5話 賭博
みんばといつ出すねん
寝泊まりする場所に困り、適当な宿屋を訪ねたが無論一文無しであるので、ツケ払いと言うものを初めて行った。ただこれは通常の料金に上乗せさせるという形で負債を増やすことになるため、此方もあまり多用できる手段ではない。
日本にいた時、好き放題に金を借りた後ギャンブルを行い、スった場合は自己破産を行えばリスクの少ない金儲けが出来るものだと妄想していたが、実は大抵は免責不許可事由に該当し、認められないものである。
と言うよりこの世界にそもそも自己破産などというシステムがあるかどうかすら怪しい。
あるとしても精々債務者死亡且つ保証人不在による債権回収不可くらいのものか。等と考えながらベッドの傍の、本棚に置いてある魔力に関する書籍に目を通すと人が死ぬ時に体内を循環している多大な魔力が発散するが、(個人差はあるが)多くの場合第三者によって回収可能と記載があった。
これでどうにも腑に落ちそうな気がしてきた。この世界は人間性が欠如した鬼畜ばかりな印象だが診療所にしろ、先の宿にしろ、保証人すら要らずに驚くほど円滑に話が進んだのはつまり人間そのものが担保と化していたから、という仮説を建てても問題なさそうである。
ただそうなると他人を闇討ちする様な事件が多々ありそうなものだ、と少し怖くなりながら頁を捲るとそんな疑問を言い当てるかの様に人から簒奪した魔力には固有の痕跡が残ると補足があった。つまり足がつきやすいという事である。それでも危険を冒して人々を殺戮する非情な集団は存在するらしく、この世界にやってきたその日に殺害されなかった、更に言えば全身を骨折した際に消されなかったのは僥倖と言うべきなのだろう。
そしてわざわざザルにも程がある先進国の猿真似にも思えるようなガバガバ戸籍を作らせているのもそれで説明がつく訳だ。
階下に降りると、受付で他の客が風呂に入れる石鹸や桶を借りているのを目撃した。どうもコミュ障を殺したいと見える。数分間ロビーをウロウロウロウロと歩き回った挙句、呆れて話しかけてきた主人に、
「さっきの客と同じ物を。」
と手短に伝えた後一言も発さず入浴を済ませ、また無言でオプションを突き返し、苛立ちながら布団に潜り込んだ。
偏差値63の俺であるが、「自発的にコミュニケーションを持ちかけざるを得ない」状況には滅法弱い。
中学校入学と同時にゲームにのめり込んだのもこれが原因である。
日本ではそれでも良かったのだが今この俺の唯一と言って良い弱点は充分に文字通り致命的である。
ここは一つ、何か積極的に事を起こしておくべきなのかもしれない。そう思いながら俺は眠りに落ちた。
日がなゲームに打ち込み、現実との境目が分からなくなっていた俺は、ホームシックにすらならないようだった。
さて、夜が明けて、と言っても昼過ぎまで寝ていたのだが、昨日の残り物を口に放り込んでから温めていた作戦を実行する事にした。
実はこの街に来た時、有り金を注ぎ込んだギャンブルで金を増やそうと思ったのだが生憎肝心の有り金が無かったので発想を転換し、運営をする方針に切り替えようという事になった。
これにはコペルニクスも脱帽と言った所か。
さて、俺は街の掲示板に赴くと、ある張り紙を貼り付けておいた。内容は、くじを安価で販売し、収益の一部を抽選で少数に分配する、言わば宝くじである。しかし、ただ買ってくれと頼んだ所で信用を確立していない俺にとって客を集めるのは非常に難しい。
そこで俺は秘策を考えた。
まず、俺は郊外に赴き、苦労に苦労を重ね、10枚ほどのくじを売りつけた。既に1000枚以上売れていますなどと大ボラを吹聴してなんとか、といったところだ。1枚あたりの価格は3ラガーに設定した。
これは日本では300円くらいの感覚 (らしい) であり、日本の宝くじを参考に設定した。
さて、その後は繁華街に戻り、くじを買ったアホに収益の全部を少額当選などと称して小出しにばら撒いた。こうなると風評が広まり、客が徐々に集まってくる訳だ。初めの内は自転車操業で進め、段階的に確率を絞った。ただ最終的な高額当選に焦点をずらしているので、この辺りに勘付いて、文句を付けてくる人間は殆どいなかった。
夕方になり、行列も大概消化した辺りで解散とする事にした。正直やる前は運要素の多い戦法だった為不安だったが、予想以上に上手く行ってしまったので笑いが止まらなかった。
「6、8、10……とこれで大体800枚くらいか、半分投げても日給12万は破格だなあ」
あとは広場に出向き、群衆の前でサイコロを振ってやるだけか、と腰を上げた。勿論持ち逃げするという手も考えたのだが流石に大金が絡むと命が危ないので大人しく還元する事にした。
日本でやるとつかまるよ