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自覚と再製(5)

 雲ひとつない天候のおかげで行動の隠蔽には気を遣ったが、幸いにして他の船とかち合うこともなく――あるいは俺たちの事が広まっていて、航路の変更を余儀なくされたという可能性もある――、トゥーリアの宣言通りに目的地へ到着したのは三日後だった。

 空き時間に格闘の訓練をしたり、持ち込む道具の手入れをしたりで、時間が過ぎ去るのはあっという間だった。


「覚悟は決まったかい?」

「正直なところ、まだ迷っている」

 これは本心だった。

 そもそも実際には竜を殺したわけではない俺が、まだ新しい力とて使いこなしているとは言い難い状態で、本当に竜を殺していけるのか自信はない。


「……戦えるかい?」

 こちらを気遣うような声で訊ねるトゥーリアに対し、


「やれるさ。どうあれ死ぬ気はないんだ」

 最悪、逃げる事も考えているくらいには死ぬ気はない。


「とはいえ、今の俺では水中での戦闘は難しい。道中は術式補助に徹するから無理せずに頼む」

「あいよ」

 胸元から基礎模型(オルナメンタ)を取り出したトゥーリアはそれを放り投げ、ベスティアークアになる。

 海面から半身を現して差し出された手に乗ると、自分で術式保護を施したところで海に潜られた。俺が泳ぐような速度で海の中を進むベスティアークアから見る海底は天候と環境のおかげで澄んだ水の中は色とりどりの魚や珊瑚が鮮やかにその姿を主張し、こんな状況であっても自然と感嘆の息が零れた。


