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決断(2)

 うっすらと目を開けると、そこは薄暗かった。

 まだ意識がはっきりせずぼんやりとした頭のまま、鼻だけが周囲の気配を探るためにひくひくと動く。


「ようやくお目覚めかい」

 酒の匂いと共に、トゥーリアが俺の頬を撫でた。また以前のように傍らでずっと見守ってくれていたのだろうか。


「……どれくらい倒れてた?」

「丸三日」

「……随分と寝てたな……」

 夢の中では大した時間が経ってなかったはずだが、思ったよりも長い時間を寝ていたらしい。


「状況は?」

「体調は? じゃないんさね」

「それは後回しで良い」

 前回とは違って体調の方は戻っている。身体を起こして穏やかに揺れのあるベッドから降りる動作にも淀みがなく、鼻を通じて感じる潮の匂いに今の居場所がまだ海上であることを教えてくれた。

 背を伸ばし、身体をゆっくりと曲げ伸ばして凝りをほぐしていく。


「現状、青と白の領海ギリギリ辺りを漂ってるさね」

「食料は大丈夫なのか?」

「白での式典が終わったら即座に帰るつもりだったから準備はさせてたさね」

 さらっと何でもないように話してはいるが、そもそも白の国からの報奨もない状態ではただ損をさせているだけだろう。


「すまん」

 いいさね、と手を振って笑って答えられてしまうと俺からはもう何も言えない。


「俺の体調はお前からみてどうだった?」

「人の身のままで外装骨格(エクステリオッサ)と接続して術式使うなんて無茶したせいで、ニグレオスの補助があるとはいえかなり存在量は薄れてた。融合を解いた時の残っていた外傷に感してはアタシが治しておいた。内部の方に関しては――」

「――それは儂も交えて説明しよう」

 俺の眠っていたベッドの傍らから現れた。

 ひょこひょこと頼りなげに歩いていたが、面倒になったのかふわりと身体を僅かに浮かせてテーブルの上に乗った。


「……ニグレオス……」

 皿の上にあるつまみに舌を伸ばして摘み取り、そのまま口の中へと入れ込む。口の中で転がすだけで中身の物が溶け、ひとしきり味わったところで飲み込まれた。どうやら、新しく作った身体は使いこなしているようだ。

 俺もベッドへと腰を下ろし、トゥーリアも俺に水袋を渡してから席に座り直した。


「ニグレオス、どれだけ答えてくれるんだ?」

「今の段階でお主が聞きたい事には答えてやれるだろうと考えている」

 これまであった事ならおおよそ答えてくれると見て、俺はまず少し古いところから聞いてみる事にした。


「まずは、どうして生きている?」

「そもそもお主は竜があれしきで死ぬと思ったのか?」

「じゃあやっぱり死んだんじゃなくて――」

「死を偽装し、儂の一部をお主と融合させるのが目的よ」

 確かにニグレオスを手にかけた時に手応えが――竜を人や動物と同じように考えていいのか疑問はあったが――薄かったのは気になっていた。そういう目的があったのなら納得だ。


「なんでそんな事を?」

「わしを仮にでも殺せた者には、竜を殺す使命が生まれるからよ」

「……竜を……殺す?」

 結局のところ、俺が出来たのは竜の心臓を模した標的を破壊しただけ。

 そんな俺に、本当に竜を殺せと言うのか?


「いや。それ以前に、なんで竜殺しをする必要がある?」

「我ら竜が狂い始めているからよ」

 あっけらかんと口にしたその内容は、にわかには信じられない話だった。

 その話が本当だとしたら、竜に支えられたこの世界のバランスが崩れてしまうことになる。


「……本当、なのか?」

「その前に、人の間で聖句のように謳われている『原初』の話は知っておるか?」

「ああ」

「あの内容はまごう事なき事実だ」

 (そらん)じられるくらいにはあの内容は覚えている。


「原初の人はもう身体を分け過ぎて、遥か昔に存在を無くしておる。故に、この世界にいる人は誰もが原初の人であり、そうではないと言える」

 今この世界にどれだけ人がいるかはわからないが、もう何世代も続いたのだから、大元の存在が失われてしまうというのはわかる話だ。


「しかし、原初の竜は未だ生きている」

 伝承の通りなら、原初の竜はこの世界を作った存在だと言われている。

 つまり、原初の竜がまだいるからこそ俺たちは生きていられるとも言える。


「原初の竜は人を失ってから長い時間を独りで過ごしたからか、静かにゆっくりと退行し、今や子供のようなところまで知能が低下している」

 俺には妹がいて守る使命があったからまだ寂しくはなかったが、誰とも会う事なく独りでずっと過ごすその寂しさは少し、わかってやれるかもしれない。


「しかし、それが地上にいる竜を殺すこととなんの関係がある?」

「我ら六竜は、原初から生み出された世界の管理機構。我らの役目は、世界の維持よ」

 世界の管理機構。

 世界を維持・管理する為の存在。

 つまり、六竜は原初の竜の代理としてこの世界を管理しているのか。


「そう。本来の我らは人間とは関わりなく、ただ世界の環境を維持するためにのみ存在するのじゃ」

「待ちな? そうなるとなんで今の竜は人と関わってるのさ?」

「原初の竜が、原初の人を求めて泣いているからよ」

 トゥーリアが持ってきたショットグラスに酒を注いでやりながら話す内容に、ニグレオスはそれに口を付けてぺろぺろと舐め取りながら器用に口にする。


「幼い意識だけが我らと繋がり、感情という感情が我らを内から犯す。原初のその行いを正す事も出来ず、そうこうしているうちに我らも原初に共感を覚えてしまい、いつしか人と関わるようになってしまった」

 元々黒い肌付きのせいで酔ってるのかそうでないのかは定かではなかったが、トゥーリアの目利きがされた酒だからか、いくばくか穏やかな顔つきで顔を上げるニグレオス。


「関わり方はそれぞれだが、全員に共通しているのは『原初の人を作り献上する』というものだ。やり方はそれぞれに任せられ、これまで幾度も試されてきた」

 原初の人を作って献上する。それで原初の竜を鎮めるという理屈はわかる。


「とはいえ、そもそも『原初の人』とはどういう『ヒト』なんだ?」

「わからぬ。だが、大元である原初の人のように生命の創造や細分化を行わなくてもいいので、原初の竜へ寄り添えれば問題ないというのが大方の意見だ」

 つまり、長命であればいいのか?

 それだけならもうとっくに出来ていそうなものだが、まだ何か秘密があるんだろうか。


「そうなると、今回の順番はルース様なのか?」

「そうじゃ。そしてその計画に便乗したのがわし、という事になる」

 それぞれに任せられる、という事はおそらく持ち回りだったり何かしかの思惑もあるのだろうとは思ったが……。

 超常の生物だと思っていた竜が、俺たちと変わらない存在に思えてきた。

 いや、それこそが今この世界で起きている異常なのか。

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