ギャルときた。異世界へな
風がソヨソヨ、お日様ポカポカで心地よい。
コレなら夜までだって寝れる、そう夢見心地で思ったマサヒコだったが、聞きなれたような聞きなれないような声で強制的に起こされた。
「マジで、起きてくんない。てか、どれだけ寝てんだって話なんだけど」
高くてキンキンする上に、ダルそうな声。
これアレだ、教室で良く聞こえてくる声だ。
正彦はすぐに声の主に思い当たった。
高校。2年に進級してから、毎日、聞こえてきた声。
日焼けした黒い肌。盛った長い睫毛、水色のカラーコンタクトに、ウィッグで山モリにした白っぽい金髪。ユルめたネクタイに開いたエリ元からちょっとノゾく派手なブラ。両耳のピアス。
2Cで一番のギャル、鈴木亜里栖。
「はあ、マジでなんなん、コイツ。よく、こんな時に寝られるわ。てか、チェンジしてくんない、マジで。名前も知らんし。アオヤマ? オオヤマ? まっ、イイや、オオヤマで。起きろ、オオヤマ、オオヤマシゲオ。ん? シゲオってどっからきた? まっいいや、シゲオって感じだし」
ナニソレ、どんな感じだよ、とマサヒコは思った。
おかげで意識が急激に覚醒した。目を開ける。
澄みきった青空が飛び込んできた。
その青空をナニか見慣れないシルエットが横切っていく。シいていうなら米という漢字が近いだろうか。もっと、横棒が長くて太くて、鳥っぽい感じだが。
高度が下がってきているらしく、見る見るシルエットが大きくハッキリとした形になる。
ナンカ、どっかで見たことあるような、ないような? 鳥だよな。4足歩行の鳥なんていたっけ? アレ、ナンカ、めちゃくちゃデカくないか? えっ、人工物じゃないよな。ナンカ、どっかで見たことあるような。そう、スゴい有名で。なんだっけ?
真っ赤な表皮は光を受けてキラキラ光っている。長い首に長い尻尾。トカゲに翼が生えているような姿形。
そうだ、恐竜。いや翼竜か。なんてったっけな。えーとドラゴン? いや、ドラゴンはファンタジーでしょ。
えっ、でも、アレ、ドラゴンじゃないか?
マサヒコはゆっくりと高度を下げてくるギンギラギンで真っ赤なソレを、よく見ようと上体を起こした。すると、その過程で、下草の茂る地面から伸びた日焼けした両足が見えた。
風に揺れた短いスカート。バッチリその下の蛍光ピンクの下着が見えた。
少年の性か、マサヒコの視線はどうしても、ソチラを凝視。
「なに、バッチリ、見てんだよ。エロオヤジか? マジ、サイアクなんだけど」
アリスがスカートをオサえて体を折って言った。
「イ、イヤ……」
マサヒコはコミュニケーション能力があまり高くない。というか、低い。いきなりギャルに話しかけられて対応できたりはしない。
「……えーと、……あの……」
「てか、起きたんなら、そう言えよ、シゲオ。ウチだけで、マジ、泣くとこだったわ。アレ、アンタと話すの、何気に初めてじゃね? ウチのコト知ってますか~」
「えっ、ハイ、あの、鈴木亜里栖さん」
しっかり質問されれば、なんとか答えられる。低いけど最低限のコミュニケーションの能力。それがマサヒコ。でも敬語。
「知ってんじゃん。イエーイ」
アリスが黒い手の平を出す。
「???」
マサヒコ、ソレを見つめる。
アリスとしては、ノリノリでパンと手を叩き合うところだったのだ。それがノッてもらえず、ちょっとサビしい気持ちになった。
ナニ、こいつ、マジ、ノリ悪いケド。
「あの……ところで、ここ、どこ、ですか?」
キョロキョロとしてマサヒコ彦。
すでにドラゴンらしきものは遠くへ行ってしまった。見たところ、大草原のような。
「知らんし。そんなん、ウチが聞きたいわ」
