21 ロニーの生命保険の受取人は
第21話は、ホークが事故死した前任の捜査官の謎に迫ります。死亡保険金の受取人は?
「予定は全てカレンダーに入れてね。ランチの予定もよ」
カレンダーの使い方を教えると言って、パメラがイーサンの椅子に座り、ホークの右横にぴったりくっついていた。
マーケットが終了した後の、空白の時間である。
二十階のメンバーがだらだらする時間。
今日の取引の結果を反省しつつ、トレーディング・フロアをうろうろ歩き回ったり。
ぼーっとスクリーンをながめていたり。
客先と長電話していたり。
「誰とどこに行くか書いておいてくれないと、どこにいるかわからないじゃない」
ブラックベリーがあるのだから、どこにいたって連絡できるじゃないか。
しかしホークは逆らわなかった。
パメラの丸い肩が目の下にある。
彼女のつけている甘いコロンの香りが漂ってくる。
ホークのコロンの香りも、彼女の鼻孔に届いているはずだ。
一列向こうのトレーダーたちが、前を通るたびにちらちら目を向ける。
「何か夕方プライベートの予定が入りそうな時は、すぐブロックしておいてね」
パメラがマウスをクリックしてやってみせた。
“十八時半から二十時、キングズ・アームズ”
「どこそれ?」
「みんながよく行くすぐ近くのパブよ。ランチもあるわ」
「じゃあ今度行こう」
パメラのマスカラびっしりの睫毛がこっちを向いた。
金髪の髪よりマスカラの色が濃いので、ライトブルーの瞳の色が薄く見える。
「いつ?」
「いつでもいいよ。適当に入れて」
パメラのマスカラがパシパシとまたたいた。口元がニーッと横に伸びる。
「じゃあ、あとで入れとくわね」
ハルが二十階のトレーディング・フロアにやってきた。
足早にホーク達の列の後ろを歩き、エディの部屋に入った。
なんだろう?
ホークは客と電話中だったが、受話器をヘッドセットに換えると、トイレに行くふりをして席を立った。
歩きながら客と喋りつづけた。
ガラスのドアの向こうに出ると、少し感度が悪くなる。
電話が終わった頃、ハルがドアから廊下に出てきた。
目の前に立っていたホークに気づいて、足を止めた。
「どうしたの?」ホークはにっこり笑った。
「ミケルソンさんに、ちょっと……」
「叱られたの?」
「いえ、あの……」
ハルの手に、一枚の紙が握られていた。
すっと手を伸ばし、それを取った。
「あ、あの!」
受け取り書のようだった。エディのサインがある。
「なんだい、これ?」金額がある――高額だ。
「返して下さい」
ハルが手を伸ばす。ホークは紙を持った手を頭の後ろにやり、ハルの手が届かないようにした。
「あの……」
「これはなに?」
「生命保険の支払いをするんです。受取人の審査が終わったので、ミケルソンさんに承認をお願いしました」
「生命保険? 誰の」
「フィッシャーさんです」
社員は全員、年収の二倍の生命保険を掛けられている。
福利厚生の一環だが、社員が死亡した場合、弔慰金として遺族に支払われる。
が、ロニーは遺族がいないはずだ。
「誰に払うの?」
「え、と……」ハルが思い出そうとして、黒い瞳をくるりと巡らせた。
「確か、施設を経営している、アメリカのNPOです」
ホークは手を降ろし、紙をハルに返してやった。
「ロニーが育った所か」
「たぶん……」
「名前覚えている?」
「……いえ」ハルは首を振った。
「あとで教えてくれ」
ハルは頷きかけて言った。
「どうしてですか?」
「別に。可哀そうな奴だと思ったからさ」
ぼーっと目を瞬いているハルの肩を、ホークはポンと叩いた。
「君がエディに叱られたのかと思ったよ。もしそうならあいつに文句言ってやる」
席に向かって歩いて行くホークをパメラが見ていた。
たぶんハルが出て行った時から、ガラスのドアの方を見ていたのだろう。
やれやれ。
ハルが支払先のNPOを教えてくれるのを待つまでもなく、カルロにメールを送った。
捜査局が便宜上NPOのふりをすることは考えられる。
――ロニーの生命保険が支払われる。捜査局が受け取るのか?
――聞いていないな。いくらだ?
――三十一万ポンド。
――ロニーの報告にはなかった。
――人事部が、ロニーが育った施設を経営していたNPOに支払われると言ってた。
――そんな話は初耳だ。
――じゃあ、本当にロニーが受取人を指定したのかな。
――その報告はされていない。
莫大な犯罪収益を追っている捜査局から見れば、小さな金額だ。
本人が本当に寄付したかったのかもしれない。
この時はそう思った。




