決断(1)
四度目の草原。
もうこれがプルと繋がっているという事は知っている。
しかしここにいるのは俺であって、俺ではない。
俺という意識はあるし、俺という認識は目の前の妹を見ているのに、俺の意思では手も足も口も動かせない。
「まだ繋げるか」
俺ではない声が俺の身体を使って喋る。
「当たり前でしょ!? 兄様は私の物なのよ!?」
俺の胸倉を掴み、憎しみを宿した強い意志の瞳で俺を射抜く。
しかし当の俺はそんな妹を憐れむような目で見返しているだけだ。
それがより一層、妹の怒りや憎しみの感情を湧き立たせているというのを自覚しているのがタチが悪い。
「兄とは思っておるまいに」
「そんな事ない! 兄様がいるから私は妹でいられるんだもの!」
俺を力任せに突き飛ばし、胸に片手を当てて手を広げ、まるで自分の存在を主張するように声を大にする。
「ルース様と繋がって! 力を与えられて! それを兄様に与えれば良いんだもの!」
それは、この夢の世界での出来事を指しているのか。
つまり俺は、今まで妹のおかげでここまできたというのか。
「彼奴の力に酔っておるの」
「関係ないわ! ルース様はただ便利なだけだもの!」
妹にとってルース様はそういう存在なのか。
俺にとっては、命の恩人であり、育ての親であり、今は憎みたい相手だというのに。
知らずと、口からため息が溢れてしまった。
そんな俺の態度に、妹は舌打ちして俺を指差して口を開く。
「あなたがどうあれ兄様は私を守る為の存在! 私を殺せない! いずれ私と一つになるしかないの!」
「そうじゃろうな。儂とて、その制約をどうにかする事は出来ぬ」
つまり、ニグレオスの力を持ってしても俺が妹に取り込まれるのを防ぐ事は出来ないのか。
「なら邪魔しないで!」
「断ろう。何せ、此奴の旅は漸く折り返したのじゃからな」
折り返し――という事は、俺の旅はニグレオスからするとまだ終わってない。
つまり、竜には何らかの思惑があるという事か。
誰も彼も、何かを抱えて生き、生かされているのか。
「…………そう」
怒りの沸点が限界に達したのか。
周囲の草原に霜が降り、やがて凍りついた。
青空しかなかった空は瞬く間に曇り、穏やかな風は荒れ狂う吹雪となった。
「なら、私はあなたを殺せるようになるわ」
「好きにしろ」
妹の口元にチラリと見える牙が、ぎしぎしと酷い音がする。
目も充血したように血走り、血管が浮き出るほど力強く握りしめた手からは、草に赤い斑点を与えてたいた。
それだけ、ニグレオスが妹の怒りを買ったのだ。
「……………………っ」
妹が手を振ると、足元からゆっくりと消えていく。
しかしその目は、最後まで俺を憎々しげに刺していた。
その姿も完全に消え失せると、世界も闇色の何もない姿へと戻っていった。
ふぅと息を吐くと胸元に手を当て、右の胸板を指でつつく。
「すまんなラストー。全てはこれからなのだ」
その言葉だけはすまなそうに話すニグレオスに、しかし俺は何を答える事も出来ずにいた。
そうしてお互いが二の句を告げる事もなく静かにしているうちに、俺の意識が身体を離れ、上へと登っていった。