そして戦禍は赤き地へ(3)
術式を行使して馬が潰れるまで走らせたアタシらは、馬を適当に処分してすぐさま船に戻って出航させた。
目的地は赤の国なので陸続きで向かう方が本当はいいのだけれど、ラストーの容態が安定するまでは時間がかかるだろう。陸地では赤の国に襲われる――万が一の可能性を考えると黄の国からのやっかい事も有り得る――可能性がある以上は、こちらに有利な海上に逃げる方が良いという判断だ。
ラストーを部屋のベッドに寝かせ、術式で身体の様子や反応を確認する。
とりあえず術式の過剰反応が出ているのはわかっているので、血清を取り出して打ち込んだ。
汗が出て熱が少しずつ引いてきて、呼吸も整ってきた辺りでようやくニグレオスが表に出てきた。眉間に皺を寄せたままラストーの身体の上でぐったりと横たえた姿でいるから、部屋の保冷庫から酒を持ってグラスに注いでやると、身を起こしてテーブルの上に身体を移して舐め始めた。
「アンタがいるのに、これ打つ必要あんのかね?」
「儂が癒しても構わんが、普段の治療を施した方が身体の反応が良い」
再度グラスに酒を注いでやると、もうちびちびといかずにグラスの端を噛んで持ち上げ、一気に飲み干した。
「後々、儂の身体を使った《セルム》を作らせよう。これから先には必要だろうからの」
今まで行方が知れなくて作られなかった緑の《セルム》と、あるとは思われていたが流通には全く姿を見せなかった黒の《セルム》。そのうちの片方が手に入る――というか作らせて貰えるというなら、それは大きな価値となる――というのは導師として興味がそそられる。
とはいえ、話をしたい事はそこじゃない。
「それがわかってるなら、そろそろラストーに何があったか話して貰えるかい?」
「わかった。話そう」
そうして、アタシはニグレオスの視点から緑の御子とラストーの戦いのあらましを聞かせてもらった。
気になるのは、二人の外装骨格の部分。
「……アタシも知らない技術だけど、ありゃなんだい?」
「口で説明するのは簡単だ。要は、術式を介さずに意思で《エクステリオッサ》を強化したのだ」
確かに簡単だけど、ポイントとなるのは『術式なし』というところだろう。本当にそうなら、鋼騎士が大金はたいて武装を作る必要がないし、整形士や彫印士に頼んでいる細かな修正だって不要になる。
「それ本当にが可能なら、もっと戦いが楽になりそうなモンだけど」
実際にはそうならないだろう、というのがわかっているせいか、幾分冷めた口調になるのは仕方ない。
「可能ではあるだろうが、薦めはせぬよ」
「どうしてさ?」
わかっておろう? と言いたげに眉根を寄せて睨まれたが、アタシとしちゃあきちんと聞かせてもらいたい。いやいや喋らせても悪いと言わんばかりにグラスへ並々と酒を注いでやると、ため息を吐きつつも飲み干しておかわりを要求しつつ、口を開いた。
「まず第一に、お主もわかっているだろうが、存在粒子を外へと放出するというのは自分の寿命を自ら削っているのと同義。普通ならそのまま死ぬだけじゃ」
それはまあその通りだ。肉体でいう皮膚に当たる部分が斬られてしまうと、そこから出血のように存在粒子が流れ出てしまう。だからすぐさま術式や術式補助の入った布などで保護しないと、そのまま自分という存在が世界に還元されて消えるしかない。
「そして、外装強化する為には存在粒子を外装の表層に留めておかなければならん。そんな技術をラストーがどこで身に付けたのかはわからんが、誰しもが簡単に出来る事ではない」
確かにアタシもそんな技術の出所は知らない。これに関してはラストーが起きたら聞いてみるしかないだろう。
「第二に、存在粒子があったとしても、己をどうするかというのを強固にイメージ出来ていなければ、そもそも外装の強化は出来んじゃろう」
ため息一つついて酒を煽るニグレオス。
アタシとしては、アレは強化というより強い感情に引っ張られた本性とか異形の姿という方が正しいと思ってる。
とはいえ、術者としては強いイメージ力というのは必須条件ではあるから、ラストーだから出来たという事じゃない。
「最後に、そもそも強化する為の材料がその場になければどうしようもない。あの時は土地の状態が良かったのと、そもそも緑の御子が力を加減なく振るっていたせいで力が溢れていた。そして儂の力を用いてその力を収束させれたというのが大きい」
