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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第5章 王女・呪い・水晶竜
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第93話 箱

「全く……、あと一歩だったんだがな」

「頭を使うとかなんとか言ってて、結局不意打ちじゃないか。嘘つきめ」

「そんなすぐアイデアがポンポン浮かぶような頭がありゃあ、本物の王様になってるだろうよ」


 カシガルを含めた盗賊たちは全員シェイルの土魔法で拘束している。

 ただ、カシガルは魔法が使えるようだったのでアドルモルタで魔力を抜いて一度気絶させて無力した。

 盗賊たちは騒いだが、しばらくしてカシガルが意識を取り戻すと多少は静かになった。


「お頭ァ、俺達どうなるんですか?」

「さーな、殺されはしねえだろ。ギルドに突き出されるかもしれねえがな」

「そんな……」

「腹ァくくれや。盗賊だろ?」

「あーもう! 量が多すぎる!

 おい、箱はどこにある?」

「箱ですかぁ~?」


 シェイルは盗賊たちの泣き言をBGMに盗品の山を漁っていたが、あまりの量にうんざりして直接聞いてみることにした。

 しかし、カシガルはとぼけた顔をしてみせた。


「箱なんてたくさんあるからわかんないな~」

「デカくて、立派なやつだ」

「覚えてないなあ~。

 ……取引に応じてくれれば思い出すかもなあ~」

「内容は? それによっては応じてもいい」

「条件は二つだ。

 俺たちをギルドに突き出さないこと」

「……もう一つは?」


 カシガルはその反応を見て満足そうに口元に笑みを浮かべた。


「箱を開けること。

 俺達じゃあ、開けられなかったがお前くらいの力持ちなら開けられるかもしれねえ」

「なんだそりゃ。全部、俺がシラを切ったら成立しない取引じゃないか。

 箱の場所を聞いたらそんなもん反故だろ」

「いいとこに気づいたな。条件追加だ。

 ちゃんと契約を結んでもらう」

「契約?」

「ああ、盗品の中に魔法契約書がある。それで契約してくれ」

「……」


 シェイルはカシガルに背を向け、口元に手をやった。

 契約か……。ローアの隷属魔法のようなものだろうか。

 それが紙でできる……? 本当か?

 いや、真偽はその契約書を見てから判断すればいい。

 問題は契約の内容だ。


 一つ目はいい。こいつらを見逃しても俺にデメリットは無い。

 この近所の連中には迷惑な話かもしれないが、現状と変わらないのだから文句を言われる筋合いは無い……。なんてことはないか。

 文句を言われても仕方ないが、捕まえてやる義理もないという話だ。


 問題は二つ目だ。

 依頼主のマロンに「箱を開けるな」と言われている。

 ここで箱を開けて報酬にケチをつけられるのは避けたい。

 かと言ってこの洞窟の中で延々とゴミ漁りのようなことをするのも考えものだ。

 そのうち見つかるかもしれないが、カシガルは油断ならない奴だ。この盗品の山の中に一緒くたにされているとは限らない。特に貴重な品はどこか別の場所に保管している、とも考えられる。というか、多分そうだ。

 おそらく、どれだけ探しても見つからないだろう。

 脅して吐かせる手もあるけれど……。

 まあいいか。

 箱を開けるくらいはしてやろう。

 見つけた時には開けられていました、で誤魔化そう。

 俺も中身に興味あるし。


「わかった。それでいい。契約しよう」

「そうこなくっちゃな! さあ、拘束を解いてくれ!」

「解くわけないだろ」


 そう言うとシェイルは土魔法で台車を作るとカシガルをそれに乗せた。

 もちろん拘束はつけたままだ。


「おいおい、慎重すぎるだろ。片腕くらいはいいんじゃねえ?

