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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第5章 王女・呪い・水晶竜
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第94話 取捨選択

 何を拾い、何を捨てるのか。

 選択を間違えれば望んだ結末にはたどり着けない。

 不安要素は排除し、確実な道を進むべきだ。

 人として正しい選択をすればたどり着けるとも限らない。

 切迫はしていないが、期限はある。時間は無限じゃない。


 ……ローアならどうするだろう?

 もしもローアが俺の立場だったなら……、多分同じように彼女を切り捨てようとするんじゃないかな……。仲間を一番大切にしているから……。

 ……。

 いや、どうだろう。やっぱりわからないな。

 どちらにせよ、ローアなら即決しただろう。それだけはわかる。


 シェイルは隠し部屋に戻って右手に棺の箱、左手に棺の蓋を手に取った。

 二つを持って狭い階段を上り、出口で壁に引っかかったのを力づくで解決して外に出る。

 少女と目が合う。怯えている。

 けれど、まだ完全に絶望している目じゃない。

 まだどこか自分は助かると思ってるように見える。


 その目に反射的に怒りを覚えた。

 どうしてコイツが助かってローアが死んだんだ?

 どうしてローアを助けるための旅でコイツのせいで余計なリスクをしょい込む必要がある?

 ……必要ない。ない。ないったらない。



「行くぞ。逃げるなよ」

「逃げません」

「あばよ、外道様」

「……」

「返事くらいしろよ、盗賊もびっくりの外道様よ!」

「黙れ、殺すぞ」

「おお、おっかねえおっかねえ。くわばらくわばら……」

「チッ……」


 シェイルは心底腹立たしい気分になりながら歩き出した。

 石の棺を抱え、少女を後ろに従えて部屋を出て、盗賊たちが拘束されている大部屋に入る。

 少女は盗賊たちに気づいて小さく悲鳴を上げた。しかしすぐに彼らが拘束されていることに気づいてホッと息を吐く。

 盗賊たちの視線におびえたようにシェイルのすぐ後ろに近寄る。


 シェイルは部屋の中央の大穴にそのまま足を踏み入れた。

 周囲の盗賊たちがぎょっと目を見開くが、落ちることは無かった。

 魔法で階段を作っているからだ。

 穴の下の地面から土が盛り上がって階段になっていく。


 シェイルはそのまま階段を下りて行く。少女もその後をついて階段を下りた。

 二人はそのまま洞窟の外へ出た。

 少女は日の光のまぶしさに面食らった。手をかざして傘を作って目が慣れるのを待つことにした。その間にシェイルがどこに行ったのかを目を細めて探す。

 と、目の前の岩のかたまりに手を触れていることに気づいた。


 何をしているんだろう、と思っていると岩が割れて、中からぐったりしている人が現れた。

 少女がぎょっとした。まるで死んでいるようだったからだ。

 それに気づいたシェイルは気まずそうに口元をゆがめた。


「驚かせて悪いな。閉じ込めてたから、出してやろうと思って……」

「い、いえ、お気になさらず。……殺したんですか?」

「まさか。生きてるよ。息もしてるし。

 閉め切った岩の中に閉じ込めたから、酸欠か暑さでまいってるんだろう」

「そうですか」

「ほら、さっさと行くぞ」

「このままでいいんですか?」

「何もできないさ」



 ***



 森を抜けて街道に出ると、シェイルは両手の棺を地面に置いた。

 よく見ると少し息が荒くなっている。疲れているらしい。

 人並外れた怪力を持っていると言っても人間なんだと少女は思った。

 それよりもここまで数十分間歩きどおしだったので少女も休みたかった。


「休憩ですか?」

「ん? ああ……、そうだな。休憩にしよう」


 シェイルの返事を聞いて、まるで休憩を催促したようだったと少女は気づいた。

 恥ずかしくて少し顔が熱くなる。

 シェイルはそんなことにはまるで気づかずに指を鳴らした。

 途端に地面からにょきにょきと石の椅子が生える。

 椅子は二つ。出てきたのはシェイルと少女のすぐ隣だった。

 つまり、街道の真ん中に生えた。


 シェイルは椅子に座ると、机も生やした。

 そこにポケットから取り出した地図を置いてにらめっこを始めた。

 少女は道の真ん中に座ることに抵抗があった。

 しかし疲れていたので、きょろきょろと街道を見渡して誰も通りそうにないのを確認するとすとんと座った。

 疲れているせいだろう。全身の力が抜けていくのを感じた。

 少女は真剣な様子で地図を読んでいるシェイルの方を向いた。


「……」

「……」

「あの……」

「ん?」

「どうして急いでいるのでしょうか?

