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自覚と再製(2)

 動きを止めた俺の右腕から狼が霧散する。

 止めていた身体が膝から崩れ落ち、それでも仰向けになってトゥーリアの顔を仰ぎ見た。

 術式の使いすぎで気持ち悪いだけでなく、疲労で全身から汗が吹き出すし、息も絶え絶えだ。

 雲ひとつない青空を覆い隠すように上から覗き見てくるトゥーリアに、俺はどうにか息を整えて口を開いた。


「……どうだ?」

「前とは違い過ぎて別モンだって言うしかないさね」

「俺もそう思ってる」

 差し出された手を掴んで立ち上がったが、膝に力が入らず再び甲板に手をついてしまった。

 そんな俺の様子を見かねたのか、酒臭い匂いを振り撒きながら俺の側に降り立ったニグレオスが疲労だけ取り除いてくれた。


「体調は?」

「お前のおかげで快調……だ」

 確かに疲労は抜けたはずだが、何故か三度目の膝をついた。


「ラストー!?」

「術式の循環が上手く言ってないようだの」

 肉体の疲労だけでなく、術式の連続行使による負担がさらに乗ってきたのだろう。

 もう諦めてそのまま甲板に寝転がって休むと、俺の身体の上に乗ったニグレオスがちょこちょこと動き回る。


「咄嗟に作った術式を連続行使している形だけに、術式のバランスが悪いのだろう。減速と融合の術式が連動する形で作り直した方が良かろうな」

「……そう、だな……」

 疲れた体を風が身体を撫でる。

 一つの希望が持てる戦い方が出来ただけに気分は明るい。

 周囲では心配しているのかどうなのと不安になっている連中には続きをしてろと声を上げれば、宴会が再び始まった。

 そんな輪の中で甲板に寝ている俺とニグレオス、そして側に腰を下ろしたトゥーリアは次の問題の話を始めた。


「後の問題は基礎模型(オルナメンタ)外装骨格(エクステリオッサ)か」

「そうさねえ」

 コンタが持ってきた水袋で喉を潤しつつ、これが一番難しい問題だなと感じていた。


「今から作れぬのか?」

「そもそも《オルナメンタ》に使う金属が船にないさね」

 銀はともかく、金や水晶なんかは持ち合わせがない。

 そもそも新しく作るのであれば、そもそも今の俺に合わせた宝石を用意する必要があり、いずれにしろどこかで調達しなければならない。


「作り方としちゃあそう難しくはないんだけどね?」

 トゥーリアは自分の《オルナメンタ》――ベスティアークアを取り出して見せる。

 ミニチュアサイズではあるが鎧の各所に精緻な細工が施された精巧な作りのそれは、宝石や金属を磨いて削って作られた技術の結晶だ。

 持ち手が失われた後に一部の好事家へ買われる事もあるのがこれだ。もちろん乗る事は――大金とある程度の名誉とコネがあれば乗れるようには出来るだろうが、早々に国に目をつけられるのは確かだ――難しいが、装飾品としての価値は充分ある。


「まず金属を溶かして術式で作った鋳型に流し込んで(かたど)る」

 甲板に置いたベスティアークアがトゥーリアの指先に触れると分離して個別のパーツになる。


「次に部位事に術式を彫り込み、装着者の血を流して媒介面を作る」

 パーツとなったそれを一つ摘むと、術式を介して表面を拡大する。文字として掘り込まれた術式がうっすらと光って見せるのは、術式の変更をしやすくするためだ。


「細部の微調整――ここはもうデザインとしての部分や、国章、カラーリングなんかの段階さね――して完成」

 パーツを(つつ)くと、パーツ同士が引き合って元の型に戻った。

 不意に訪れた陽光がその青い身体に反射し、よく手入れされた姿を見せつける。


「金属はなんでも良いのか?」

「基本的には銀さねえ。柔らかくて加工のしやすさもあるし、術式媒体として優秀だしねえ。あとは水晶の削りカスなんかも使うらしいけど」

 トゥーリアが俺に視線を向けたが、俺も流石に細かい作り方は詳しくない。ゆっくりと身体を起こしながら首を振ると、そこで話は止まってしまった。


「ふむ」

 しげしげとベスティアークアを眺めていたニグレオスが、その頭部に手を乗せてペタペタと触りまくる。しかし物足りないのか、両手で持って抱き抱えるとトゥーリアの方へと向き直った。


「トゥーリアよ。お主のこれ、解析しても構わんか?」

「いいけど、どうするんさね?」

 興味もあってか気楽に答えたトゥーリアの目の前で、ニグレオスは大きく口を開けて、


 ごきゅっ


「げ」

 ベスティアークアを丸呑みした。

 明らかに体積的にはニグレオスの方が小さいはずだが、竜の見た目など当てにならない。飲み込まれた腹の中で何やら蠢き、うんうんと一人で頷きながら喉を鳴らし、満足したところで吐き出された。

 飲み込まれる前よりも表面がつやつやとしていて、どうやら天からの光ではなくベスティアークアそのものが発光しているように見える。


「儂をなんだと思っている。唾液なんぞついておらぬわ。解析ついでに表面の汚れは取り除いておいたがの」

 鼻息荒くベスティアークアをトゥーリアに押し付けると、眉間に皺を寄せながら受け取った。

 ぶつぶつと小さく術式を呟きながら表面の状態を出すと、ますます嫌そうな顔をして結果を眺めていた。


「……マジで術式保護されてるわ……きも……」

 普通に考えれば竜から加護をもらったようなもののはずだが、その手段を目の前で見せられると引くのはまあ当然か。


「ふむ」

 再び頷いたニグレオスは口直しかどうかわからないが船員に酒を要求して一杯やると、視線をベスティアークアに向けながら口を開いた。


「確かにおおよその原料は銀であるが、形状は結局のところ自由なのだろう?」

「そうさね」

「であればまずはどこかで原料を仕入れるところから始めるべきではないか?」

 確かにニグレオスの言う通りだが、白の国であればともかく俺は仕入れ先に当てがない。

 頼みの綱はトゥーリアだが、顔を向けると困った顔で頬をかいた。


「まー手に入れるだけならアテはあるさね」

 とはいえ問題がないわけじゃないさね、と小さく付け加えた。

 俺に向けているという事は、金銭の問題かあるいは今の状況か。


「まあ、まずは手に入れてからだ」

 酒を煽り、自信満々に言うニグレオス。

 竜の言う事だから、と信用していいのか悪いのかわからないが、動かない事には前に進めない以上は先に向かうと決めた方が良いだろう。

 トゥーリアと共に立ち、促されるように肩に手を乗せて身体を支えてもらうと、俺は一息吐いて意志を告げた。


「俺たちは明日から新たな目標で動き出すぞ! お前ら! 今日はこのまま英気を養っておけ!」

 おおお! と大きく歓声が上がる。

 あちこちでこれからの予定を口々に話しつつ、何もない海の上で燻っていたのだろう皆の目に生き生きとした光が宿る。

 少し、待たせてしまっただろうか。

 本当に新しい目標が出来るのはこの後なのだが、あながち嘘でもない。

 俺の中にまだ迷いがある――そもそも《エクステリオッサ》を新たにしたところで俺はどうするのか決めていない――中で、俺たちは船室に戻った。

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