 どこにあるか教えられねえよ」

「口で説明すればいいだろ」

「ガタガタする―――。がっ!?」

「気をつけろ。舌を噛むぞ」

「もう噛んだって!」



 ***



 魔法契約書は奥の部屋にあった。

 そこはカシガルの部屋らしい。盗賊の頭という割には整然とした部屋だった。

 契約書は部屋の端に置かれた机の引き出しの一つにしまわれていた。


「どうやって使うんだ?」

「契約内容を紙に書いてサインするんだよ」

「……」


 シェイルは片手に持って固まった。

 カシガルは台車に乗ったまま、シェイルを見て何かを察した。


「お前、字が読めないのか?」

「読める。ただ……、書けないんだよ」

「仕方ねえな。書いてやるよ。ほら、拘束を解け」

「……」

「ほら」

「いいだろう。魔力は抜いてあるしな」


 シェイルがパチンと指を鳴らすと、カシガルの手枷が真っ二つに割れた。

 カシガルは大げさに手首をさすっている。

 と、シェイルが視線を逸らした一瞬の隙をついて懐からナイフを取り出す―――が、それに合わせるようにシェイルのパンチがカシガルの顔面に突き刺さった。


 殴られたカシガルは壁に激突した。

 シェイルは落ちたナイフを拾ってバラバラに壊した。


「さっさと起きて契約内容を書け。

 あ、そうだ、契約書の紙は何枚ある?」

「……んん? あー……、あと3枚くらいはあったかな」

「じゃあ、まず一枚を保険に使わせてもらおう」

「保険?」

「俺に嘘をつけない契約を結んでもらう。

 内容は俺が書く。それくらいは書けるからな。

 箱の場所を教えるだとかややこしい契約はその後だ」


 この油断ならない男は当然のようにデタラメな契約を結ばせようとするだろう。

 契約なんてややこしい文面に嘘を混ぜられたらたまったものではない。

 これはその予防策だ。

 契約書を書かせてから話した通りの内容かどうか確認すればいい。


「……どんだけ慎重なんだよ。めんどくせえなあ……」

「そんなに壁の味が好きなのか?」

「つつしんで契約します!」



 ***



 こうしてシェイルとカシガルは一時的に契約した。

 内容は次の通りだ。

 1。カシガルはシェイルに嘘をついてはならない。

 2。シェイルは盗賊をギルドに突き出さない。

 3。カシガルはシェイルに箱のありかを教える。

 4。シェイルは箱を開けて中身を見せる。


「はー……。終わった終わった。なんでこんなに疲れてんだろうな……」

「ご苦労さん。で、箱はどこだ?」

「ああ、ここだよ」


 そう言うとカシガルは机を引きずってずらし、その下に敷いていたカーペットをめくった。

 その下に敷かれた石のタイルをいくつか外すと、それが連鎖して地下へと続く怪談が現れた。

 それを見てシェイルは教会の隠し部屋への隠し階段を思い出した。


 階段を下りようとしてシェイルは後ろにいたカシガルを振り返った。


「まさか罠にハメる気じゃないだろうな」

「どんだけ用心深いんだよ……」

「先に行け」

「はいはい……」


 カシガルはランプを手に持って階段を下りて行く。シェイルもその後ろについて下りた。

 盗品が山のように積まれていた先ほどの部屋とは違ってかなり狭い部屋だった。

 両手を広げて横になると手と足が壁につくんじゃないだろうか。それくらい狭い。


 その小さな部屋にいくつかの高価そうな品々が置かれていた。

 特に貴重な品だけ別においていた、というのは嘘ではないらしい。

 目当ての箱はその中でもとりわけ大きかった。


 それは箱というより石棺に近かった。

 表面には様々な彫刻が施され、いくつか宝石も散りばめられている。

 しかし、その宝石はおそらく装飾のためのものではない。

 きっと魔法のためだ。

 この『箱』には強力な魔法がかかっている。

 いや、この『箱』自体が魔法を宿しているというべきか。

 金庫としての役割を果たす所以ゆえんということだろう。


 しかし……。


「さあ、一思いに開けてくれよ」

「わかってるよ」


 シェイルは『箱』の蓋を持ち上げようとした。

 しかし、蓋は溶接されているかのようにビクともしない。

 土魔法で形を変えるのも上手くいかない。すでに何かの魔法がかかっているのだろう。

 まあ、ここまでは予想通りだ。これくらいで開けられるなら盗賊たちが開けていただろう。


 さあ、脳筋の時間だ。


 シェイルは蓋をしっかりと持ち直し、魔法の力で持ち上げた。

 が、やはり蓋はビクともしない。

 シェイルは全身にさらに魔力をそそぎこみ、馬力を上げた。

 ビクともしない。さらに上げる。

 さらに上げる。

 さらに上げる。

 さらに―――。


 ビシッ。


 そんな音が聞こえたかと思うと「ベキベキッ!」と激しい音を立てて蓋が開き、勢い余って天井に激突した。

 天井にぶつかって落ちて来た蓋をシェイルは慌ててキャッチした。


「……あちゃー。やっちまった」

「ここで開けさせた俺も悪かったけどさァ、手加減ってものがあるだろう?

 俺のコレクションがめちゃくちゃだ」


 カシガルは土やらホコリで汚れてしまった数々の盗品を指さして言う。

 シェイルはふん、と鼻を鳴らす。


「そもそもお前のものじゃないだろ」


 シェイルは箱に目を移した。

 カシガルの機嫌よりも箱の中身だ。


 シェイルはもぎ取った蓋をできるだけ丁寧に床に壁に立てかけ、箱の中を覗き込み、目が合った。


 ……目が合った?

 誰と?