 それだけでもお聞かせください」


 シェイルは少女の純粋な目を見て気まずそうに眼を逸らした。

 少女はつづけた。


「私を誘拐犯のところへ連れていくんですから、それくらいのことはお教えくださってもよろしいのでは?」

「……確かに」


 シェイルは眉間にしわをよせて、しわがれ声で言った。

 まるでのどをしめられながら話しているような声だった。


「竜を探してるんだよ。目撃情報が頼りだから、早く移動しないと追いつけない」

「竜を? 何のために探しているのですか?」

「何って……。素材集めだよ。水晶竜ってのを倒して、それで―――」

「水晶竜!?」


 少女は急に立ち上がった。その勢いで椅子が倒れる。

 目を見開き興奮した様子で二、三歩前に出る。

 少女のただならない様子にシェイルは眉をひそめた。


「なんだ?」

「これは運命です!」


 少女は両手をサーカスの団長のように広げ、子供のように興奮するにまかせて拳をにぎり上下にふった。


「なんという運命でしょうか! 私も水晶竜を追っているのです!」

「あー……、そう」

「わかりますか!? これは運命です! わかりますか!?」


 少女は自分の胸に手を当て、瞳を宝石のように光らせながらシェイルにぐいぐい詰め寄った。

 あまりに近づいてくるのでシェイルは少女のあごをつかんで遠ざけようとした。それでも詰め寄ろうとしてくる。

 目がガチだ。なんか妙な迫力がある。

 冗談のつもり……などといった様子では、断じてない。


「だから一緒に連れていけって?

 さっきも言ったけど、あんたを連れて行っても俺にはメリットゼロなんだ」

「違います!

 あ、いえ、連れて行っては欲しいのですが、メリットはあります。あるはずです。

 ……あなたはどちらへ向けて旅をされているのですか?」

「西へ。あと二か月はこのまま西を目指すつもりだけど……」

「根拠は?」

「目撃情報があったからだよ」

「それはいつの情報ですか?」

「……何が言いたい? もったいぶってないでさっさと言ってくれ」

「水晶竜は西にはいません」

「……は?」

「水晶竜は西にはいません」


 少女は街とは反対側の街道の先を指し示した。

 その方向はシェイルが目的地としていた西へと続いている。


 シェイルは西に行けば水晶竜に会えるとは思っていなかった。

 なにせ二年前の目撃情報を頼りにしているのだ。竜がまだいるとはシェイルも思っていない。西を目指していたのは、行けば新しい水晶竜の情報が手に入ることを期待しているからだ。


 しかし……、彼女はなぜ西に水晶竜がいないと断言できるんだ?

 まさか、水晶竜について何か情報を持っているのか……。

 あるいは……、助かりたいがためにデタラメを言っているのか……。


「……なぜ断言できる?」

「秘密です」

「もし交渉のつもりならやめた方が良い。

 手の内をさらさないと信用できないからな」

「……。仕方ありませんね。

 私は魔法で宝石を探すことができます」

「へえ……。さっき特技は無いって言ったのは、俺が悪用すると思ったからか?」

「そんなことは……!

 ……。いえ、その通りです。あなたのことを信じきれなかったからです」


 それはそうだろう。

 例えば盗賊と組めば簡単に悪用できる。

 見ず知らずの人間に教えていい特技じゃない。


「……ひょっとして水晶竜もそれで探せるって言うのか?」

「その通りです」

「ちょっと信じられないな……」

「ほ、本当ですよぅ!」


 少女は子供のように両手を激しくシェイクさせて訴えた。


「魔法を疑ってるんですか!?

