襲い来る望郷(4)
――潮の匂いがする。
ぼんやりとした意識の中で、何度も嗅いだ懐かしいそれが俺の意識を呼び起こした。
「ラストー!」
椅子に座っていたトゥーリアが俺の身体を抱き締めた。
まだ体調が戻ってないのか、抱き返すほどの力も沸かず、されるがままでいた。
「やれやれ。無茶し過ぎたのぉ」
俺の口だけはニグレオスの力で簡単に動く。
そんな俺の様子にトゥーリアの眉間に皺が寄り、俺をそっとベッドへと身体を戻してくれた。
「ニグレオス。ラストーの身体で喋るのは止めな。アタシの記憶を見たなら、その身体と繋げたまま別の姿を作れるだろ?」
「ふむ」
どこか納得したような声で一つ頷くと、何故か俺の身体がふるふると震え、俺の手に乗るくらいの小さな黒い竜が出来上がった。
よくよく俺の手を見ると、爪が少しだけ短くなっている。もしかしたら俺の身体を不便のないようにしつつ素材として用いたのか。
「これで良いかね?」
ちゃんと黒い竜が口を開いて喋り出した。
それで思い出したが、トゥーリアにも男性声を出す鳥がいた。それと同じような物を作ったのだろう。
「それで良い。少し待ちな」
俺の頭に手を当てて体温を気にする。
まだぼんやりとしている為か心配になるのだろう。
「……まだ衰弱が抜けてないねえ」
休みな、と口にしたトゥーリアが俺に毛布を被せた。
温もりの残った毛布は全身の疲労に苛まれている俺を微睡の中へ誘う。目が閉じてうとうととした起きているような眠れそうな曖昧な意識の中、二人の声だけが朧げに聞こえてくる。
「今の所は儂が此奴の心臓を兼ねておる故、簡単に死ぬ事はなかろう」
何事もないようにさらっと言った言葉に、目付きが鋭くなったトゥーリア。
「……もう一回言いな?」
「ふむ。今は、儂がラストーの心臓だ」
何を言っているのかわからない。
トゥーリアは不味い飯でも食ったかのような渋い顔だ。
いや、それ以前にどうしてトゥーリアの様子がわかる?
「妹からの供給が途絶えた以上、そのままではいずれ死んでしまう故な」
その言葉に、どういう事態を悟ったのか帽子を取って頭を乱暴にかきまくった。
「……アタシが先に知って良いんさね?」
「此奴自身もおおよそ気づいておる。いずれにせよ、先ずは体調と外傷をどうにかしてやってくれ。内側に必要な部分は儂に何か与えるが良い」
一つ大きなため息をつくと、懐からスキットルを取り出して竜の口に突っ込んだ。
驚いたような表情にはなったが、首を上げて煽っていく。
あんな一気に飲むような酒ではないと思ったが、そんな事はお構いなしに中身が消えていった。
喉の動きが止まってスキットルをトゥーリアへ放り投げて返すと、口周りを舐めて酒臭い息を吐く。
「全ては、此奴が元通りになってからじゃ」