スマホがある、だと……
それからもアリスのグチは続いた。
話の展開は元彼にもおよび。
マサヒコはアリスがツキアった歴代の彼氏5人のプライバシーをムダに得てしまった。
チナミにマサヒコは3人目の彼氏トヨ推しとなった。陰キャっぽくも果敢にギャルを落とすなんて推さずにはいられまい。
そうこうするうちに馬車が止まった。
止まる際、大きく揺れ、悲鳴をあげてアリスがマサヒコの首に手をカケ、彼はあわや命の危険にさらされた。
巨大ネズミのオッサン(今度は全身ネズミのまま)が荷車の後部を開いた。
久しぶりの明るさにマサヒコは、「目が、目がぁ~」と言いながら目を押さえてバタバタした。
「ラピュ〇じゃん。マジ、ウケル」
やはり誰でも知ってるジ〇リネタは強い。
「ホレ、ついたぞ。降りろ」
巨大ネズミのオッサンが言った。
アリスが、ササっ、と荷車から飛びだし、マサヒコはヨロヨロ、モタモタと荷車から降りた。
ワオっ、とアリスが外国人ぽい感じの声をアゲた。
マサヒコは、おわっ、と日本人ぽい感じの声をアゲた。
200メートルほど先に高い壁がソソり立っていた。5メートルくらいあるだろう、白い石の壁。ソレが左右に長く長く伸びている。
「俺は中には入らねえから、ここまでだ。まっすぐ行けば門だからよ。昼間ならなんにも言われねえから」
「アリガト、ネズミさん」
アリスが言った。
「アリガトウございました。変身人間さん」
マサヒコも言って頭を下げた。
「イイってコトよ。じゃあな」
言うと、巨大ネズミのオッサンは荷車を牽引して、グルっと壁の近くの空き地でターン。来た道を戻っていった。
「親切な人で良かったよ」
身ぐるみハガされるんじゃないかという不安があったのだ。途中からオッパイとアリスの元彼のコトしか考えてなかったが。
「だから、ウチ、言ったじゃん。ネズミに悪い人はいないってさ」
アリスが得意げに言った。
「イヤ、聞いてないし。アト、それ、ちょっと意味がわからないから」
気が付けばマサヒコは普通にアリスと話ができるようになっていた。
やはり暗闇の中、密着して、元彼の話を聞き続けたのが良かったのだろう。なんだか、イロイロ突き抜けてしまい、緊張とかしなくなっていた。
「じゃ、行くか」
言ってアリスが壁に向かって歩き出す。
マサヒコもその後ろに続いた。すると、アリスが振り返った。不満げな顔である。
「てか、遅いし」
「イヤ、ナニがあるかわからないから、念のタメ」
というのは嘘で単に並んで歩くのが照れクサイからである。陰キャ男子はムダに意識してしまうのだ。
「ウチを盾にする気かよっ」
「イヤ、どっちっていうと、囮をお願いしたいけど」
「マジかっ、マサ。超ビビりじゃん」
言いながらも、ちょっと楽しそうなアリスであった。細めた目がカワイイ。
マサヒコはまたしても思った。
ギャルじゃなければなー。
壁に向かって進むと門が見えた。壁の一部がクリ抜かれていて、その上に大きな黒い鉄の板が吊り上げられている。
門からは頻繁に馬車が吐き出され、マサヒコとアリスの横を駆け抜けていった。
チナミに馬車といってもヒくのは馬ではなかった。人型のロボットっぽいものがヒいていたり、クラゲのような大きな半透明の触手がイッパイ生えた生き物がヒいていたり。イロイロだった。
荷車にも、大きいモノもあれば小さいモノもあり。人ヒトリを乗せていくモノもあった。
また、馬車だけでなく、ドラゴンも空から舞い降りてきて、門の脇の広場に止まっては荷物を降ろして(背中に荷物を背負っていた)、飛び立っていく。
「ヤバい、ドラゴン、めちゃくちゃカッコイイんだけど」
マサヒコのテンションが大いに上がった。男の子はドラゴンが大好きなのだ。
モチロン出ていくだけではなく入っていく馬車もいる。後ろから猛スピードで走ってきてマサヒコとアリスを通り越して門をクグっていく。
やがてフタリも門に到達した。近くで見るとバカデカい。
変身ヒーローみたいな門番が立っているが、とくに仕事をしている様子はなかった。
マサヒコは門番の青金属の全身甲冑に見惚れた。こう、兵士とか騎士というより、ヒーローっぽいフォルム。体に密着したようなスリムさ。ツナぎ目のナメラカさ。フルフェイスの兜がまた良い。目元が一文字の黒いバイザーで、近未来っぽい。