マサヒコは立ち上がった。やはり、見渡す限り草原が広がっている。とはいえ下草は足首を隠す程度で、草原というほど草モッサリではないようだ。長い芝生のような感じ。
「……さっき、ドラゴンみたいなのが」
小声でボソボソとしゃべるが、風の音に消され気味。
「ハっ? ナニ?」
でっかい声で聞き返された。
「ド、ドラゴン、い、いた、でしょ。さっき」
ドモり、カタコトになる。
マサヒコだって親しい相手なら問題なく話せる。相手が穏やかでオットリしたタイプなら、むしろ饒舌なくらいだ。
だがしかし、相手が悪い。相性が悪すぎた。
「ハっ? ドラゴン? そんなん、さっきから、バンバン飛んでるし。てか、シゲオ、マジ起きねえし」
俺、青木正彦、シゲオ、違う。
正彦、心の中での発言。
「で、ウチ、思ったんだけど。コレ、アレじゃね。アレでしょ。なんつったっけ。」
「……」
「ウチの元彼? マンガ読む人でさ。そういうの部屋にあったんだよね。えっと、世界旅行? だっけか。ソレじゃね?」
世界旅行といえなくもないが、ちょっと違う。ちなみに、アリスが言いたかったのは、異世界転生だが、実際フタリに起こったのは異世界転移の方である。
「ドラゴンとか出てきちゃう感じでぇ。剣とか魔法とか?」
「あー、異世界転移のコト?」
マサヒコはやっとピンときた。そして、むしろそれならば彼の得意分野だった。マサヒコはアニメもゲームもマンガもラノベもクワしいのだ。
「確かに。異世界転移っぽいね。授業中だったよね。世界が溶けるよーに、こー、真っ白になって。そーだよ、その時に異世界転移したんだ。というか、こーいうパターン、古いなあ。今はナンカ女神さまにあったりしないとさ。そーだ、アレを試してみよう」
マサヒコはいきなり饒舌になった。マサヒコは得意分野だと饒舌になるのだ。
「ステータスオープン」
右手を前にカザして、カッコよく唱える。
だが、マンガやラノベであるように、半透明のステータスウィンドウが開くことはなかった。
アリスが呆然と急に活きが良くなったマサヒコを眺める。
えっ、ナニ、コイツ、ナンカ、こわっ。
マサヒコは頭をカイた。陰キャで自意識過剰なマサヒコはワリと頭をカキがちなのだ。
「ステータスは開かない、と」
顎に手を当てて言う。陰キャで自意識過剰なマサヒコは割と顎に手を当てガチなのだ。
「てかさ。ここ、マジ、違う世界なワケ? ファンシーな世界なワケ? イーセカイなワケ?」
「ファンシー? ヒョットして、ファンタジーのこと? あとイーセカイじゃなくて異世界ね」
自分の好きな分野だとギャルに訂正もできる。ソレがマサヒコだ。
「……うっざ」
アリス、露骨な嫌悪の眼差し。
「えっ、あ、ウン」
これが小学生の弟ならば、「間違ってるから正してやったんだろうが、この愚弟が」とイキるところだ。
「てか、なんで、ウチらだけなん? しかも、シゲオってさ。マジ、終わってるし」
アリスがプイッとソッポを向いて、地面を蹴ったり、草を踏んづけたりする。
マサヒコにウザイ感じで訂正されて、イライラしているのだ。
そんなアリスの踵を踏みツブした学校指定の白い上履きに、ヘトっ、とくっつくものがあった。
緑色の半透明でゼリー状。アリスが足を上げても、にょい~ん、と伸びてハガれない。
「シゲオ、ナンカ、変なのくっついた。ナニコレ、超笑えるんだけどぉ」
アリスは上履きにくっついたソレを、にょい~ん、にょい~ん、と伸ばしたり縮めたりしながら言った。
危機感より笑いのツボに入ったらしい。
「ソレ、スライムだよ。ちょっ、手で触っちゃマズイって」
