩いて鼓舞したが、余りの迫力にジェイミーは腰を抜かしてしまったらしくその場にへたり込んでしまった。
そんなジェイミーに一瞥をくれた後でジャッキー先輩は猛然と雷鳥へ向かって行った、そんなジェイミーを雷鳥が、野生の捕食者が放っておくはずが無いのだ。
嘴の一撃をジャッキー先輩が止めた、それはジェイミーにとっては命拾いだったが、その変わりにジャッキー先輩共々命の危険に晒されることになった。
嘴を受けた所までは良かった、ただ雷鳥は全身に雷を纏っている為、剣を伝わり全身にその雷を受けてしまった。
僕は何の躊躇いも無かった、嘴の一撃をジャッキー先輩が受けた時、僕はあと一歩のところまで駆け寄っていた、そして首を窄めた雷鳥がその狙いをジェイミーからジャッキー先輩に変え、必殺の一撃を放った時、僕の後一歩は何とか間に合った。
「二人とも、大丈夫ですか」
倒れ込むジャッキー先輩と、何事も無い僕、そんな対照的な二人に何か違和感を感じ取ったのだろう、雷鳥は首を傾げて何かを考えていたが答えはすぐに出たようだった。
雷鳥は大きく羽ばたくとその大きさからは想像も出来ないほどふわりと浮き上がり、その風圧に負けそうになる僕に向かって強烈な蹴りを繰り出して来た。
風圧に耐えながら襲い来る蹴りを何とか剣で捌く、目の前まで迫りくる身の毛もよだつ程の鋭い爪の連撃に僕の心は恐怖で支配されていた。
情けない、何度も死線を潜り抜けて来たと自負していたけれど、それは飛んだ思い上がりだったようだ。
僕は今こんなにも恐怖している、怖がっている、怯えている、本当に死に直面するとこんな気持ちなんだ、いままでどこかわくわくしていたのは偽物の死線であり、そんな物は何度潜り抜けたところで自慢にもならないと今わかった。
僕は失禁していた、濡れた服を容赦無く暴風雨が殴りつけ、どんどんと身体から熱を奪って行っていた、それは体温だけでは無く戦いの熱も。
こんな冷めた心では負けるのが当たり前だ、身体の芯から熱くならなければ勝てる物も勝てなくなってしまう。
そんな冷めきった僕の身体を股間だけでも暖めてくれたのだろうか、心は折れてもまだ負けるつもりなど無い、まだ身体に熱が残っている事を感じた僕は身震いをして、ただ捌いていただけの雷鳥の蹴り足に渾身の一撃を加え始めた。