「うわっ、一緒に写真撮りたい。スマホがあればなー」
言いながらジロジロ見つつ前を通り過ぎる。
「てか、見過ぎだし」
門をクグると街の景色が現れた。
5階建て、6階建ての建物が立ち並んでいる。三角の赤っぽい屋根。コンクリートの壁。雰囲気としてはヨーロッパ風。
門のすぐ前は広場になっており、ソコに馬車(馬ではないが)が何台も止まっている。
主要交通機関は馬車(馬ではないが)で間違いないようだ。
門前の広場から大通りがまっすぐに伸びている。幅の広い道路。ちゃんと車道と一段高い歩道に別れていて、街灯のポールまで等間隔で立っている。
「マサ、アレっ、アレっ」
アリスがマサヒコの肩をビシビシと叩いた。
もう片方の手で馬車にモタれかかっている人を指さしてる。
「人を指さしちゃダメでしょ」
「そんなん、どーでイイから。ほら、スマホ、スマホ持ってるじゃん」
「あっ、ホントだ」
確かにその青年はスマホっぽい薄い板状のモノを持って、スマホをイジるみたいな操作をしている。
「ちょっと聞いてくるから」
言うが早いかアリスが走った。スカート、ヒラヒラ。髪の毛、ユラユラ。
マサヒコが追いかけようかどうしようか迷っている間に、アリスは青年の前に行き、なにやら話し始めた。
コミュ力、スゴすぎ。
マサヒコは元の世界でクラスメートに話しカケるだけでも遠慮してしまうというのに。異世界で見知らぬ相手にとかレベルが違い過ぎる。
なにやらアリスがオーバーリアクションで手を叩いたり、飛び跳ねたりしている。青年のスマホを受け取って、なにやら操作してみたり。
マサヒコは一応、ノロノロと近づいた。初対面の相手と話すのコワイ。
アリスが戻ってきた。
「スマホだった。マジ、スマホだったわ」
「タッチスクリーンだったの?」
「そう、マジ、スマホ。ナンカ、通話トカ?
計算トカ? あとメールみたいなのできるんだって。それで写真とか動画も撮れるって。マジ、スマホじゃん」
「へー。でも異世界にそーいうのあるとちょっと萎えるなあ」
マサヒコは設定にコるいわるゆ設定厨なのである。設定資料集とか大好物。
「ハっ?」
アリスがギロっとニラむ。
スマホに文句とか、お前ナメてんのか、みたいな。
「あ、イヤ、なんでもないけど」
やっぱりギャルは怖いマサヒコである。
「シュマホーっていうんだって。マジ、名前までスマホっぽくね」
その名前に、ぶっ、とマサヒコはフキ出した。
「シュ、シュマホーって」
「マジ、ウケルよね。でさ、この通りをまっすぐ行ったトコにある店で売ってるってさ。行くか」
「イヤ、でもお金ないじゃん」
「てか、財布は?」
「イヤ、持ってるけどさ。ここ異世界じゃん。使えないと思うよ。日本円」
「あっ、そっか」
ナットクした後、アリスはしゃがみ込んだ。
「マジかあー」
顔を押さえる。
よほどシュマホーが欲しかったらしい。
あまりのガッカリっぷりにマサヒコはカワイそうになった。あれだけオッパイの感触を楽しませてくれたワケだし。男として元気づけないワケにはいくまい。
「どっちにしろ、お金は稼がないとだしさ。お金貯めて買おうよ、シュ、シュマホー」
どうも、すぐに元の世界に帰れるという感じがしない。
まあ、ラノベやマンガだと、異世界転移したらガッポガッポお金を稼げるハズなので問題ないだろう。
「今、欲しいから。スマホなしとか、もう無理だから」
ジャッカン涙声だ。希望がスルリと手の間から逃げてしまい絶望したのだろう。
そんなアリスの姿にマサヒコはちょっとトキメいた。活発で強気だったアイツが、不意に見せた弱気なところにキュンである。
「と、とにかく、その店に行って、シュ、シュマホーを見てみようよ。いくらくらいのモノなのかトカ、イロイロ情報収集しないと」
どうしても、シュマホーと言おうとすると、オカシサが込み上げてきてドモってしまう。
なんだよ、シュマホーって。名付けた奴、天才か。
異世界転移したばかりなのだから、ほかに情報収集するコトがいくらでもあろうものなのだが、マサヒコもアリスもワリと能天気だった。
やはり現実感がないのだ。
アリスが、スっ、と立ち上がり、「行くか」と歩き出した。
例によってマサヒコは3歩後ろを歩いていく。昭和の妻のスタイルである。妻じゃないし、昭和でもないが。