竜同士が争う事はなく、昨今では鋼騎士同士の戦いも――赤の国のような競技の時期を除けば――滅多にないので、戦場が荒れるという事もない。ラストーの場合は、周囲の力を吸収して――あと隠してはいるだろうけど、地面がかなり荒れていたところからすると大地からも――力を得ていたんだろう。
「それだけの要素を重ねていたって事さね」
「逆に言えば、ラストーには儂の力を使えばそういう瞬間的な強化は可能、という事じゃが――諸刃の剣でもある」
ニグレオスの頭がラストーの方を向くと、アタシも釣られた。
だいぶ深い眠りに入っているのか事態から数日過ぎたというのにずっと眠ったままだ。術式の過剰反応だとしても少し長いのが気がかりだが、ニグレオスに反応がないのだから安心していい、とは思っている。
「結局のところ、どのような形であれ竜の力を使い過ぎれば魔物へと変貌してしまう可能性は免れない。儂に出来るのは、それを出来るだけ遅らせる事くらいじゃよ」
話は終わりとばかりにテーブルから飛ぶと、ラストーの身体の上で丸くなった。
「じゃあ、アレはアタシも使えないってワケかい」
「お主が無茶をする必要はない。儂としては、人として少しでも長く生きて欲しいと願っておるよ」
そういうニグレオスの目はとても穏やかで、嘘偽りはない。
そもそもアタシとの契約を遵守しようとするなら、アタシを戦場にすら出したくはないんだろうけど。
それよりも、アタシが聞かなきゃいけないのは別だ。
「ラストーに背負わせるのは良いんさね?」
ラストーだけが苦しむのは、アタシとしては面白くなかった。
アタシは別に姫でもなければ国を背負った巫女ですらない。ただの失敗作だ。
青の国に迷惑をかけなければ何をしてもいいとは言われているし、好き勝手に生きてるとはいえ、誰かの下にいたいワケじゃない。
要は、ラストーとは対等でいたいのだ。
皮肉にもとれるアタシの言葉は、ニグレオスの表情を曇らせた。
しかしその表情はアタシにではなくラストーへと向けられたもの。
一つ息を吐いて気持ちを切り替えたニグレオスは、顔だけこちらに向けて口を開いた。
「……ラストーは、いずれにしろ背負うしかないんじゃ。勇者となる運命を決めたのはルースで、この戦いが失敗すればラストーはもう戦えぬ」
「どうしてさ? 記憶を消すだけなら存在は残るだろ?」
「忘れたのか。ラストーはプルの創り出した生命だぞ。プルに分け与えられた肉でしかないラストーには再び勇者となる権利がなく、しかも次の戦いに残されるかどうかすらわからぬ。ラストーが生き残れる方法は、自分の手でこの戦いに終止符を打つしかないんじゃ」
そうか、確かにラストーが妹に消されてしまう可能性は残るのか。
あるいは、記憶を消された後に力を奪われ、二度と勇者となる事が出来ない可能性も……。
ラストーがアタシの知るラストーのままいられるのは今だけしかない。
「……世知辛いねえ……」
「だからこそ、ラストーにもお主にも、出来るだけ生きる望みを持たせたいと思っておる」
「はいはい」
最強生物である竜にすら『生きる望みを持たせたい』と言わせる状況なら、アタシにどうこうするのは無理だ。
なら、アタシはそれでもラストーについて行ってやろう。
瓶の中に残った酒を飲み干すと、もうラストーに背を向けて部屋を出ていった。
そのまま甲板に上がると、空には満天の星空が輝いていた。
もう少し季節が進めば、この星空は見られなくなる。特に白の国へ向かう頃には、重い色をした雲に覆われてしまう。
感傷的な気持ちに浸れるのは、もうわずかな時間だろう。
夜間の見張りをしてる部下に酒を持って来させると、栓を抜いて香りを嗅いで出来を確かめる。
潮に混じって感じる古い木の香りをひとしきり楽しんだ後、中身を喉に通した。
焼けるような濃い酒精が喉を刺激し、空きっ腹に重く響く。
それでもアタシはほとんど酔わない。巫女として酒を飲むのは、術式を使う為の基礎能力を上げる為に小さな頃から馴れされられるからだ。
しかし、祭事として竜に祈りを捧げるときにも酒は飲む。
「ラストー。最後まで諦めるんじゃないよ」
どう諦めないのか。どういう幸せを求めるのか。
それはアタシにもまだわからないけど、それでも生きてほしい。
アタシは初めて、竜以外の存在に祈りながら、酒を飲み続けた。




