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【後編】竜に見出された僕は竜退治に出かけ~そして俺は殺戮者になる【完結】  作者: 葛原一助
最終話  たびのこたえ

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『始まり』が『終わり』を迎える(2)

 斬られたと気づいた瞬間、俺は反射的に飛んだ左腕を掴んで一歩下がった。

 この攻撃方法には覚えがある。


「……ヴィーレの……」

「まあ、原理は同じよな」

 そう呟く声は、俺の後ろから聞こえてきた。


「!?」

 サヌスの姿は俺の前から動いていない。術式で声だけを耳元に流している。


「音だけに気を取られると、さらに血が抜けていくぞ?」

 加速(アクセル)で瞬間的に迫ってきたサヌスは、強化された速度で剣を振り下ろしてきた。

 片腕のない状態ではまともに殴り合う事すら無理だと察した俺は、素早く後ろに引き下がって避ける。


「なかなか老体に術式の連続使用は厳しいの」

「……よく……言うっ……」

 一気に吹き出した血が俺の意識を奪っていく。


「ラストー!」

「だい――」

「――無茶を言うな!」

 ニグレオスが一声吼えると影が伸び上がって俺の腕の失血を抑え、持っていた左腕を奪い取るとそのまま腕をくっつけてしまった。

 指先を動かしてみたが、痛みもなく普通に動かせる。しかし斬られた部分は強引にくっつけたという明確な感覚があり、戦闘をするにはもう一つ術式で治療を施さないと危ない気がした。


「今しばらくは繋げるまで動くだけだと思ってくれ」

「……助かる」

 素直に感謝が口から溢れた。しかしニグレオスの表情は厳しいままだ。


「無茶をしろ。ラストー」

「……ニグレオス……」

 俺の右腕が疼く。力を使えと囁いている……などとは思わない。

 単に右手と左手のバランスが崩れてしまい、慣れない身体が反応しているだけだ。


「気に食わぬが、サヌスの言う通りだろう?」

「そうだな」

 そう口にすると、左手が右腕に触れた。

 そこには他の竜の力が脈々と流れていて、その力を使う権利を俺は有している。


「そうすれば、俺は確実に負けるだろう」

 俺はニグレオスの意見を真っ向から否定した。


「悪いが俺は器用じゃない。力があるからといって即座に使いこなせはしない。

 サヌスが試させてくれるかもしれないが、だとしても俺にそれほど時間があるわけじゃない」

 ここで戦っているのは俺だけじゃない。

 トゥーリアが頑張って妹と対峙している以上、俺は一刻も早くルースを倒さないと負担が増していくだけだ。


「だが、俺なりの無茶はしよう」

 ニグレオスの言葉を全て否定は出来ない。勝つ為には何らかの無茶は必要になる。

 いずれにしても、その負担の多くを担うのはニグレオスだ。


「もう戻れ。過去の話に花を咲かせるのは終いでいいだろう?」

「……ラストー……」

 ニグレオスは一度サヌスへと視線を向け、それから俺に向き直して視線をぶつけてきた。

 俺はただ、どう勝つかを思案し続けているだけだ。


「信じているぞ?」

「信じる以外にないだろう?」

 俺が想う以上にニグレオスには長い年月信じてきた期間があるのかもしれないが、それでも、今もまた信じてもらうしか俺にはない。

 ニグレオスが影の中に消えると左腕が疼き、腕を振るうを感覚が戻ってきていた。せめてもの手助けだろうと心で感謝を伝える。


「終わったか?」

「待たせて悪かったな」

 話している最中に、使えそうな力を一つ思い出せた。


「では、行くぞ?」

 向こうが剣を構える。

 俺は拳を構えつつ、力を使うべく術式の構築に取り掛かった。


「影よ! 汝が名は群れたる狼(グレックス)!」

 俺の足元から影狼が数匹浮かび上がる。いつもより小柄で僅かに数は多いが、これは次の媒介。俺の周囲から離れないようにさせたまま、本命の術を式にして吐き出した。


「立ち去るが良い。これより先は我らの縄張り」

 式に応じた補助反応によって、周囲の狼達から小さく警戒するような唸り声が上げられる。


「ひとたび群れに囚われし時に待ち受けるのは――」

 狼達が影を増し、俺を囲うように動き出す。


「――威圧する狼達コアクティオ・ウォルフ

 狼達が全員吼えると、俺の周囲に圧が出来たのがサヌスにも見えるだろう。

 俺は術式の成功とともに拳を構えた。


「ほう?」

 面白そうに眼を光らせると、試しとばかりに俺へ布切れを振るった。

 放たれた布が俺に当たる少し手前で急速に速度を失い、しっかり目で捉えた俺は身体を逸らして避けて拳で布の術式を砕いた。俺や狼達に傷もなく、術式も破壊されていない。


「なるほど。加速(アクセル)の対抗術式か」

「……これも知っているのか……」

「いや、結果から予想したまでの事よ」

 看破されるのが早い。とはいえ、これはこの狼のいる範囲――背面を含めた俺の可視範囲というのが俺の限界だが――に俺の嗅覚で捉えた対象の動きを遅くするもの。内容が小難しい術式じゃない。


