カワイイけど魔物だから
「ハイ、では次イキますよ。敵方魔物、キラーキャット5体、準備」
レミネスは本当に容赦がない。とっても事務的だ。
レミネスの声にまたしても青い光が五つ発生。大型犬くらいの青いシルエットになる。ソレが猫に変わった。
キャアアっ、とアリスが悲鳴をアゲた。
「カワイイ。カワイイ。カワイイ。マジ、カワイイんだけど。ええ、可愛すぎん?」
大型犬くらいのデッカい猫である。
ゴブリンと違って、5体ともまるで容姿が異なる。デプっとしたトラジマ。シュッとしたクロネコ。ナンカ鼻がツブれて不細工っぽい茶色いヤツ。毛が長くて高級そうな白い毛玉っぽいヤツ。灰色と黒のシマ柄。
シいて言うなら頭と手足が胴体のワリには大きいだろうか。目も大きくて愛嬌タップリだ。
アリスが、ハワワー、と目をキラキラさせて近づいていく。
「ちょ、鈴木さん、魔物だから。危ないって」
「トレーニングスタート」
レミネスが戦いの火ブタを切って落とす。
キラーキャットが動いた。
サっ、と俊敏に動いて、アリスに一斉に飛びかかる。アリスが毛ダルマになった。
一見、猫と戯れているように見えるが、キラーキャット達は尋常じゃないくらい、アリスの赤甲冑をカリカリ引っかき、ガシガシカんでいる。
「ナニやってんだよ」
マサヒコはさすがに怯んでもいられず、アリスに近づくと、そのうち1体をひっぺがした。
シャアー、とスゴい威嚇。なにしろ大型犬ほどもあるので、野性味を露わにされると迫力がある。
ヒイイっ、と腰が引けるマサヒコだったが、飛びかかってきたキラーキャット(白い毛玉)に、追い払うように振った剣がヒット。
キラーキャットが、ぶしゃっとツブれた。赤く染まった白い毛玉。
ナニコレ、トラウマ製造トレーニング?
たぶんレミネスが故意に殺しにくいタイプを選んだのだろうが、ヒト言、ヒドイ。
「フワフワ、マジで、サイコーなんだけどぉ」
アリスがキラーキャット(でぶトラジマ)の腹に顔を埋めている。キラーキャットに頭をガシガシ齧られながら。
どうやら露出している部分にも【防御力】が適応されているようだ。
「ちょっと、ナニやってんだよ。マジメにヤレよ」
マサヒコは半ギレしながらも、大型犬サイズのトラジマをむんずとツカんで、放り出した。
魔装顕現しているためか、力も普通よりカナリ強くなっているらしい。
トラジマが見事にバランスを取り、着地。そのまま今度はマサヒコに向かってくる。
マサヒコはソレを斬り上げた。空中でトラジマのキラーキャットが2つに割れた。
飛び散る血しぶき。べちゃっと重たい音をタテて地面に落ちる死骸。
マサヒコの頭の中で、ナニカがプツンと切れた。
無感情に次のキラーキャットをアリスからハがし、サっ、と倒す。
「ちょっと、マジ、ヒくんだけど」
アリスが抗議するがマサヒコにはその声が遠く感じられた。血のニオイも転がる死骸も気にならない。現実感がない。
マサヒコは作業をするように、キラーキャットを倒していった。
アリスもマサヒコの異常に気が付いたのか、ソレ以上なにも言わなかった。
結局、キラーキャット5体は、マサヒコがヒトリで倒してしまった。
ハアハア、とアラい息がただ響く。
返り血で真っ赤になったマサヒコの青い甲冑。その血は黒髪もマダラに染めている。
「それでは次で最後です。敵方魔物、レッサーオーガー1体、準備」
レミネスが言った。
「ちょっ、マサ、大丈夫?」
アリスがマサヒコの肩を叩く。
振り向いたマサヒコは無表情で目の焦点があっていない。
「コ、コワっ」
ドンビキのアリス。
その間にも彼女たちの目の前では、巨大な青い光が巨人のシルエットをトっていた。
巨人が姿を現す。
身長5メートル程度。全身毛だらけで、ボロ布のような服を着ている。目鼻はなく、顔の中央に大きな唇がある。手には丸太のような棍棒を持っているのだが、巨人が持つと、小枝のように見える。
「デカっ。ムリじゃね?」
「トレーニングスタート」
レミネスが言った。もう、早く仕事を終わらせたいな、という心の声が聞こえてくるようだ。
巨人が動いた。
体が大きいが鈍重さはなく、むしろ速い。一瞬で、フタリの前に立つと、棍棒をブンっと横に振った。
アリス、マサヒコ、ともにソレをマトモに食らい、10メートルほどフっ飛ばされた。
「マジかよー」
アリスが頭を振って体を起こす。
痛みはないがフラフラする。
しかも、よく見れば、甲冑のところどころにヒビが入っていた。
コレ、ヤバくね?
