襲い来る望郷(3)
「加速」
俺の口が術式を唱え、ベスティアークアに術が施される。
俺もトゥーリアも事態は把握出来なかったが、それでも身体は勝手に動いてサヌス様を避けようと短銃を引金を引き続け、術式を撃ちまくる。
しかし向こうも歴戦の強者。自動追尾などもものともせずに布で払い、あるいは斬り伏せ、事もなげに避けていく。
「立て続けに術を使ったら、とにかく海に向かって逃げろ」
「あいよ!」
海というか港まで行けば船で逃げられるという話なのだろう。確かに白の国にはそれほど大きな船はなく、戦に向いたものもない。トゥーリアが準備をしていれば逃げるのは容易いかもしれなかった。
「ラストー。お主はしばらく耐えよ」
「わかった」
自分の口から出された要求に自分で答えるのも滑稽だが、今はそれどころじゃない。何をするかはわからないが、とにかく術式による負担に耐える為に気を落ち着けておくだけだ。
「光を飲み込む闇夜」
突然、ベスティアークアを起点に炭のように黒い半円状の闇が広がっていく。
飲まれる事を忌避したサヌス様が距離を取り、しかし成長速度の速い闇はあっという間に周囲を飲み込んだ。
こちら側も方角でしか道がわからないが、数歩歩いてみて足元の心配がないとわかると、一気に駆け出した。
「光蝕む蛾よ」
広がった闇がぱらぱらと解けるように解かれ、しかしそれらは小さな虫となって周囲に飛んでいく。
最も近かったサヌス様はすぐさま布を解いてまとめて貫いていくが、いかんせん数が多いし何より的が小さい。触れられるとどうなるのかはわからなかったが、触れさせまいと対処しつつ距離を取られているおかげで、ようやく視界から見えなくなるほどには離せた。
「逃すか」
視界から見えないはずなのに、そう言われたような気がするほどの強い視線を感じ、思わずベスティアークアが長銃を抜いて構える。
「渦巻け水蛇の濁流」
俺の声でトゥーリアの術式が唱えられる。構えた長銃の先に水の球体が生まれ、螺旋を描く水柱が気配の方へ叩きつけられた。
「……すごいな」
思わずここまでのやりとりがどうなっているのか気になったが、俺の顔からは鼻息とため息が漏れただけだ。
「お前とこの娘の記憶から状況に合わせた物を分かりやすく作っているに過ぎんよ」
そう口にした後、俺の腹の奥底から何かが沸き上がり、焼くような痛みと共にベスティアークアの手の中でぶち撒けられた。
「ラストー!?」
視界がぐるぐると回って定まらない。
新鮮な空気を得ようと鼻や口は開くが、入ってくるのは痛いほどの酸味の強い匂い。
身体は冬のような寒さを感じて震えが止まらない。
「術式の過負荷さね!?」
「少し負担が大きすぎたか」
身体の内側に何か温かいものが当てられると、全身の震えが止まり、匂いも消えていった。
しかし疲労は色濃く残り、立ち上がろうにも足にも腕にも力が入らない。
「見えた!」
震える身体を奮い立たせてどうにか指の隙間から外を覗くと、海が見えた。
「さっさと逃げるよ!」
短銃が空に向けて一発撃たれると、上空で赤い光の玉となり、一呼吸の間に消えてしまった。
助かったのか。
自分でもよくわからない安堵を覚えつつ、俺は意識の維持を手放した。




