冒険者ギルドへ行ってみよう
門からまっすぐ伸びる道は目抜き通りのようで、ひっきりなしに馬車(馬ではないが)が行きかっている。
特に1人、2人、人を乗せた小型の2輪馬車が多く、引いているのはケンタウルスっぽかった。ほぼ人力車だ。
「亜人なのカナ。それともまた変身人間カナ」
マサヒコはブツブツひとり考察をする。
「文明レベルは高いみたいだな。ヤッパリ魔法大文明とか、そういうのか?」
ちなみに前を行くアリスはシュマホーが気になるようで、シュマホーを耳に当てて通話している通行人や、歩きながらシュマホーを操作している通行人に、ウラヤマしそうな目を向けている。
もう、シュマホー以外のコトは考えられないところまでキテいるようだ。
両側には多様な店が並んでいる。分かりやすい看板が、ブランブランと歩道の頭上にブラ下がっている。
ジョッキからアフれそうなビール。紳士がカブる帽子。タライに入った服。バスケットからハミ出したパン。皿に山モリになり、宙に浮くフォークに巻き取られているパスタ。湯気をタテた骨付き肉。
マサヒコのお腹はグウゥと悲し気に鳴った。
デモ、オカネナイ。
シュマホーより、とにかく腹ごしらえがしたいマサヒコだったが、アリスがソレを聞くとも思えない。とにかく、彼女は今、シュマホーのコトだけなのだ。
「あった。ここっぽい。てか、ここじゃね?」
アリスが振り返った。満面の笑み。
宙にブラ下がった看板の絵は光る小さな板と人差し指を伸ばす手。確かにソレっぽい。
ガラス張りのショーウィンドウにはスマホっぽい金属板がズラっと並んでいる。
サイズは小型のスマホくらいのモノから、大型のタブレットくらいのモノまである。
カラーバリエーションも豊富で、黒、白、赤、青、緑、ピンクと鮮やか。
「アレとか、超カワイイんだけど。マジ、上がるじゃん、あんな持ってたらさ」
アリスがピンク色の金属板を指さして言った。
「7万エーンだって。エーンって」
また笑いを誘われるマサヒコ。
だが、そこでふと気がついた。街を歩きながらも何気なく看板や案内板を読んでいたが、なぜか文字が読める。筆記体のアルファベットをさらに崩したような文字なのに、なぜか読めて意味まで分かってしまう。
ヤッパ、異世界転移効果なのカナ、とマサヒコは思った。
勝手に脳内ひるがえ訳されるアレである。
マサヒコがそんなコトを考えてたら、アリスが店内に入ってしまった。ガラスばりのドアは、さすがに自動ではなかった。押したり引いたりする、まあ、ドアだ。
マサヒコは知らない店に入ってボッタクられたり、身ぐるみをハガされたりしないだろうか、とドキドキしながら、ガラス越しにアリスを見守った。
マサヒコは基本チキンな男なのである。
店内は木製の飾り棚が並んでいて、ソコに各種シュマホーが飾られている。タイトスカートにピッチりしたシャツにエリにリボンという制服のオネーサンたちが、3人立っていて、そのうちの1人が、アリスになにやら話しかけている。
アリス、手の平を広げたり、フンフンと腕を振ったり、なにやらオーバーアクションで話している。
あっ、両手を合わせて頭を下げておがんでいる。コレはきっと、「お願いします、オネーサン」だろう。
オネーサン、困った顔。それから思いついたようになにやら話す。
アリスが、フンフン、よし、まかせとけ、ヤったるぜ、みたいな顔になった。
オネーサンになにやら宣言して、小走りに店を出てきた。
「マジ、いけるって。今日中に、ゲット、あるって」
「えっ、ナニ、7万エーンの当てがついたの?」
「身分証があればローン組めるってさ」
また異世界っぽくないシステムが出てきた。マサヒコのこの世界に対する心証が少し悪くなった。
「身分証っていったって。無いでしょ。ていうか、作れないでしょ」
なにしろフタリは異世界人。身分を保証するモノはないのだ。チナミにフタリはいちおうの取り決めとして異世界人であることは隠すコトにしていた。この世界で異世界人がどういうモノなのか判明するまでは、慎重を期した方が良い、というマサヒコの提案である。
異世界人と知られたら幽閉されたり、戦場送りになったりする可能性だってあるのだ。
「どっかのギルド? に登録すればイイって。とりあえず、グー〇ルのアカとるみたいな?」
「イヤ、ギルドって。あっ、ヤッパリ冒険者ギルド?」
マサヒコは口に出したその響きに、ちょっと気恥ずかしさを感じつつも、テンションが上がった。
「それもだけど、料理屋ギルドとか服屋ギルドとか、ウンソーギルドとか、タクシーギルドとかもあるって。バイトするなら、ギルドに行けばイイって」
「モチ、冒険者ギルド一択さ」
もはや、マサヒコの心は冒険者に決まっていた。ヤッパ、異世界来たからには冒険者でしょう。
「モンスター倒す系? じゃ、行くか」
アリスが言って、トットコ歩き出す。
「場所知ってるの?」
「知るワケねーじゃん。フツーに聞くし」
言うが早いかアリスは通行人(ちょっと強面のオニイさん)に「ちょっとイイっすかー」、と声をカケた。
オニイさん、なんだコイツはみたいな顏だったが、すぐに笑顔になり「まっすぐ行って、そっち曲がりゃあすぐ着くぜ」と親切に教えてくれた。
コミュ力たけー。
マサヒコはアリスのコミュニケーション能力に圧倒されるばかりだ。アリスと一緒で本当に良かった。マサヒコだけだったら、絶対に詰んでいた。
「ほら、マサ、急げ。なにトロトロしてんの。さっきから、遅すぎだから」
言って、引き返してきたアリスがマサヒコの手をトって走る。
えっ、手とか握っちゃうの?
