自覚と再製(3)
コンタに適当な料理を船長室へ運んでもらうよう頼み、俺たちは中へ引っ込んだ。
ベッドの上にニグレオスが乗り、俺は椅子に腰を下ろし、トゥーリアは自身の机の上に広げてある海図の前に立つと海上の一点に青い石を置いた。
「さて、じゃあ今の状況を説明していこうさね」
小さく術式を唱えて海図に触れると、海図に色彩が生まれ、簡略化された海や山、街並みが生まれた。
「少し前にも言ったけど、アタシらは今、白と青の境界に当たる海域にいる」
トゥーリアが指した石の先端は白の国を向いており、風向きを考慮しても白の国へ向かう方が速そうではある。
「白の国に行けば銀は手に入れられるのかね?」
「一応、自国で賄える分の採掘場はあるが、あそこは盗難防止で常に交代制の警備が敷かれている。しかも今ならルースの眼で俺たちが捉えられてしまうから、そっちの線は一切無しだ」
ニグレオスへの事情説明も兼ねて、白の国へ向かわない事を明言しておく。
「となると、やっぱり青の方さねえ」
やれやれと言った面持ちでトゥーリアは海図をずらし、青の国の領域を広げてみせた。
青の国は基本的に小さな島国が綿密になることで国を形成している事もあってか山は低く、高い山は活火山として活動している面が強く島民がいない島だったりと、それほど鉱業に向いているとは言えない。
「見当はついてるのか?」
「一番手っ取り早いのは、フェミナ様の洞窟に入っちまう事だね」
フェミナ様の洞窟となると、ようは海底洞窟となるわけだが、そんなところで鉱石が掘れるのか。
「……海底に銀の採掘場があるのか?」
「いやいや、採掘場は他にあるんさ。ただ、フェミナ様は銀が好きらしくて気まぐれに鉱石に加護をくれるんさね。それで、時期に関係なく精製した銀が保管されてる場所があるのさ」
俺の使っていたアレクエスも、ルース様が加護をくれた物だった。加護のあるなしが性能に大きな影響を与えるわけではないが、あると術式の作用が働きやすくなるため、加工したり彫込をする工程が楽になる。
「それを拝借するのか」
「素直に盗むって言っても良いさね。どうせ返すアテはないんだからさ」
確かにその通りだが、話し合ったり好物で返せるというのなら穏便に解決したい。
「楽といえば楽な話だが、問題はないのか?」
「二つあるさね」
トゥーリアは机の引き出しから小瓶を取り出し、ショットグラスに注いで喉を湿らせた。
「一つは銀の置き場が固定してないって事さね。これはまあフェミナ様のお気に入りになっている住処がいくつかあって、その何処か一つにまとめておくか、あるいはあちこちに――アタシが知ってる箇所から増えてなきゃ全部で四箇所だったかな――分散させてるかは、情勢で代わっちまうのが難点だね」
「場所の問題が解決されてるなら手当たり次第でも良いわけだから、そこまで問題ではないな。もう一つは?」
「フェミナ様に見つかった場合、戦闘になる可能性があるって事さね」
フェミナ様が非戦的とはいえ住処に泥棒を働いている者を見逃す理由がないのだから、確かに有り得るだろう。
「その辺はどうなんだ?」
横で呑気にトゥーリアの酒を拝借して飲んでいるニグレオスに声をかけた。
「なぜ儂に聞く?」
「お前が戦いを止めるかどうかが重要になるだろう?」
「儂は止めはせぬよ」
こちらを見向きもせずちまちまと舌を伸ばし、トゥーリアのグラスの中身を舐めるように飲んでいるニグレオス。
「何故だ?」
「それが我らの目的だからのぅ」
さも当然のように――確かにニグレオス達にも目的がある以上は当たり前か――言ってのけると、しれっとおかわりを要求した。トゥーリアはグラスになみなみと酒を注いでやると、自分は瓶に直接口を付けて飲み出した。
「……ルースを殺して妹を取り戻す、では終われないのか?」
「仮にルースを殺せたとして、その後に他の竜が国を上げてお前を殺しに来ないと思うのか?」
「……そう、だな……」
自分でも迂闊だと思った。確かに白の守護が無くなったのなら同盟国である青はともかく、公的に嫌われている赤は攻め入ってくるだろうし、場合によっては黄も来るかもしれない。
「妹を取り戻したところで、平和な事にはならぬよ」
自分用のグラスをもらったからか、口をつけて顎の力だけで持ち上げ中身を一気に煽ったニグレオスは、眉尻を下げてどこか労うような顔付きでこちらに振り向いた。
「だが、妹を取り戻せたという事実は残るし、全てが終わった後に妹と二人でどこかへ隠遁する事は出来るやも知れぬ」
「……………………」
それは、どこか気休めのように聞こえた。
「妹を取り戻したいなら、ここで決断しておくと良い。全てを敵に回してでも妹を取り戻すかどうかを、な」
穏やかに告げられた言葉が、俺の中に深く刻み込まれていく。
これからどうすれば良いのか。
その悩みが、ようやく、俺の中に生まれた。