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自覚と再製(1)

「どうした?」「姉御とラストーが甲板でバトるってよ!」

「やれやれー!」「死ぬなよー!」

「オレは姉御に10枚!」「オレっちはラストーに20枚だ!」

 俺のリハビリとして甲板で模擬戦をすると船員に話したらこれだ。

 まあ俺が倒れていたせいで時間を持て余していたのは確かだろうが……。

 トゥーリアはトゥーリアで止める気もなければ胴元を探して賭けに参加する始末だ。


「……やれやれ。人の気も知らないで呑気な……」

「これくらいは許してやってくんな。何せ、ただ海の上を漂ってるだけでみんな暇なんさね」

 俺もそれは理解しているからこそ、口で不満そうに言っても表情は落ち着いていた。


「……俺とお前の戦闘は、連中にはそんなものか」

「そりゃそうさね。ついでに出来るなら、連中のテンションを盛り上げてやってくれると気分良いんじゃないさね?」

 やれやれと嫌そうにしながらわざとらしくため息をつき、盛り上がっている連中を睨みつける。


「お前ら!」

 俺の一喝に、連中の動きがぴたりと止まる。


「俺の訓練を娯楽と思うなら存分に盛り上げろ! だが流れ弾には気をつけろよ!」

 叱られると思っていた連中が好きにしろと言われたのだとわかると、雄叫びと共に防護やら何やらを準備し出した。

 しかし、大砲使って術式光を打ち上げようとするのは流石に止めた。連中には娯楽かもしれないが俺にとっては訓練だし、全体としてはそもそも逃避行の最中だ。広い海の上とはいえわざわざ居場所を知らせるような真似は――誰が見てるかわからない以上――したくはない。

 とにかく盛り上がってはいるようなので、トゥーリアへ連中を指差しつつ振り向いた。 


「これでいいか?」

「充分なんじゃないさね?」

 樽ごと酒を持ち出し、大皿に肉だ魚だと大盛りに盛り込んで観戦の準備を始めていく連中を眺めてから、懐から透明な石を取り出した。 


「じゃあ一応流れ弾避けの術式だけは結界として貼らせてもらって……と」

 とりあえず適当に……と口にしながらも、てきぱきと術式を施していく。

 要石を甲板の中央に置くと、俺とトゥーリアを閉じ込める半球上の結界が出来上がった。

 要石からお互い数歩離れて向かい合う。


「さて、いつでもいいさね」

 俺の方は武器は何もない。しかし移動系術式を駆使した体術はある。

 トゥーリアの方は腰元の短銃のみで、長銃は用意してない。護身用の術式短剣はあるらしいが、抜いたところを見た事はない。

 ようはお互いに主武器はない状態だ。


「武器は?」

「今は無くていい」

 拳を握って構える。もちろん銃を使うトゥーリアに対しては圧倒的に不利だ。


「へえ。素手でアタシに勝とうってのかい?」

「安心しろ。しばらくはお前の独壇場になるさ」

 切れ長の目を細めたトゥーリアは口元に小さな笑みを浮かべ、引き金を立て続けに引いた。

 澄んだ音と共に撃ち出される青い水流をしっかりと目で捉えつつ、ギリギリのところで避ける。勢いのある水流は甲板に弾かれ、しかし水流の勢いは衰えずに踵を返して再び俺を襲いに来た。


「銃弾に追尾を入れる辺り、容赦する気はないようだの」

「最初からそうだったさ!」

 そもそも訓練とはいえ、手抜きを要求した覚えはない。

 とりあえず身に馴染んだ術式を思い浮かべ、術句を口に乗せた。


加速(アクセル)!」

 術式の発動した感覚はあるが、やはり速度はほとんど上がらない。

 すぐさま術式を切り、襲い来る術式を回避するのに専念した。


「くっ……! やはり速度が上がらないか!」

「わしの力は加速術式に向かぬからな」

 ちなみに呟いているニグレオス自体は酒宴の酒樽の上に乗せられて見学していた。手は骨付き肉を掴み、口は肉をちまちまと摘んで傍らの酒を飲んでいるが、しかし声は頭に直接響いているので会話に問題はないようだ。


