自覚と再製(4)
「……今日はここまでにするかね」
黙ってしまった俺に、トゥーリアが助け舟をくれた。
これ以上話を進めようにも、俺がこの状況では決まらないと踏んだのだろう。
「いずれにしろ金属を手に入れるためにゃ青の国の領域へは進まないといけないんさ。だから、明日からは船をそっちへと向けるさね」
「……そうだな」
頷きながらも視線を送れば、トゥーリアから欲しい答えが届く。
「この天候と風向きなら、最寄りの洞窟まで早くても二、三日かかるさね。それまでゆっくり考えな」
トゥーリアは指先で海図を操作して術式を解くと、ニグレオスからグラスをひったくって酒を飲み始めた。
「ニグレオス。アンタ専用の部屋はいるさね?」
「ラストーと離れすぎるのも考えものでの。同じ部屋で良い」
「じゃあ連れて帰りな。アタシもここでゆっくり飲むから、さ」
トゥーリアの視線が向かう先に視線を合わせると、部屋の戸がノックされ、コンタではなくマノが酒とつまみを持ってきた。
その理由を察した俺は、重い腰を上げて立つと頭を下げた。
「すまないな」「いいさね」
不思議そうに俺とトゥーリアを交互に見るニグレオスの首根っこを捕まえると、マノにも一つ頷いて返して自室へと歩き始めた。
「お前はもう少し儂に敬意を持ってだな――」
「いいから」
流石に悪いと思い、その身体を腰に抱えて再び歩く。
奥にある俺の部屋に着くとそのままベッドに腰を下ろし、隣にニグレオスを置いてやった。
何故かベッドから降りて何処かへと飛んでいくその姿を尻目に、俺の身体はゆっくりとベッドに倒れ込んでいく。
「あそこでコンタじゃなくマノが来たと言う事は、トゥーリアと何か話し合う事があるんだろう。向こうは俺と違うんだ」
そう話してようやく、ここへ既に料理が運ばれていた事に気付き、少し身体を起こしてみれば小さな机の上に料理の他にも瓶が置かれてあり、流れてくる空気からどうやら水で薄められたワインがあった。俺があまり飲まないのを知っているコンタが、気を利かせたのだろう。
そうとわかると、俺は再びベッドへと沈み、見慣れた天井を視界に収める。
「……俺は、どうするべきなんだ……?」
ぽつりと呟いた言葉は静かな部屋に響く。
「それを儂に求めてどうする」
「愚痴だ。聞こえるだろうが気にするな」
ニグレオスにそれだけ言うと、疲労からか沈みそうになる意識の中、左手を突かれて起こされた。
訝しみながら身体を起こせば、隣に乗ってきたニグレオスが俺の知らない酒瓶を横に置いて座っていた。
「少しは飲んでみたらどうだ?」
「別に酒が飲めないわけじゃない。単に苦手なだけだ」
「味がわかるなら重畳」
そう言うと、酒瓶を俺の手に握らせた。どうやら開けろという事らしい。
半ば嫌味のつもりでわざとらしくため息を付くと、俺は爪で封を破り捨てて栓を引き抜いた。
良く見ればご丁寧に小皿を用意もしてあったが、ベッドの上にこぼされてはたまらない。ニグレオスごと机に運んで中身を分けると、喉が渇いた鳥のように勢いよく飲み出す向こうに対し、俺は恐る恐る鼻を近づけて香りを嗅いだ。
古めかしい樹木と木の実のような香り。とても微かに柑橘の香りもする。おそらくは良いウィスキーなのだろうが……
「……なんで俺の部屋に?」
「わしもここで寝泊まりするのでな。少しくらい儂の好みの物を置かせてもらっても構わんだろう?」
小さな隙間を残して開けられた机の最下段から、瓶詰めされた何かがあった。おそらく酒だろう。
トゥーリアもそうだが、どうしてこんなものが好きなのか。
「……わかった。付き合おう」
しかし、俺はその疑問よりも今は付き合うべきだろうと結論づけて、握ったままの瓶に口を軽くつけて流し込んだ。
喉が焼けるような刺激の中、鼻腔を香りが抜けていく。
「……苦い、な」
舌が熟れれば美味いのだろうが、それ以上に飲み慣れないせいで苦さや熱さが喉を締め付ける。
「たまには酔うのもよかろうて」
そう口にする本人は全く酔った素振りを見せない。そもそもここに至るまで酔った様子など一度もない。
見られている事に気づいたのか、こちらを見て口角を少し上げた笑みを見せると、再び飲み始めた。
飲む相手としてどうなんだとは思ったが、逆に酔ったらどうにかしてくれるだろう。
ちびちびと口を付けて飲んでいく。喉の熱さが腹の奥に移り、張っていた気持ちがふんわりと解されてしまう。
飲み進めていくうちに熱が全身に波及し、たまらず俺は椅子から立ち上がり、赤子のような鈍い足取りでベッドに辿り着くとそのまま頭から飛び込んだ。
吐くような気持ち悪さはないが、ぐらぐらとした酩酊は治らない。
微睡むに任せて目を閉じれば、すぐさま寝息が漏れていく。
何も感じず、考えず、ただただ貪るように眠りについた。
夢は、見なかった。