第1話 旅立ち 晴れのち どこの土地
日が沈むと春の陽気はなりを潜め、厳しかった冬の寒さがわずかながらに戻って来るのを感じる、星には雲がかかり月もぼんやりとその輪郭が霞んでいる。僕は船室から漏れる明かりを頼りに甲板を歩いていた。
「肝心の星が見えないと方角が解らないんだけど、こういう時はどうするのかな」
空を見上げながら呟く、船首に辿り着いた僕は周りに視線を移した、見渡す限りの水平線は波の音以外の音が無く、船の明かり以外に光は無い。
「ここで海に落ちたら助からないかも」
そんな不安を抱かせるほど、広く冷たい海面がどこまでも続いている。
ついにこの日がやって来た、アルデンサルから帰って来た日から今日まで、狩竜人に成るために全力を尽くして来た。父も母も当然の様に狩竜人に成る事に反対をしたけれど、最後には首を縦に振ってくれた。
嬉しさからだけじゃなかったが、その時は自然に涙が込み上げて来た。
「行ってきます、絶対に戻って来るから。安心なんて出来ないかもしれないけど、僕を信じていて欲しい」
「行ってらっしゃい、これをお前に貸して置くから、絶対に返しに戻って来いよ」
そう言って父は立派な紋様の有る鞘に収められた剣を渡して来た、
「これは・・・」
「それはお父さんが狩竜人に成る時に買った剣だ、長い事使ってなかったから磨いて置いた。色々あってあまり使っていないが、俺にとっても宝物の剣なんだからな」
そう言ってグイと僕の胸に押し付けて来た、父が夜中に厨房で何かをやっている事は知っていたけれど、これを研いでいたのだと知った。
「ありがとう、絶対に無くさないよ。じゃあそろそろ行くね」
そう言うと僕は振り向いて港へ向かって歩いた、振り返ると泣いている父と母に釣られて泣いてしまいそうだったから。何も僕は死にに行くわけじゃあない、狩竜人の学校へ行くだけだ、ほんの少しだけ冒険をしに行く、そんな気持ちだった。
そして、そんな甘い考えはすぐに吹き飛んでしまった。
客室の丸窓に叩きつける雨は視界を歪め、雷光と共に轟音と暴風が船体を揺らし、立ち上がる事すらままならない状況に、船員たちは慌ただしく駆け回っていた。客室の扉を開けると駆け回っているのではなく転げまわっている事に驚き、船が大きく傾いたかと思ったら全く揺れを感じなくなった。
「歯を食いしばれ、舌を噛むぞ」
船員の必死の怒号に僕が従うと、ほぼ同時くらいに凄まじい轟音と共に経験したことも無い程の衝撃に襲われてそこら中に叩きつけられた。
バリバリバリと船が割れ、上か下かわからないような状態で海から竜巻が立ち上っているのが見えた、覚えているのはそこまでで、そこに恐ろしい海竜が居た事を知ったのは随分と後の話しになる。
次に気が付いたのはどこかの海岸だった、助かったのは本当に運が良かっただけで、僕のほかにそこに流れ着いた人は居なかった。生きている人は。
そんな事をやっている時間は本来は無いのだが、あの命がけで声を掛けてくれた船員かも知れないと思うと、そのままにしておくのは忍びず砂浜に穴を掘り埋めた。
漂着物の中から使えそうなものを物色し、当たりが暗くなる前に火を熾す事が出来たため、その日はそこに留まる事を決めた。昨日の嵐が全部持って行ってしまったのか満面の星空にシリルを見つけ、進むべき方向を確認した。