アリスは素手でスライムをベリベリはがし、なおかつ、そのままヒト抱えほどもあるスライムをイジりまくる。
柔らかくて、グニャグニャしていて、癖になる感触。両手で思いっきり伸ばしたり、ギュっと潰してみたり。
「コレ、良くね?」
「イヤ、それ魔物かモンスターだよ。人を襲うヤツだよ。素手じゃヤバいって」
マサヒコ。ギャルの恐れ知らずぶりにドンビキだ。
しかし、アリスはマサヒコの忠告など無視して、スライムと戯れている。
キャッキャキャッキャと無邪気にハシャグ姿に、マサヒコはちょっとカワイイな、と思った。ギャルメイクがドギヅイが、アリスは整った顔立ちの少女だ。
ギャルじゃなかったらなー、ギャルじゃなかったらなー、とマサヒコは思った。
カワイイクラスメートとフタリで異世界転移なんて、美味しいシチュエーションなのに。
アリスもそうだが、マサヒコも今ヒトツ危機感が足りない。完全な平和ボケである。現実感がないというところか。
そんなフタリのところへ、ピョコンピョコンと白くて丸いものが近づいてきた。それも5体も。束売りの風船を限界まで膨らませたくらいの大きさ。そして、モフモフと白い体毛いに覆われている。
最初に気づいたのはマサヒコだ。
「アレ、なんだろう? ナンカ白いのが近づいてくる。新手のモンスターかもしれない」
ヒトリ言っぽく言って注意を促す。
特に、アリスから反応がなかったので、もう一度、少し声を大きくして言った。
「別のモンスターっぽいのが来たんじゃないか?」
「てか、ウチ、今、ソレどころじゃないし。マジ、コレ、どうすっか」
マサヒコが振り返ると、アリスが緑色の半透明ゼリーに取り込まれかけていた。どこでどうやってそうなったのか、下半身がスライムに覆われている。
先ほどまでよりスライムが大きくなっているようだ。
「なっ、ナニやってんの。ヤバいって、ソレ」
「知らんし。勝手にデッカクなったんだし。シゲオ、見てないで手伝ってくんない?」
あー、もー、ナニやってんだよ、だから触るなって言っただろうが、このビッチが。
などと思いながらも、マサヒコはカガんで、アリスの足を呑み込んでいるスライムを引っ張った。
ダメだ。伸びるだけで、ハガせない。
しかも、マサヒコは気が付いてしまった。アリスのスカートが水中みたいにフワフワゆらめき、チョクチョクまくれて、下着がモロ見え。スゴい、エロスだ。
「ちょっ、ボーとしてないで、ちゃんとヤレよ。マジ、使えないんだけどぉ。てか、アレなに? 超可愛くね?」
アリスがピョンピョン近づいてくる白くて丸いモフモフに気づいた。
「だから、別のモンスターが来たって言ったじゃないか」
「ナンカ、彼氏の部屋にあるクッションに似てるかも。1個貰ってこうかな」
「絶対、そんなコト言ってる場合じゃないから」
白いモフモフが確実に包囲をしているので、マサヒコも本格的に危機を感じていた。
とにかく、逃げないと。だけど、スライムはハガれないし。ホント、このビッチはなんなの、マジで。
ナニか使えるモノはないかと周囲を見回したマサヒコは、下草の間に、ピンク色のものを見つけた。
ポーチだ。ピンクのヒョウ柄。アリスのものだろう。
マサヒコはソレを拾うとファスナーを開いた。
メイク道具やらがパンパンに詰まっている。期待していたような使えそうなモノはない。
イヤ、1つだけ。小さな長方形の青いシースルーに銀の金属部。100円ライター。
タバコ吸うのかよ、と思いながらも、これならヒョットして、とアリス・スライムの元へ戻る。
「あっ、ソレ、ショーマのライター。アイツ、ウチに持たせるんだよね。マジ、そーいうトコ、ヤなんだよね」