そんなんホレちゃうだろ。マジでヤメて。
などと、ドキドキするマサヒコであった。
オニイさんが教えてくれた角を曲がって4人組が歩いてくる。剣とか持っていないし、ジャケットにズボンと普通の服装だが、雰囲気が冒険者っぽい。
背の高い男が青い髪をヘアバンドで逆立ててるところトカ、長い白いヒゲの老人とか、なんだか冒険者チックだ。
「この依頼で俺たちもBランクに昇格だ。いよいよだな」
「まっ、僕たちには通過点には過ぎませんけどね」
「夢はドラゴンハンターでしたっけ。先は長いですわね」
「まずは目先のオーガーじゃな。フォッフォフォ」
スレ違う時にもそんな冒険者的な会話をしていた。
マサヒコのテンションがさらにアップ。
ヤベっ、仲間はどうすっかな。鈴木さんはとりあえず、治癒師かなんかで。ギャルの治癒師トカ……ウン、悪くない。
あと、ヤッパ、エルフの弓使い、ないし精霊使い、コレ絶対。エルフ大正義。クールで感情表現苦手系の。
それから、魔法使い。メガネっ子が欲しいところだな。
などと、膨らむ妄想。早まる足取り。
「ちょっ、急に足速くね? どーした? マサ」
後ろから追い抜かされたアリスが驚く。
「イヤ、そりゃ、急ぐでしょ。ナニしてんの。置いてくよ」
マサヒコは背中で答えた。弓使いのエルフ(金髪、小柄、スレンダー)と魔法使いのメガネっ子(巨乳。ドジっ子)がギルドで自分を待っているのだ(妄想)。
「ハっ? なんなの。なんかキモいんですけど」
後ろからのアリスの声もマサヒコには気にならない。
なにしろ、エルフと巨乳メガネっ子が……以下略。
角を折れ曲がる。ソコも大通りだ。南北、東西、二つの目抜き通りが交差する場所のようだ。
あった。
石造りの古めかしくも厳つい建物は、いかにも、という感じだ。窓の数からして、3階建てのようだが高さは両隣の5階建ての建物よりも高い。
木製の両開きの扉。その上に、『冒険者ギルド・ベルドーン支部』と書かれた看板がある。間違いない。
マサヒコは駆けだした。車道を横断しようとする。だが、ソコへ大型馬車(機械っぽい馬が引いている)が走ってきた。
「ちょっ、バカっ」
アリスがマサヒコに抱き着いて止めなければ、彼は大型馬車にヒかれていたコトだろう。
マサヒコの鼻先を大型トレーラーのような荷車が通過していく。
「ナニやってんの。ガキじゃないんだからさ、道路に飛びだすなって」
アリスがキンキン声で怒鳴る。
「ゴ、ゴメン、助かった」
マサヒコは耳元で食らったアリスの怒鳴り声にクラクラとした。
「永原君みたいに死んじゃったら、どうすんの」
「誰、ソレ」
「ウチの初恋相手。小6の時に車にヒかれて死んじゃったの。マジ、泣いたんだから」
「ツキアってはいなかったんだ?」
アリスの最初の彼は中2でツキアった1つ上のセンパイアキラだったハズ。なんでもいろんな初めてを捧げたそうな。
「告ってもねーし」
思い出したのか涙声だ。
マサヒコは背中に当たるアリスのオッパイの感触と腰に回された腕の感触に、状況も忘れてドキドキした。アト、ちょっとエッチな気分になった。
「ゴメン。悲しいコト思い出させちゃって」
マサヒコは言った。声が悲しげに聞こえたのは、元気になりそうなチンチンを沈めるために、心をクールダウンしていたからだ。
一方、アリスはそんなマサヒコの態度に、ドキンとした。
アレ、コイツ、ワリと……。
目立たない地味で挙動不審な男子だとアナドっていたが、なかなかどうして包容力がある。
無理な道路の横断を注意し、永原君の話をしたアリスに、「おめーのコイバナとか、超どうでもイイから」と言ってのけた2番目の彼氏ウッチーとは大違いだ。
チナミにウッチーとは3股かけられていたコトが発覚して別れた。その際、逆切れしたウッチーにグーで顔を殴られた。
マジ、コイツ、ありえねー、と思った。
「よし、じゃあ、渡ろうか」
マサヒコが言った。
体を離したアリスに照れクサそうに笑いかける。その笑い方がジャッカン気持ち悪かったので、アリスは先ほどのトキメキは気の迷いだと思った。
実際、マサヒコの照れ笑いはチンチン立ちそうで気マズイな、というところからキテいたので、アリスが気持ち悪いと感じたコトは間違ってはいないだろう。