「……美しいな……」

「そうさねえ」

 ぽつりと呟いた俺に、トゥーリアも穏やかに同意を返してきた。

 魔物の気配もなく至って平穏な道の中、視界の先にぽっかりと口を開けた洞窟が見えてくる。念の為に周辺を調べて敵性生物がいない事を確認すると、中へと侵入していった。

 やがて水が引いて歩いて行ける場所に着くとベスティアークアの手から飛び降り、壁面に備え付けられた光源に術式で光を灯して奥へと進んでいった。

 道中、二股に分かれた道に出たので道光の順に向かうと、木箱がいくつか置いてあり先んじて向かったトゥーリアの口から笛が鳴った。


「こりゃあ運が良いさね。これだけありゃ、アンタの外装骨格(エクステリオッサ)は賄えるさ」

 開口一番、トゥーリアが箱から精製された銀を取り出して見せた。あの手に持てる大きさの銀が箱の中に入っているというなら、十分すぎる数がある事になる。


「ようやくきたか」

 どこからともなく声が響く。上から滴る雫が霧となり、元の総量に見合わない膨れていくと、竜の姿をとった。


「……フェミナ様……」

 その場で静かに膝を折り(こうべ)を垂れるトゥーリア。


「気にする必要はないぞトゥーリア」

 そんな彼女に対して穏やかな表情で微笑みかけ、静かに立たせた。


「ラストー。久しいな」

 フェミナ様の声は俺にも穏やかで優しく、母性のようなものを感じさせる。


「その銀はお主にやろう。ただし――」

 条件が突きつけられるのは想定内だ。何を言われるか。

 俺が生唾を飲み込み、一呼吸の間を開けて、フェミナ様が口を開いた。


「――我を、殺していくがよい」

 その言葉が耳に届いた時、俺の頭の中が一瞬白くなった。

 我を殺せということは、つまり目の前のフェミナ様を俺の手で死なせろ、という事だ。


「……何故、だ」

 その理由がわからない。


「どうして俺がお前を殺さなければならない!?」

「それが、お主に課せられた使命だから……では理由にならんか?」

 それは確かにその通りだ。だが、

「俺は妹を助けたいだけだ! どうしてお前たちの目的に従わなければならない!?」

 俺の目的の為に、どうして竜の目的を叶えなければならないのか。


「我を殺せないようでは、これから先の旅路がどうにもならん」

「どうして!?」

「今のお主が妹を得ようとルースのところに行ったところで、死ぬだけよ」

 それは疑問を一切含まない、ただの事実を告げる一言だった。


「そして、お主に妹は殺せない」

「俺はそんな事はしない!」

「だが妹はお主を殺せる」

 反射的に返した言葉に、さらに冷静で冷酷な事実が告げられる。

 妹はそんな事をしないと、とてもじゃないが言い返せない。


「お主が妹を手に入れたいなら、ルースを殺して妹を白の巫女の楔から解き放ち、一人の少女へと戻さねばならん」

 確かに妹が巫女で無くなれば自由になる。

 その為にはルースを殺す必要がある。

 それは理解出来る。


「だとして! どうして貴女を殺す必要がある!」

「ルースを倒すために力を付けねばならんからの」

 殺すために力を付ける。

 それは理解出来るが、だからと言って無抵抗のフェミナ様を倒すことでどんな力を得られるというのか。

 逡巡する俺を見下ろしながら、フェミナ様はただ静かにその口を開く。


「選ぶがよい、ラストック。

 ニグレオスの力を借り、我を殺して妹を手に入れる一助とするか。

 あるいは妹を諦め、全てを忘れ、己が望みすら捨てて生きるか」

 それは、選択とすら呼べない代物だ。

 全てを忘れて生きるなんて、死んだも同然。


「……っ、そんなの! 妹を手に入れる以外ないだろっ!」

 そして、妹がいなければ俺に生きていく意味なんてないのだ。


「なら、纏うが良い」

 それは、自らの意思で竜という存在を殺し、世界の守護を失わせてゆけという宣言に他ならず。

 つまり、言ってしまえば俺に世界の敵となれという事に他ならなかった。


「……ニグレオス。どうすればいい」

 俺は俺の求める答えを出せず、俺の中に希望を求める。

 身体の中から出てきたニグレオスは、地面に降りるなり静かに俺を見上げる。


「必要な銀と、いくつかの宝石を寄越せ」

 開いた口から吐き出されたのは、感情も何もない、ただの指示だった。

 それはそうだろう。ニグレオスもフェミナ様と同じ目的がある。俺の欲しい答えなんてくれる訳がない。

 誰もが動かないし動けない中、俺はのろのろと力なく歩き出した。

 近寄っていく俺を見たトゥーリアが、感情を無くしたような無表情で俺を見返してくる。

 すまないとは思いつつも俺の動きは止まらず、箱の中から適当に銀を漁り、無造作に自分の懐から宝石の入った袋を取り出してニグレオスの元へと戻った。


「材料はこれで良い。後はお前が纏う鎧の姿を想像しろ。

 儂がこれを加工しお前の外装骨格(エクステリオッサ)を造ろう」


「お前、が?」

「不満か?」

 別にそんな事はない。

 ただ、どういう原理でそうなるのかは気になった。


「金属の形状変化などどうとでも成るし、《エクステリオッサ》に必要な術式もトゥーリアに選別して用意してもらったものを組み込むだけだ。そこまでならば違反にはならんじゃろうて」

 この程度はどうとでもなると言わんばかりのニグレオス。

 早くしろと言わんばかりに俺の足元をばしばしと叩いてくる。


「想像により創造するのだ。

 普段から身に纏うているのが当たり前のように。

 意識せずともそれに『成る』と感じられように。

 己が力を認識し固持出来るように、固く、強く、思い描くが良い」

 力の象徴。

 そんなもの、俺にあるのだろうか。

 強さを思い描いてみても、どうにもあやふやでしか創れない。

 アレクエスは古くにある騎士としての姿を形にした物だという。

 ベスティアークアは古い御伽話にある上半身は人で下半身は魚という姿の生物が原型らしい。

 なら、俺も馴染みのあるものを描くようにするべきか。


「ぅ……おおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 自然と喉が開き、天に届くように吼える。

 身体が粒子と変わり、ニグレオスの圧倒的な存在を感じる。

 《エクステリオッサ》へ初めて搭乗した時のように、高揚とした意識の中で静かに目を開き、前と変わらない高さの視界を納める。


「……黒い、狼……」

 そう呟いたトゥーリアの声が視界の端から聞こえてきた。


「固定しろ」

 外見がどうなっているのかわからないまま、俺は久々に唱える術句を口にした。


「我纏う。

 祖は力。祖は体現。祖は世界。

 我が求むは確固たる意思の顕現!

 

 外装骨格(エクステリオッサ):ニージェルプス!」


 新しい力を名付けると、澄んだ音と共に外殻が確かに象られる。

 しかし同時に全身から汗が吹き出すような疲労感と、頭の天辺から足の爪先まで鈍い痛みに襲われた。

 無理矢理に作った反動か、あるいは術式負荷か、その両方か。


「……はあっ、はあっ……」

 息も絶え絶えで、思わず膝をついてしまったが、それでも顔を上げてフェミナ様へと眼を向ける。

 彼女は、俺へ微笑んでいた。


「俺は、貴女を、殺します」

「よかろ」

 今にも術式を解いてしまいたいのを堪え、右手に意識を集中する。

 餓えたる狼の牙よ(ルプスオーリス)が自動発動し、ゆらめくその牙をそっと胸元に当てた。

 牙が、その身体に食い込む。

 自然存在であるその身体に感触はなく、ただ俺たちの目に分かりやすく映していた姿は砕け散り、しかしそこに確かにいたという気配は失われた。

 うっすらと右手の爪から青いライン――フェミナ様の証明を頂いた部分――が手首まで伸びた。

 それを確認したところで、俺は術式を解除した。


 目の前には、もう何もない。


 フェミナ様は、今、ここで死んだ。

 俺に、殺したとわかる確かな感触を残して。

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