どうでもいい情報を聞きながらも、マサヒコはライターでスライムをアブった。
スライムが可燃性だったらフタリとも火ダルマになるところ。
だがしかし、スライムはマサヒコのイメージ通り、ザザザっ、と勢いよく離れた。
おかげでアリスの下半身は解放された。
「今だ、逃げるよ」
マサヒコはイサんで言った。
アリスの手を取り、走る。
俺ちょっとカッコ良くね、と自画自賛する。なんか自分が主人公っぽくて、キラキラした感じに思えた。
ただ、すぐに白いモフモフに行く手をハバまれた。ピョンピョンと1メートルくらいの高さをハネまわっている。
マサヒコは運動が得意ではない。バスケではパスを受け取った瞬間にトラベリングをトラれるくらいだ。
白いモフモフの玉はゆっくりとした動きだが、マサヒコはビビりと運動神経の鈍さで突破できない。そうこうするうちに、ほかの白いモフモフも集まってきた。
「ナニやってんの。うんち(運動音痴)かよ」
アリスがダッシュ。白モフモフの横を通過。手を引っ張られたマサヒコも、一緒に突破。
そのままアリスは走り続ける。中学の時には陸上部だっただけあり、体力も脚力もある。
だが、その後ろで手を引かれて走っている男はそうはいかない。
ゼェゼェ、ハァハァ、ムリ、もうムリ、死ぬ、マジで死ぬ。
「ひっ、も、もう、と、止まって、死ぬ」
ようやくアリスがマサヒコの異変に気づいた。顔色が赤を通り越して青い。呼吸も、なんだかヤバい感じだ。
「シゲオ、マジ、ダメすぎだけど。アレくらいで息切れとか、ヤバくね」
アリスがアキレ顔だ。コチラは汗ヒトつカイていない。
マサヒコ、体力的にも精神的にも言い返せない。うつむいて、ゼェゼェと必死で息をする。
「てか、アレ、ナニ?」
「だ、だから、モ、モンスターじゃ」
カスレた声で言った。
「てか、シゲオの手、ベトベトで、キモいんだけど」
言って、アリスが手を振り払った。
あ、そういえば、女子と手を握ったの、いつ以来だろう、とマサヒコは思った。今さらながら、アリスの小さな手の感触を思い出し、トキメいた。
ギャルでさえなければなー、とマサヒコはまたしてもシミジミ思った。
マサヒコはギャルはオタクに優しいなどという幻想は信じていない。ギャルはギャルであって、陰キャでオタクな自分とは相容れぬ存在なのだ。
「アレ、ナンカ見えんだけど。なにアレ」
アリスが言って前方を指さす。
顔を上げたマサヒコはアリスの指の延長線上、はるか遠くに四角いものを見つけた。移動しているようだ。目をコラしてみると、どうも馬車のようだ。
「シメた。アレ、馬車だよ。アソコに道があるんだ」
言った後に、シメた、と生まれて初めて口にしたコトに気づいた。普段、シメた、などという言葉は使いどころがないのだ。
コレも異世界転移効果と言えよう。
「馬車って、馬が引くヤツ。ナニソレ、超見たいんだけど。ほら、シゲオ、行くぞ」
アリスがキンキン声で言った。
「イヤ、ここが異世界なら馬車なんて珍しくないし。それを言ったら、さっきのドラゴンの方が珍しいって」
マサヒコは走りたくない。もう3日分は走った。
「じゃあ、ウチ先行くわ」
アリスがアキレ顔で言った。
その言葉通り、スカートとブレザーのスソをヒラヒラ揺らしながら、走っていってしまう。
アリスは見る見る遠ざかっていく。
大草原でポツンとヒトリ取り残されたマサヒコは、ヒドく心細くなった。途方に暮れて空を見上げると、またドラゴンらしきシルエットが飛んでいくのが見えた。
さっきとは違う青色。今度は逆方向に飛んでいく。
「マジで異世界なのかよ」
ヒトリ言にしては大きな声。
すでに豆粒ほどの大きさになったアリスを追いかけて歩き出した。