「となれば、あの時の周囲が遅くなったような知覚は……」

「そう。言うなれば減速術式よ」

「戦い方がまるで変わるな……!」

 それならと即興で術式を編み、どう戦うかを考える。


「我が目に映し物、動く事(あた)わず! ――停滞する認識スタグネイト・ペルセプショネ!」

 術が発動すると、加速していた時に似たような動きがゆったりとしたものへと変わっている。

 目の前には、肩口と右腕を狙った蛇の顎を模った水流が迫っていた。

 前よりも一歩。

 さらに掠めるように一歩。

 あえて手で触れられそうなほどぎりぎりまで近づき、水流に手を近づけて避けた。

 視界から後ろへ水流が流れたところで加速する音が聞こえ、そこで俺の術式が途切れる。


「術式で動体の反応速度も見極められるのか」

「その術式構成なら、視認出来る範囲内に入った段階で対象になるからの」

 しかし加速術式は自分の肉体に対して付与するのに対し、これは俺の視界内の空間に力を投射する形だ。能力が視界内に限定されているのは、単純に俺が投射系が不得手だからだ。


「へえ。なかなか面白いじゃないさね」

 このまま続けていても当たらないと把握したのか、左手にもう一丁短銃を構えるトゥーリア。

 数を倍にするのか。それとも別の手があるのか。

 しかし今は避けるのが出来るだけで、防御か攻撃にはまだ一手欲しいんだが!


「じゃあ、ちょっと重めの行こうかねえ」

 右手だけ撃っていたのを左手にも銃を抜き、上に向けて構えた。

 どういう術式にしろ、防御としてもう一度スタグネイトを使う。


「回せ回せ! これなるは螺旋の導き!」

 術式と共に打ち出された雲のように真白い力がトゥーリアの眼前で円を描き、ひたすらその場で回り続けている。


「貫け! 消失する弾丸ディサピアランスブレット!」

 円の中に撃ち込まれた力が、音もなく――いや音はあるのかもしれないが耳に捉えられていないのかもしれない――俺の眼前まで迫っていた。

 俺の《アクセル》など比べるべくもない、圧倒的な加速で撃ち出している。

 それだけ理解すると、俺はその一撃をどうにか避けて迎撃する為の術式を思い描く。

 同時に、視界の中のトゥーリアが二撃目を放ったのを捉える。


「 須 《すべから》く万物は我が血肉! 喰らえ! 餓えたる狼の牙よ(ルプスオーリス)!」

 術式が発動すると、俺の腕に影で作られたような黒く実体の薄い狼の頭が両手に生まれ、それを弾丸に叩きつけた。


「……流石に咄嗟の術式では無理があるか……!」

 力の勢いはかなり削がれたが、それでも力が足りずに握った拳が跳ね返され、俺の身体が結界の端まで吹っ飛ばされた。

 背中をぶつけた痛みよりも、吹っ飛んだ右手の方が力が入らず垂れ下がっていて気持ち悪い。


「無茶するねえ。手が裂けてるじゃないか」

「お前の術式を食おうとしたんだ。それくらいは覚悟してる」

 術士としてはトゥーリアが上手である。

 術式強度も即興の俺の術式では、真っ向から撃ち合って負けるのは当然だろう。


「治すかの?」

「いや、いい」

 ニグレオスへ即座に返し、拳を構えて立つ。

 闘志が落ちていないと感じたトゥーリアは、手早く右手の弾倉を取り替えた。


「もう少し付き合ってくれ」

「あいよ!」

 あの加速術式を通じてトゥーリアの連続砲撃が襲ってくる。


「減速術式を短時間で連続使用して、攻撃を見極めろ」

 俺に必要なのは、術式の効果を見極めるのと、その調整。

 撃ち出される弾を認識する度に術式を発動させ、弾道を読んで避け、一歩ずつ前に進む。


「まだ前へ出ろ」

 トゥーリアとの距離が縮めば縮むほどに術式の使用間隔は短くなり、逆に瞬間的ではなく継続的な力へと変える。そしてその距離感を掴むため、あえて足を止めて動きを見ていく。

 俺のやっていることに気づいたトゥーリアは、空いている左手で先ほどまでの水流を作り出して俺に向かわせる。


「進め」

 相対する術式数が増えようと、俺の視覚内に入れば――頭が少し痛くなるのは、俺の処理能力が足りないからだろう――全て停滞する。

 隙間を見つけ。

 前へ向かえるルートを通り。

 確実に一歩ずつ進み寄っていく。


「食え」

 停滞術式を継続する段階まで踏み込むと、さらに腕に《ルプスオーリス》を纏い、密接してくる術を拳で削るように撃ち、右腕の傷を修復させる力へと回していく。

 トゥーリアとの差があと一歩というところで右腕の傷が癒え、手の調子を確認する為に拳を握って確かめる。


「決めろ!」

 左腕の術式が消え、右腕にのみ力が集中する。

 大きくなった狼の顎門を振るい、向かってくる術式を喰らい大きく育ちながら、しかしそれはトゥーリアの眼前で動きを止めた。 

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