4話 放浪
先の展開何も考えてない
「はぁ、次の方どうぞ。」
と、あからさまに業務に対して真摯に向き合っているとは思えない態度の役人に要件を伝える。
「あのなんか身元証明書みたいなやつ?失くしたから」
すると役人は、苦虫を噛み潰したような顔をして、
「あぁー、再発行ですね。こちらの書面に記入を。」
とマニュアル解答を行った後何やら小声で、
「失くしたから何だよ、手続きお願いしますも言えねえのかボンクラ」
等と愚痴を吐いている様だった。
だが俺はみんバトをプレイする上で幾度となくSNSを介したレスバトルを繰り広げて来たのでこの程度の罵倒で情緒を乱すような事はしない。
俺の他人への暴言が晒された時も、落ち着いて、且つ冷静に捨てアカウントを量産し、俺を晒しあげた不埒な輩に執拗に粘着を繰り広げ、投稿を消させた実績がある。
さて、粗方の部分は埋まったが、出身地をどう記入するか思いあぐねていた。
日本などと書いてしまうと存在しない地名を自信満々と記入する頭のおかしいヤク中にでも思われる虞がある。つまりここは慎重にこの世界の地名を巧みに引き出す話術が求められるわけである。
ここが偏差値69の見せ所か。
まずは唯一の引き出しであるみんバトを利用した世間話から……と口を開きかけたその直後、役人が
「あぁ、字書くの苦手なバ……方でしたか。此方に地図と地名が載ってある冊子がございますのでどうぞ。」
と助け舟を出した。普段の俺なら文字くらい読めるわ、と寿限無に枕草子、平家物語などを途轍もない速度で書き記してしまう所ではあったが、ではこの冊子は要らないですねと一縷の望みを没収されてしまう可能性を考慮し、思いとどまった。無論これは後世に語り継ぐべき英断である。
後から聞いた話だが、地域特有の訛りや愛称があり、字が読めない人間にとって自分の住んでいる場所の一般的な名称すら知らない事例がたまにあるらしい。
そして中世みたいな世界だが魔法によって文明のレベルは見た目より高く、農村部まで含めた識字率は約70%と異様に高い。
つまり日本語が通じる時点で都合が良いので他の細かい違和感など気にするまでもないのだ。
さて、地図を見ながら(と言っても地図の読み方が分からず何度か役人に質問をした。その度に彼は小さく舌打ちをした。)なんとか昨日まで滞在した小さな村の名前を書き記し、現在の住所は不定、と選んで渡すと鼻で笑われた。この世界にはどうも他人に対する敬意というものが欠如した人間が多いらしい。これまで出会った人間、というよりはオニか悪魔の類のように思えてしまうが、思い返すほど腹が立ってしまい、みんバト以外でこんなに腹を立てるのは実に数年ぶりだ、とまで感じた。
しかし人とコミュニケーションをとる事自体数年ぶりだったので、特段自分が寛容というわけでもなさそうである。
心理的に疲弊しつつも新品の証明書を受け取って、
「こんなにすぐ作れるなら偽造したり名義偽るの簡単そうだよなあ」
と呟くと、実際この世界では戸籍のシステムが雑すぎて、その為に脱税や偽造は日常茶飯事だそうだ。
これは民法の知識に疎いとか調べるのが面倒とかではなく、あくまでそういった世界という話である。
城下町まで戻り、無事検問を突破すると、まずは腹が減ったので辺りで一番賑わっていそうな居酒屋の様な店に入り込んだ。言うまでもなく無一文な訳だが、俺には考えがあった。
人が多い場所を選んだのは意図があり、それは席を探すふりをしながら放置してある皿の残り物を取っては食い、よそ見をして話し込んでいる席の食い物を取っては食う作戦である。ただこれでは十分な量が確保できない上に、バレると袋叩きに会う可能性もある。そこで俺は外で紙袋に詰めておいた石ころを取り出すと天井の照明目掛けて大量に投げつけた。薄暗くなる店内。照明の割れる音で客達は天井に釘付けになる。その隙に俺はテーブルに乗ってある一番大きな皿を紙袋に放り込んで逃げる様に店内を後にした。多少危ない場面もあったが、なんとか切り抜ける事ができたと言えるだろう。
「しかしこの手はそう何度も使えないな」
と悩みながらフライドチキンをかじる。しばらく街中を探索すると炊き出しのテントが目に入った。サンドイッチが配られている。
一生懸命泥棒を働いたのが(働く、と表現する程なのでその労力は相当なものである)無駄になってしまった様で気分が落ち込んだが寧ろ肉だけでないバランスの良い食事を取ることができると解釈し、有り難く貰っておいた。こう言ったポジティブな思考は生きる上で有利に働くのだ。
窃盗は犯罪です