 宝石ならいくつかあります! 試してみてください!

 宝石を箱の中に隠して、私の見えないところでシャッフルして―――」

「それはまあ、試すけど……。

 俺が信じられないのは『宝石を探せる』からと言って『水晶竜を探せる』のか、ってことだよ」

「生きているからということでしょうか?」

「いや、違う。そもそも水晶ってのは宝石なのか?」

「そこ!? そこですか。気になるのはそこなんですか!?」

「ああ。水晶ってなんか宝石ってイメージ無いから……」

「知りませんよあなたのイメージなんて!

 ……失礼しました。取り乱してしまって……。

 じゃあ、水晶を買って確かめましょう……。それでいいですか?」

「ああ。それならいい」

「よかったです。

 そう言えば自己紹介がまだでしたね」


 少女はそう言ってシェイルに歩み寄って手を差し出した。

 シェイルは立ち上がり少女と握手した。

 少女がにっこりと微笑む。


「私の名前はピスタチオ・リンネ・アンナカーディエイト。

 カーディエイト王国第三王女です。ピスタとお呼びください」

「……王女?」

「なんですか? 今さらなかったことにするつもりですか?」


 ピスタと名乗った少女が手に込める力を少し強くする。


 王女で、奴隷にされかけていたのか?

 なんだか非常に面倒な予感がする……。

 ただの貴族のお嬢様だったらまだちょっとしたトラブルで済んだかもしれないが、王女となると話は別だ。

 政治的な話が絡んでいそうだ。めちゃくちゃ面倒くさいに違いない。


 ……握手したのは逃がさないためか、とシェイルは内心ため息をついた。

 めんどうかもしれないが、それでも水晶竜の位置がわかるならおつりが出るだろう。

 断るほどではない。


「シェイル・ホールーア。……えーと冒険者だ」

「……では行きましょうか」

「ああ」


 シェイルとピスタは次のセリフをそれぞれ同時に言った。


「街に戻ろう」

「西へ!」


 二人は顔を見合わせた。

 二人とも不思議そうな顔をしている。

 先に口を開いたのはシェイルだった。


「さっき西に竜はいないって言わなかったか?」

「言いました。ですが、まずは街から離れないと。

 あなたこそ、どうして街へ戻るのですか?

 ま、まさか王女である私を、やっぱり渡すということですか……?」


 シェイルは肩をすくめてみせた。


「まあ、そんなとこかな」



 ***



 シェイルはマロン達の目の前の床に石棺をドンと置いた。


「約束の品を取り返してきました」

「素晴らしい。助かったよ。

 だが、あまり乱暴に扱わないでくれると助かるな」


 マロンは側近のリラに指を曲げて合図した。

 おそらくは「調べろ」という意味だろう。

 石棺に異常が無いかを確認させたいに違いない。


 リラが石棺に近づき、手を当てる。

 コイツも魔法使いなのか、とシェイルは思った。

 こじ開けた蓋を戻して、土魔法で接着して応急処置をした。

 接着してから開くかどうか試してみたが、中々の強度になった。

 物理でも魔法でもそう簡単には開かないはずだ。


 ……バレるだろうか?


