終わり始まり(2)
悪戯が成功した子供のようなはしゃぎようのサヌス様と別れて、俺たちは騎士団用の大浴場へと向かった。
更衣室が分かれている訳ではないので、並んで置かれている個人用の保管庫を前に使い方を説明し、俺とトゥーリアは挟む形で分かれた。
どうしたものかと頭を抱える俺に対し、向こうからは服を脱ぐ衣擦れの音が一方的に聞こえてくる。開けられた保管庫に服を乱雑に詰め込み、荒々しく扉を閉めて術式を起動させて服の洗浄を施しつつ、代わりに取り出した清潔な布で身体を隠しているのは匂いでわかった。
「俺はここにいるから――」
「――んな遠慮はいいから入りな。どうせアンタしかいないんだ」
顔を覗かせたトゥーリアは久々に服を全て脱ぎ、頭の上には布を巻いて耳を隠した姿だった。無駄な肉のない身体付きは天性のものだけではなく、俺には見えない所で行っている日々の訓練の賜物だ。その努力の積み重ねによる姿は彫刻のような美しいものだと思う。
「一応、女として扱ってくれる事には感謝しとくさね」
「……女性は立てるべきだろう」
仕方なくトゥーリアへ背を向け、後手で器用に扉を開けて服を脱ぎ出す。大して入れるものはないのであっという間に全裸になり、中から取り出した布で前を隠しつつ、しかし眉間には皺を寄せたまま前に向き直った。
「しかしアンタ。種族が違うから大丈夫とか前に言ってなかったさね?」
「それはそれ。これはこれ、だ」
眉間に強く皺が寄るのを自覚する――俺の様子を見なくてもわかっているのだろう。後ろを付いてくるトゥーリアが笑うのを我慢している様子が音でわかる。
「ちなみに酒は?」
「もちろんダメだ」
地下水を汲み上げて飲めはするが、基本的に持ち込めるのは布だけだ。
「まあ、仕方ないさね」
浴室の扉を開けると中は既に湯気が立ち込めていて、予め温められていたのかそれとも誰かが使ったあとなのか、湯船に並々と張られた水は十分に温められていて、黙っていると汗が浮き上がってくる。
お互いに湯船の端っこに行って――というか既にトゥーリアが身体を洗い始めてしまい、慌てて俺が別角に移動した――桶で湯を掬い全身にかける。被毛が水で濡れ、ここまで戦ってきた筋肉のついた身体が現れた。傷は術式で治っているし、戦闘をいくつも経ていて戦える身体になっていると思っていても、まだまだ背中すら見えない現状は、少し気落ちする。
もう一度、乱雑に桶を突っ込んで頭から思い切りお湯を被る。落ちる気持ちを振り払うように水気を払うと、意を決して潜るように湯船へ入った。全身が水に包まれ、静かに頭を水面から覗かせる。視線の先には、トゥーリアが石鹸を持って笑っていた。
「身体、洗ってやろうか?」
「断る」
別に身体を洗うのが嫌いなんじゃない。石鹸に付いている香料が苦手なだけだ。向こうも本気で洗おうと思っているわけじゃないだろう。ふっと笑って桶を縁に置いて肩までしっかりと湯に浸かっている。そもそもトゥーリアは旅の間に俺が風呂に入っているのも知っているし、香料の強い物が苦手というのも知っている。
「ああ、湯気で視覚調整してるんさね。白らしい。まあ局所を隠すにはそれが手っ取り早いからねえ」
お湯の湯気を使って、浴室に施された術式を解析したのか。相変わらず用心深いというか、研究熱心というか。
「声はちゃんと聞こえてるさね?」
俺の耳の動きを確認しているのだろう。ゆったりとしているにも関わらず、目だけは俺をしっかりと観察していた。
とはいえ、浴室で必要な保護と言えば男の視線だろう。
「変声は意味がなくないか?」
「そういう話じゃないよ。盗聴の問題さね」
「?」
それなら浴室内と外のどこかに通じるよう仕掛けられているという事になるが、それは――万が一そういう物があったとしてもどこに繋がっているかなんて――流石に思い至らない。
「これからどうなると思う?」
問うトゥーリアの視線は変わらず細められた視線で、それは戦場にいる時のような緊張を孕んだものだ。
「……おそらく式典の準備が行われ、俺がルース様の前で旅の終了を宣言。その後、希望の報奨を問われて俺が答える事になると思うが……」
どうしてトゥーリアがそんな目で俺を見ているのか分からないせいで、困惑しているのがありありと見て取れるだろう。俺の言葉に顎に手を当てて考え込むような姿勢のトゥーリアはしばらく黙ったままで、浴室は湯が流れる音だけが静かに続く。
「……何か心配事があるのか?」
「どうだろうねぇ」
はぐらかしているような、答えたくとも明確な答えがないような、少し眉尻を下げて曖昧さを表した顔をするトゥーリア。
「お前達の報奨は先に頼むつもりだが」
「それは有り難いね」
すっと答える辺り、それは問題にはしていないのだろう。
となると、もう俺には何を悩むのか分からない。
「何かあるなら話してくれ」
「アタシも、確証があるわけじゃないんさ」
布を湯に浸し、絞ったそれで顔を拭く。その間にも普段は誰にも見せない頭の上の耳が、時折何かに反応するようにぴくぴくと動いている。
ふぅ、と息を付いてトゥーリアが立ち上がった。慌てて後ろを向く俺に対し、どうしてか頭を撫でてきた。
「アタシはアタシで準備するから、アンタは楽しみな」
それだけ言うと、先んじて湯船を出る。
俺も被毛を乾かす時間がかかる為、待たせては悪いと急いで立ち上がり、その後を追いかける。
隣に並んでトゥーリアの横顔をちらりと窺うと、湯上がりの気の抜けた表情とは程遠いものだった。
「本当に全てが手に入るまでは、終わってないって事だからね」
真摯に告げられたその言葉に、俺の足は立ち止まった。
確かにまだ全てが終わってないのなら、俺はまだ前に進むべきなんだろう。
頬を叩いて気合いを入れると、少し遅れて俺も浴室を出て行った。




