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【後編】竜に見出された僕は竜退治に出かけ~そして俺は殺戮者になる【完結】  作者: 葛原一助
第2話  わたるもの

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伴侶、生命、その有り様(2)

 森の中の獣道を、存在感のある緑の竜を連れた若い男(ヴィーレ)と、片腕周りを血で濡らした()が歩いている。

 ニグレオスに治してもらった腕は体毛の部分は生えていないが、貫通した肉部分は元通りになっていた。道中の動作確認でようやく痛みも薄れ、強引ではあったが治療してもらった事には感謝しかない。後はこのままゆっくりと歩きながら体力を戻していければ、どうにか戦える状態にまで戻れるだろう。

 一方ヴィーレの方は、時折、物珍しそうに立ち止まっては周囲を見回し、何かを見つけたらしばらく眺めては歩き出すといった様子で、何というか自由気ままな子供に見える。隣にいるニテヴィリ様も行動に口を挟む事もなく、向こうから聞かれた事に答えているだけで、さっき抱いたような雰囲気はまるで見せずに大人しかった。


「何処に向かっているんだ?」

 ある程度の地理は頭に叩き込んではあったが、この先は特に何かがあるわけではない。向かっている方向には崖もなく、強いて言えば見晴らしは良い、というくらいだろうか。


「この先にちょっと広い草原があってね。そこなら、戦いになっても迷惑はあまりかからないかな、って」

 俺の記憶を補完するようなヴィーレの言葉と、その後半の内容から気になる事がある。


「戦う気はあるのか」

「戦わなくて済むなら、それに越した事はないかなあ」

 平和主義か、それとも楽観主義か。

 今一つ判断に迷う中、ニテヴィリ様と頬を擦り合う姿を見せつけられ、俺の心にざわつくものが生まれる。


「でも、僕達が結婚しているというのはそんなに不思議かい?」

「獣人とならまだしも、竜と結婚、と言われてもな……」

「そうかな?」

 小首を傾げられたが、普通は有り得ないだろう。獣人は身体能力は優れているが人との結婚は相性というものがあり、子供に恵まれるかどうかは運頼みと言われている。それ故か同族同士での結婚が推奨され、異種族婚は長続きしないか、愛深き関係である者同士だけのものとされていた。

 勿論、俺は妹一筋なのでそんな事に興味もないので聞いているだけで終わっていたのだが、その究極的な異種族間である人と竜――そもそも竜が人と結ばれる関係というのも想像の範疇外ではあるのだが――がそういう関係にあるというだけで十分な異端なのではないだろうか。


「まあこの辺の議論はあんまりしてもしょうがないか」

 隣の気分が悪くなったのを察したのだろう。内心で身構えた俺に対し、触れ合う事で機嫌を直させながら、さっさと話題を終えた。


「何か僕に聞きたい事とかない?」

 唐突に何かと言われても困るが、ここまでのやり取りでふと気になったのを思い出したので口にしてみた。


「……ニグレオスが言っていたが、どうして今なんだ?」

「うーん。結論から言ってしまえば『僕の武者修行が終わったから』という理由がしっくりくるかな」

 夜空に浮かぶ星をあれこれ指差してはニテヴィリに星の話を囁かれながら、ヴィーレはそう答えた。


「武者修行?」

 うん、と頷くと、俺たちは森を抜けて広い草原地帯へと辿り着いた。遮るもののない場所で、風が背の短い草花を撫で付けながら俺たちの熱を取っていく。生身にしろ外装骨格(エクステリオッサ)にしろ、戦うにはいい場所と言えるかもしれない。