 シェイルが固唾をのんで見守るなか、リラは無表情で石棺から手を離した。


 リラにじろりと横目でにらまれる。

 初めて目が合ったかもしれない。


「問題ありません。中身も無事かと」

「そうか。よかった」


 マロンは朗らかに笑うと懐から金貨の入った袋を取り出し、シェイルに手渡した。

 ずっしりと重い感触が伝わる。前金の二倍くらいはあるだろうか。


「今回の報酬だ」

「へへへ、こりゃどうも……。あれ、ずいぶんと多いようですが……」

「チップだよ。

 これほど早く片をつけてくれるとは思わなかったからね。

 私からの感謝の気持ちさ」


 マロンはにやりと歯を見せて笑った。


「また機会があればその時はよろしく頼むよ」



 ***



 シェイルは宿屋に戻った。

 部屋の中には窓から月光がさしている。

 窓際に月の光をさえぎる見慣れないシルエットが立っていた。


 シェイルがテーブルの上のランプに火をつけると、シルエットはカーテンを閉め、振り向いて近づいてきた。

 桜色の瞳、緑の髪、緑のドレス。

 ピスタ王女だ。

 窓から差す夕日をバックに腰に手を当てて怒ったように眉を吊り上げている。


 つまり、シェイルはマロンに「中身の無い石棺」を返して報酬を受け取ったのだ。

 ピスタはそれに対して怒っているのである。

 たとえ自分をさらった憎い相手に対しても潔癖であろうとしているのだ。


「してもいない仕事でお金を受け取るなんて、あるまじき行いではありませんか?」

「別にいいだろ。あんたをさらおうとした奴をだますくらい」

「いけません。悪事に悪事で応じるなど……。

 そういうことはいずれ自分に返ってくるものです」

「そう? じゃあ、今からでもあんたを突き出せばいいかな?」

「そ、それとこれとは別です。あなたに何のメリットがあるんですか?

 水晶竜を見つけられる私を引き渡すと?」

「少なくともくだらない文句を言うルームメイトはいなくなるだろ?」


 シェイルはテーブルに買ってきた食材を置き、座った。


「言っとくけど、連中に顔を出さずに次の街に行ったらバレるのが早くなるだけだ。それはあんたにとっても都合が悪いだろ」

「それはそうですが……。

 でもお金を取るのは善い行いではありません」

「仕事を終えた報告に行って報酬を受け取らなかったらそっちの方がおかしいだろ。

 それにこれは今後の旅費をまかなうために必要な金だ」

「しかし、正しい行いではありません!」

「……あんたは王女だけじゃなくて修道女か何かなのか?

 仲間の巫女はそこまで口うるさくなかったぞ」

「私は正しくない行いが許せないだけです」

「そりゃ難儀だな」


 シェイルは買ってきたパンをテーブルの上に並べた。

 ピスタはシェイルの意図が読めず、いぶかしげにパンとシェイルを交互に見た。

 シェイルが何も言わないのでピスタが口を開いた。


「……このパンが夕食ですか?」

「ああ。うまそうだな」

「そうですね。美味しそうです」

「よし。これはあんたの言う『正しくない行い』をしてもらった金で買ったパンだ」

「!」

「これ以上文句を言わないなら食べてもいい」

「……っ! わかりました! よーくわかりました!

 そんなパンを誰がっ―――!」


 その時、腹の虫が鳴く音が部屋にこだました。

 シェイルの腹の虫ではない。

 そしてこの部屋には二人しかいない。


 ピスタの顔が真っ赤になる。

 それを見てシェイルはにやにやと笑みを浮かべた。


「我慢せずに食べたらいいじゃないか。お腹空いてるんだろ?」

「みっ、見くびらないでください!

 私は王族です。自分で発した言葉を引っ込めるようなことはしません!」

「……」


 ピスタは今にも口からよだれを垂らしそうな顔で言い切った。

 よほどお腹が空いているのだろう。

 しかし、ピスタは物欲しそうな顔こそしているが、手を伸ばそうとはしなかった。

 仕方ないな、とシェイルはため息をついて両手を上げた。


「ごちゃごちゃ言って悪かった。文句がどうとかは忘れていい。いいから食べなよ」

「ですから私はこんなパンは食べないと―――」

「悪いのはパンか?

 悪いのはパンじゃないだろ? もちろん金でもない。

 人をだまして金をもらった俺だ。違うか?」

「……そうです」

「だったらあんたは俺を嫌っていればいいだけだ。

 そのパンを食べても問題ないだろ。ほっといたら腐るだけだ。

 それよりもパンを食べて力をつけた方がいいだろ?」

「……」

「明日のためにパンを食べることは良い行いだろ?」


 ピスタは恐る恐ると言った様子でパンを手に取った。

 眉間に少ししわを寄せているが、細められた目の奥の瞳は輝いている。

 パンを取ったことにシェイルが笑っているのに気づいてピスタはかあっと顔を赤くした。


「あ、あああ、あなた、ろくな死に方をしませんよっ!?」

「……パンを食べる食べないでそんなこと決まってたまるか」

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