「確かにそれなら、お主の意識が続く限りは対抗出来そうじゃな」

 術式を把握したからか、一気に術式の範囲へと入り込んで剣を振るってくるサヌス。


「くっ!」

 再び斬られるわけにはいかないので、減速する剣閃の位置を捉えて身を交わしつつようやく拳を向こうへ叩きつける。

 それを避けつつ、しかし術式の範囲ギリギリを見極めて身を引くのは流石だと言うしかない。


「細かい条件を組み込む余裕はないじゃろう? この狼がまとわりついたものだけを減速するという術式であれば、別に踏み込む事を躊躇う必要はない」

 サヌスも普通に剣を振るっては確実に避けられる。加速術式を使ってようやく元の速度と同じくらいだろう。

 それをわかっているからこそ、術式をこまめに使うために俺の術式範囲を見極めて離れるようにしている。


「だが、わしに対抗するにはちょうど良かろうて」

 サヌスがどれだけ術式を乱発しようと、俺の術式に減速されてしまえば俺の餓えたる狼の牙よ(ルプスオーリス)で変換できる。


「時間は有限じゃ。行くぞ?」

 お互いにそこまで理解したところで、俺もサヌスも拳と剣を構えての接近戦が始まった。

 剣というリーチがあるとはいえ、術式の大半は封じるこの術式に阻まれながら、培った剣の技術と己の能力に依った近接戦を繰り広げるサヌス。

 拳という短く狭い範囲とはいえ、入り込んだ攻撃は術式によって低速行動となる以上は、避けるなり拳で撃ち合うなりの対応を出来ている俺。

 金属同士のぶつかりあう音。床を踏み締める音。短く気合いの入った音。鋭い風切り音。

 戦いの旋律が、聴く者の居ない合唱が、二人だけの世界で響き続けた。


「どうにか追えているな」

「あ……ったりまえだっ!」

 これだけサヌスと戦えているのが初めてのせいか、少しだけ声に興奮が混じっている。

 気づくと精気に溢れていたサヌスの顔にヒビが入り、ところどころ皮膚が剥がれていた。

 術式の範囲から逃れようとするステップに一歩踏み出して追いつき、術式の維持を強要させる。

 逃れにくいのを悟ったのか、布を撒いて俺の視界を塞ごうとする。

 それを予期していた俺は、手早く拳を繰り出して一つ一つしっかりと破壊していく。


「これはなかなかに面倒な」

「褒め言葉として受け取らせてもらう!」

 戦いの高揚からか俺の喉が唸るのにつられ、周囲の狼たちも喉を鳴らす。

 出力の上がった術式に捕まり続けていたサヌスの足が、ついに術式の外へと出られず膝が僅かに落ちた。

 渾身の力なんていらない。

 普段のまま、術式を乗せて撃ち出した右の拳がその身体を捕え、そして狼が力を奪って突き抜けた。

 力を多少なりとも奪われたサヌスの膝が砕け、その身を横たわらせる。

 そのまま駆け寄り、身を上に乗ることで動きを封じ、拳を顔に突きつけた。


「……俺の、勝ちです」

「そうじゃな」

 サヌスはあっさりと負けを認めた。

 逃れようとする意思がないので《コアクティオ・ウォルフ》を解く。

 顔面の皮膚がぼろぼろで元の顔つきがわからなくなるほど酷いというのに、その表情は穏やかだろうというのは察せられるほど静かな気配だった。

 こうしている間にも末端から少しずつ身体が崩れ、全身の維持が困難となりつつあるのが目に見えていた。


「力の維持は……」

「馬鹿を言うな。老人にどれだけ無理をさせる気じゃ」

 歯茎を剥き出しにして笑われてしまう。


「諦めろラストー。わしはもう充分生きた」

 それは、俺に殺せと言っているのと同義だった。


「別にわしがしたようにしろとは言わぬ。だが、この心地良い心のまま逝かせてくれ」

 自然と身体が起き上がり、その全身を目に収める。

 俺が手を下さずとも、もう胴と頭しか残されていなかった。

 俺は何かを口にしようとして、何を言いたいのかわからず、結局口を引き結ぶしかなかった。

 右手に力を入れると、騎士武装(アーマメンタリウム)に施された簡易強化の術式が宿る。


 右腕を振りかぶり、その頭に拳を叩きつける。

 その手には、何の感触も寄越さず、ただ石畳を叩きつける音だけが響いた。

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