決断(3)
ここまで出た情報をそれぞれ整理するため、三人とも黙って飲み物を口にする。とはいえ、内容としては――ニグレオスが真実として語ったという事実がなければ――荒唐無稽と言っていいような話だ。
それに、気になる事は一つある。
「もし、俺が辞めたらどうする?」
「失敗とみなし、我ら六竜全員の許可が出た時のみ使える初期化を行い、新しく勇者を作って同じ事を行う」
聞き慣れない言葉に、俺は首を傾げた。
「《リスタート》? どんな術式なんだ?」
「世界じゅうの人間の記憶に干渉し、勇者に関する記憶のみを消去する。勇者候補には改めて勇者としてどう過ごしてきたかの記憶を構築し、改竄するんじゃ」
それは信じられない術式だった。たとえ全員の総意が必要とはいえ、俺たちの記憶を弄れるのならいかようにも勇者は作れるという事になる。
「……じゃあ俺が辞めたら……」
「状況的には妹が勇者の続きをやるのではないか? 妹の能力もある事だしのぅ」
それは、俺がいなくなって妹一人で旅をするという、あまりに想像したくない話だった。
しかも、記憶が書き換えられてしまえば、当然、俺の事は全て忘れるだろう。あるいは、全く知らない新しい男が隣にいるのかもしれない。
「……妹を元に戻す方法はあるのか?」
「元、という状態が何を示すのかわからぬが、ルースによって性格が変わったと思うならルースを倒すしかあるまい」
何気なく言われたが、それは俺に育ての親であるルースを殺せというのに等しい。
「……俺が、ルース様を……?」
全ての要因であり、妹が変わってしまった原因となったルース。
同時に、街で死にかけていた俺たちを拾い上げ、ここまで育て上げてくれたルース。
その非道さと道理に、何が正しくて何が悪いのかわからなくなる。
「待つさね」
トゥーリアがすっと片手を上げて割り込んでくる。
「基礎模型もない術式剣もないラストーにどうやって戦えって言うんさね?」
「新しく作り直せばよかろう?」
目をきょとんとさせてとんでもない事を言い出すニグレオス。
流石に俺もトゥーリアもその豪胆さというか世間知らずさにため息をついた。
「馬鹿いいなさんな。術式剣はともかく、《オルナメンタ》に組み込まれた術式は作り手にしかわからんし、それと連動してアタシらに関与している術式も直属の彫印士しかわからんさね。そんな状態で新たに組み込むってなったら、術式同士が干渉しちまって、最悪は粒子化から戻れ無くなるさね」
トゥーリアの言う通り、基本的に俺たち鋼騎士は国に仕えている以上、反乱分子となる事態を避けるために自爆術式が身体に組み込まれている。術式の内容次第では普通に術式を使うこともままならなくなるため、ここに関しては国によるとしか言いようがない。
「術式とはこれかの?」
口から息を噴き出すようにして文字が宙に溢れていく。種類があるのか、複数の文字列に分かれたそれを一目見たトゥーリアが汚物でも見るような目つきでニグレオスを見た。
「うわっ……キモっ……」
一瞥した段階で何かに気づいたのか、ぶつぶつと呟きながら文字を指でなぞりつつ確認していく。
「これ、アンタに組み込まれた自爆術式やら何やら全部、その身体から出しやがったわ……」
訳がわからない。
いや、理屈としては俺の体内に鋼騎士として組み込まれた術式部分を見つけ、それを俺たちに見えるようにしたという事なんだろうが……。
確かに術式の大元の理屈としては『竜が出来る事を人の身で行えるようにする』ものである以上、出来てもおかしくはないんだが。
「きもい、とはなんだ?」
「気にしなくて良いさね」
小首を傾げて問うニグレオスに対して面倒臭そうに手を振って返すと、どっかりと腰を下ろしてスキットルの中身を煽った。
ニグレオスは何故そんな事をするのか理解出来ていないのか、文字を維持したまま分けろとグラスを叩く。
眉間に皺を寄せたトゥーリアは、少し待ってなとこちらに声をかけて出ていってしまう。おそらく積荷から何か持ってくるのだろうとは思ったので、少し休憩がてらニグレオスを抱えて撫で付けた。
間もなく戻ってきたトゥーリアは、ワインと思しき瓶とがさがさと音の鳴る袋を持ってきた。袋の中身を皿に流せば、乾燥させた木の実や果物を細かくした物が溢れ出る。俺たちの手にはやや取りにくいが、ニグレオスにはつまみやすいだろう。
ニグレオスのグラスにワインを注ぎ、残りをそのまま口付けて一気に飲み干すと、トゥーリアがまだ浮いている術式を指差した。
「どうするラストー? ニグレオスにこれを全部解除して貰えばアンタは晴れて自由の身さね」
確かにこの術式を解除すれば、白の国から遠隔で殺される事はない。
それは確かに、現状を考えれば俺は救われるのかもしれない。