「少し――自分語りをさせてもらおうかな」

 恥ずかしそうにはにかみ、目を閉じて両手を広げ、ヴィーレの周りを遊ぶ風を感じながら話し始めた。


「僕の両親は子供を作るのが好きでね。僕は長男だったけど、ニテヴィリと出会った頃には弟が二人に妹が三人もいたよ」

 懐かしむように遠くを見る目は幼く、その背を縮めたような子供が多かったのだろうと思わされた。


「夏の、それこそ雲一つない空にいる月の綺麗な夜に、彼女は僕の元を訪れてね」

 風に乗っているのか、それとも緑竜の力の一端なのか。翼の羽ばたきもなく、水面に浮かぶ白鳥のようにヴィーレの側で宙を舞う。


「彼女は僕を従者として求め、両親は僕の意思なんて聞くまでもなく、喜んで差し出した」

 ニテヴィリ様が求めたというなら、ヴィーレの意思を聞かないのは当然だろう。

 全ての頂点に立つのは竜だ。最上位の存在にして世界の守護者なのだ。そんな存在に求められたのなら、喜んで差し出すだろう。


「最初は反発したんだけどね。

 旅の中であれこれ話し合って、彼女の目的を聞いて。

 手を取り合って長い時間を過ごすうちに、僕らは少しずつ打ち解けていった」

 膝を折り、鞘ごと剣を抜き、両手で前に差し出して顔を伏せる。

 姿を大きくしたニテヴィリ様が対面に立ち、緑色に光る風を周囲になびかせながら、長い首を下げて鞘に口を付けた。竜の加護が施された鞘はうっすらと緑の淡い光を帯びた。


「そして僕の成人を迎えると同時に、互いの決意を確かめ合って結ばれた」

 剣を腰元に戻し、改めて俺の方へと向き直った。はにかむ子供の様子はなくなり、きりりと引き締めた表情は幼さを残しつつも青年の階段を登った顔をしていた。


「以上が、僕の経歴だよ」

「……そう、か……」

 しかし、俺から聞いておいてヴィーレには悪いが、そんな経歴を聞いたところで肝心な部分がわからない。帯剣している以上は剣を使って戦うのだろうし、鍔や柄に術式槽があるのだから術式も使えるのだろう。

 だがそれは、あくまで想像の範疇でしかない。

 俺がそれ以上口を開かない事から満足したと捉えたのか、ヴィーレが話を続け始めた。


「そういう意味では、僕は君と同じかもしれない。君はルース様に育てられたんだろう?」

「……まあ、な……」

 屈託ない笑顔で言われると、白の国でのやり取りがまざまざと思い出されて、自然と俺の額に皺が寄るのを自覚する。


「僕はあちこちで武芸や戦術を学んできたけど、君はどうだい?」

「俺は……主にサヌス様に……」

 声が小さくなる俺に対し、ヴィーレの方は出た名前に対して大きく目を見開いて近寄り、俺の手を掴んで犬の尻尾のようにぶんぶんと振り回した。


「ああ! すごい人だよねあの人! 羨ましいなあ! 僕も教わりたかった!」

 語彙力がないようにも思えるが、どう凄いかを例えるなら前の俺もこうなっているような気がする。


「今からでも会いに行けるだろう?」

 会いたいとは思えない俺だが、しかしヴィーレには悠々と会いに行けるだろう。

 そう思って口にしたのだが、予想に反して眉尻を下げてやや悲しそうな表情を浮かべてしまった。


「んー……それが無理なんだよね。ちょっと理由があって城には入れないんだ、僕」

「どうして?」

「それは秘密」

 はぐらかされたのがありありとわかるが、しかし押して聞いたとしても答えてはくれなさそうだという確信があった。

 そう話を続けるかと思案する中、心の糸を振るわせる感覚が来る。小さな力ながらも力強い意志を感じさせるのは、ニグレオスの感覚だ。


(ラストー)

(どうした?)

(マノとコンタは無事だ。事情は話して向かわせたから、儂をいつでも呼べ)

 内心で一つ頷いて返すと、仲間の無事を確認し終えた事と、いつでも戦える状態にはなったという事が自然と安堵の息を吐かせた。


「あとは何かあるかな?」

 これが最後だろうと思いつつ、俺は根本的な問いを口にした。


「なんでこんな話をする? 俺とお前は敵同士だろう」

「そうかい? 権利を譲れば戦う必要なんてないと思うけど?」

 ヴィーレの言葉に、考えてもみなかった俺の目が丸くなった。


「……そんな事が可能なのか?」

「命を譲ればよかろう」

「……それは死ねというのと同じだろう……」

 竜としては当然だが人間としては呆れるしかない言葉に、俺の気が削がれる。


「もういい。どうせ殺し合うんだ。相手のことを知っても仕方ないだろう」

 静かに腰を落とし、拳を構えて向き合う。しかしヴィーレはまだ剣に手をかけず、俺から視線を外さないまま話を続けた。


「そうかな? 殺した相手の家族になんていうのさ」

「別にどうもしない」

「そうなの? 妹さんがいるんじゃなかったっけ?」

 妹という単語にどうしても俺の意識が反応して、半ば自動的に口が開いてしまう。


「……それがどうした」

「君が死んだら妹さんになんて言ったらいいんだい?」

「俺は死なない!」

 向こうはもう勝ったきでいるのか。それならそれでいい。その意志を殴り飛ばしてやる。

 餓えたる狼の牙よ(ルプスオーリス)を発動させて両腕に黒狼を宿すと、向こうも俺のやる気を感じたのか、ようやく剣に手をかけた。


「そうかい? じゃあそろそろ一度()ろうか?」

「望むところだ!」

 ヴィーレが静かに剣を抜く。鞘の形状から普通の長剣かと思いきや細剣だった。構えも突きを狙う型だ。


「じゃあ、行くよ?」

 緊張感のない言葉とともに、しかし視線は確実に俺を捉えたまま一突きした。

 当然、届くような距離ではない。

 しかし反射的に動いた俺の身体が、左の胸元付近から大きく抉れていた。


「……は?」「あれ?」

 俺の口から漏れたのは疑問の声。

 ヴィーレの口から出たのは、自分の一撃が外れた声。


「ごめんね。一撃で決めるつもりだったんだけど」

 先ほどと変わらない朗らかな声で話すヴィーレに、俺は何が起きたのかわからないまま地面に崩れ落ちた。

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