「鈴木さん、大丈夫?」
マサヒコが心配そうな顔を向ける。
どうやら、今の衝撃で元に戻ったらしい。
「あんなん、ムリじゃん」
「でもヤラないと。死なないって言ってたから、大丈夫だよ。俺が接近して引き付けるから、鈴木さんは魔法で攻撃をお願い」
マサヒコは自分でも驚くほど落ち着いていた。普段考えすぎてパフォーマンスを発揮できないタイプだが、ヤラなくてはならない状況には以外と強い。
アリスはそんなマサヒコに頼もしさを感じた。
あれ、コイツ、こんなにカッコ良かったっけ?
などと思い二度見した。
「じゃあ、頼むよ」
ウオオオー、と雄叫びをあげてマサヒコは巨人レッサーオーガーに突っ込んでいった。
レッサーオーガーが叩きツブそうと棍棒を振り下ろす。
マサヒコはそれを寸前でカワした。
一瞬、跳ぶのが遅れていたら、まともに直撃していたことだろう。
そのままレッサーオーガーの足元にたどり着き、そのスネを斬る。
レッサーオーガーが咆哮した。血を揺らすような大声だ。
「ヤルじゃん」
アリスはマサヒコを見直した。普段イキってた癖に、ヤンキーにカラまれた時に、超敬語で謝り倒していた2番目の彼ウッチーとは大違いだ。
「ファイア」
メイスを巨人の頭に向けて唱える。
ボっ、とレッサーオーガーの毛むくじゃらの頭に火が付いた。
火を消そうと棍棒を放り出して両手で頭を叩く。バタバタと足ぶみする。
マサヒコがすかさず、巨人の足元にまとわりついて斬っていく。
「ファイア」
アリスはもう一度、今度はレッサーオーガーの胸に火をつけた。今度は、すぐに上半身に広がり大火となる。
レッサーオーガーが地面に倒れ、ゴロゴロと転がる。
マサヒコがそれに巻き込まれ、ペチャっとツブされた。
あっ、マサ、死んだ?
心配したアリスだったが、すぐにツブれたマサヒコが起き上がるのを見て、ホッとした。
「ファイア」
アリスはさらにレッサーオーガーに火をつける。
マサヒコはレッサーオーガーから距離をトった。
自分も遠距離から攻撃した方が良いと思ったのだ。下手に近くにいると巻き込まれる。
「解除、剣、盾」
マサヒコの握っていた剣と左手に装備していた盾が青い光の粒子となって消える。
続けざまに弓を顕現。
和弓ではなくMの字のようになった洋弓。
弓など使ったことがないが見よう見まねで矢をツガえる。不思議とスムーズに弦が引けた。
狙いを付けようとすると視界に十字のような白マークが現れた。どうやら照準らしい。弓を動かすと照準も動く。
ちょくちょく火を付けられてノタうっているレッサーオーガーの胴体を狙う。
スっ、と視界が薄暗くなった。レッサーオーガーの動きがゆったりとしたモノに変わる。オマケにレッサーオーガーの体が、すぐソバにあるかのようにハッキリと拡大される。
まるでカメラのズーム機能を使っているかのように。
マサヒコは引き絞った弦を離した。視界が戻る。白い十字の照準も消えた。
矢は見事にレッサーオーガーの腹に突き刺さった。
俺、弓の才能あるカモ。
などと調子にノリながらも次々と矢を放つ。
その間にもアリスがしつこくレッサーオーガーに着火。だんだんレッサーオーガーの動きが鈍くなってきた。
やがて、マサヒコの放った一矢がレッサーオーガーの頭部に突き刺さる。
レッサーオーガーの動きが止まった。息絶えたのだ。
「やった」
マサヒコは思わずガッツポーズをとっていた。
アリスが駆け寄ってきた。
「やったね、鈴木さん」
アリスはそのまま止まらず、マサヒコに飛びついた。
「ヤルじゃん、マサ」
「ウ、ウン。鈴木さんもスゴかった」
抱きつかれ、戸惑うマサヒコ。
「てか、ウチらスゴくね。マジ、サイコーじゃね」
アリスは満面の笑顔である。
「ウン、スゴいよね」
アリスが離れた。それから両手をパッと広げて前に出す。
マサヒコはその手に、パンっ、とタッチした。
「では、これで訓練終了です。トレーニング終了」
レミネスの声で視界が再び青い光でトケる。
マサヒコは、また、目がー、目がー、とやってアリスを笑わせた。
すぐに視界は戻り、狭い【トレーニングルーム】に立っていた。
「では、下へ戻りましょう。【ギルドカード】が出来ているハズです。本日はソレをお渡しして、終了となります」
レミネスが言った。エルフ姿から元の三十路に戻っている。
「イエーイ、【ギルドカード】。マジっ、待ち遠しかったんだけど。ホラ、さっさと行くゾ、マサ」
アリスがマサヒコの腕をツカむ。
「イヤ、レミネスさん追い越したら意味ないじゃん」
言いながらもマサヒコはスキンシップにドキドキである。アト、アリスは甲冑より、制服の方がイイと思った。甲冑では胸の谷間が見えないし、スカートからハミ出したフトモモもないのだ