終わり始まり(1)
城に入った俺たちを最初に出迎えたのは、サヌス様だった。上半身を薄手の服一枚で、下も訓練で使う軽さを売りにした布で作られたズボンのみ。ラフな格好ではあるし帯剣もしてないが、それでもこの国の騎士団長。油断なく視線で俺を一瞥してきたのはいつも通りだと思わされた。
年老いても背筋が伸び筋骨たくましく、俺が首を少し上げるくらいの側まで来て、俺は両手を太腿につけて一礼した。
「良くぞ帰ったラストー!」
「ただいま、帰りました」
わしゃわしゃとわんぱくな子供を扱うように頭を撫で付けられる。
そしてその様子を黙って見ているトゥーリアへと視線が向く。
「なんじゃ? 可愛い女子を連れて」
「いやあ、まさか『不死身の男』とか『最強の雄』にカワイイなんて言われるたぁ思わなかったさね」
その二つ名はサヌス様のものだというのは、騎士団仲間から聞いて知っている。当の本人はそれをいつも笑って昔の事だと言っているのだが、今言われた本人は目を大きく見開いてトゥーリアの顔をまじまじと見ている。
「おお! その名を知ってるとはお主かなり若作りか!?」
俺の耳に撃鉄が動く音が聞こえてきたが、これはどう考えてもサヌス様が悪い。とはいえ本人はなんとも思っていないようで、撫でるのを止めて俺の頭を起こし、スッと耳元で囁きかける。
「ラストー? 青の娘は美人多しじゃが見た目以上に歳を経とるからな? お相手するなら気をつけるんじゃぞ?」
「……帰ってきて早々、何を言っているんですか」
お茶目なのかそれとも本気なのかわからないが、俺は大仰にため息をついた。
「そもそも俺には妹がいますよ?」
「妹と結婚は出来んじゃろ」
それはその通りだが、だからといって離れ離れになりたいわけでもないし、妹の幸せは常に願っているつもりだ。俺がもし妹と別れるときが来るとしたら死ぬ時だろう。
俺にはそういう感情がないとわかったのか、サヌス様はやれやれとため息をつかれてしまった。
隣からの視線は痛いが、とりあえずここでだらだらと話していても始まらない。
「これから俺たちはどうすればいいでしょう?」
「ゆっくりしておれ」
子供のような笑みで笑いながらそう宣言され、俺とトゥーリアは毒気が抜けたように顔を見合わせてしまった。
「先に来た者からの報告で厨房は祝賀会に向けて大忙しじゃし、妹も修行を切り上げてお前を迎える準備をしておる。そもそも無事に帰ってくるなら、こちらに先んじて一報入れておれば事前に準備出来たのだぞ?」
んん? と眼を開いて喉を撫でられてはどうも出来ない。
「それは、その……申し訳ありません」
確かにその通りで、喉とは別のところからくるこそばゆい気持ちを堪えつつ、俺が口に出来たのは謝罪だけだった。
「まあ良い。皆のソワソワしおる姿も隠したいし、身体を休める場所も必要であろう?」
俺の身体を軽々と持ち上げて下から眺め、下ろしては肩やら指やらあちこちを触られる。筋肉を触って俺の不調を確認しているのは何度も受けた事があるからわかる。が、はたから見たらどう考えても子供の扱いなんじゃないだろうか。
「ま、その淑女と風呂にでも入っておれ」
「…………はい?…………」
サヌス様の突然の意見に、俺の口が大きく開かれたまま戻ってくれない。
「なんじゃ? 風呂はやはり妹と一緒でなければイヤか?」
至極当然のように言ってくるサヌス様に対し、俺の後ろから刺す視線が痛い。
「……いつも妹と入っているような物言いはしないで欲しいのですが……」
「一時期はずっと一緒でべったりじゃったろう?」
「それはこの城に来た頃の話でしょう!? 僕らも成人したんですよ!?」
思いがけず子供の頃の出来事を暴露され、思わず手がサヌス様の服の襟元を握る。
「……あっ……」
気づくと俺の身体は宙を舞い、身体を傷つけないように落とされた。
相変わらず体術の気配は匂いも何もなく掴めない。
騎士団の中では神技とまで言われているのを目の当たりにしたトゥーリアの驚いた目と目が合う。
「ようやく気も緩まったようじゃの」
なんと答えればいいのか分からず、そっと起こされた身体を意味もなく払い、細目になって頬を膨らませるくらいしか出来ない俺に視線を向けず、後ろのトゥーリアに後ろを指す。
「まあそっちの名も知らぬお嬢さんには小さいながら来客用の浴室もあるが、どうするかね?」
「ラストーの行く風呂はデカいのかい?」
「騎士用の大浴場であるからの。お主ら二人くらいは余裕じゃし、女性に対しての防護術式も組まれておる。万が一ラストーが雄の気配を出しても逃げるくらいは楽勝じゃよ」
「サヌス様!」
どうしてトゥーリアにそんなのがあると思うんだ。そもそも種族も違うし俺には妹がいるといつも話しているというのに。
「じゃあ面倒だ――案内しな」
聞いたことのないような底冷えのする声で『命令』され、俺はもう口に出来る言葉は一つしかなかった。
「…………わかった…………」