 誰かはわからない。

 小さくて白い顔の少女だ。それ以外のことは暗くてよくわからないが―――。


「とりゃあああああ!」

「うわっ」


 少女がいきなり腕を突き出してシェイルの顔面を殴ろうとした。

 シェイルがとっさにそのパンチを避けると、バランスを崩した少女は箱のふちから落ちた。上半身だけ。下半身は箱の中でじたばたしている。


 「あっ……! ちょっ……!」


 シーソーのように絶妙な塩梅でバランスが取れてしまったせいで箱の外にも出られず中にも戻れないで立ち往生しているらしい。


「ええっと……、手を貸そうか?」


 自力でどうにかしようとがんばっているようだが、一向に改善が見られないのでシェイルは見かねて声をかけた。

 しかし、少女はキッとシェイルをにらんだ。


「結構です! かどわかしの手など借りません!」

「……拐かし?」

「とぼけるおつもり!? 誘拐犯でしょう! その手は食いません!」

「なんだ、中身は人間か。ふーん……」

「わっ! なんですか、あなたは!?」


 シェイルの横から首を伸ばしてきたカシガルに少女は驚いた。

 うっすらと涙目になっている。

 足のじたばたが一層激しくなるが、出られる兆しは無い。

 それをいいことにカシガルは図々しくもランプを近づけて少女を観察し始めた。



 背中を向けていることもあり、まず目につくのが鮮やかなエメラルドグリーンのドレスだ。服の端々に細かな宝石が散りばめられている。

 髪色も同じ緑だった。

 肩までのショートヘアだが、サイドポニーテールにしていてそちらはかなり長い。

 おそらく腰まであるだろう。

 瞳の色は桜の花のようなピンクだった。



「ずいぶん野蛮そうな格好ですが……」

「俺か? 俺はカシガル。盗賊だ」

「ということは、あなたが私を拐かした下手人なのですね……!

 なんて卑劣な! 恥を知りなさい!」

「違う違う。俺は運ばれてきたお前を盗んだだけだ」

「……?」

「……ちょっといいか?」


 カシガルの言葉に少女は目に見えて動揺している様子だった。

 シェイルはまずは目に見えている問題を解決すべきだと思って助け舟を出した。


「手を貸してやるから一旦箱から出たらどうだ?」



 ***



「なるほど。つまり、あなた達は誘拐犯ではないのですね?」

「さっきから何回も言ってるだろうが……」

「俺は高貴な盗賊の頭だ。

 誘拐犯なんてとんでもないぜ、身代金の高そうなお嬢ちゃん?」

「なるほど……、ようやく納得できました」


 少女はカシガルの軽口をスルーしてうなずいた。

 シェイル、カシガル、棺に閉じ込められていた少女は一度カシガルの部屋まで戻って話をした。というよりも二人を誘拐犯と決めつけていた少女を説得していた。

 説得にはおよそ三十分かかった。


 シェイルとカシガルはすっかり疲れて部屋のすみでへたりこんでいたが、少女は部屋の中をウロウロと歩き回りながら何やらブツブツとつぶやいている。


「彼が襲った馬車の特徴は―――だから相手は伯爵に―――だったら依頼主も―――」

「おい」

「なんでしょうか? 考え事をしているのですが?」

「そろそろ街に戻りたいから……、棺の中に戻ってくれ」


 その言葉を聞いて少女はピタリと足を止めた。

 カシガルでさえ、驚いて目を見開いている。


「えっ。私……誘拐されたって言いましたよね?」

「言ったな」

「だったら、あの棺を運んでいた依頼主は誘拐犯と少なくともなんらかのつながりのある人物ということになります。

 つまり、多少なりとも後ろ暗い面のある方ということになるのでしょう」

「そうだろうな」

「そ、それでも……私に棺の中に戻れと?」

「ああ」

「私が……送られた先で奴隷か何かにされても構わないと?」

「そう言っている」


 少女の額に冷や汗が流れる。

 震える手を隠すように後ろ手に組んできつく握った。

 シェイルはほとんど表情を変えていない。

 少女は口をパクパクさせた。


「ど、どうしてでしょうか……。

 こういう場合、そ、その……、助ける方向で話って進むものじゃないですか?」

「そうだろうな。

 まあ、考えなかったわけじゃないけど……。

 ハッキリ言ってあんたを連れて逃げれば誘拐犯って奴に追われるだろ?

 それは面倒だ」

「面……倒……ですか」

「ああ。時間を食うと言ってもいい」

「ですが、ですが……追ってこないかもしれませんよ……」

「今回の依頼の前金がこれだ」


 シェイルはポケットから前金の入った袋を少女に投げてやった。

 少女はそれを受け取ると一度シェイルの顔を開けていいのかうかがうように見た。

 シェイルがうなずくと彼女は袋の紐を開けて中を覗き込んだ。

 指を入れて中の金貨をかき回し、その表情は暗くなった。


「わかっただろ? 追っ手は来る。

 申し訳ないとは思うけど、そこまでのリスクを冒すだけのメリットが無い。

 こう見えて急いでいるんだ」

「どうしてお急ぎなのかお聞きしても?」

「あんたには関係の無いことだ」

「もしかしたら私でも何かお役に立てるかも……」

「何ができる?

 見たところいいところのお嬢様みたいだから、手に職があるってわけでもないだろう?

 何か特技があるのか?」

「私は……」


 少女はスカートの裾をぎゅっとつかんだ。

 何かを言おうと口を開いたが、結局何も言わずに口を閉じた。


「ありません……」

「話は終わりだな。じゃあ棺に―――」

「あ、あの!」

「まだ何か?」

「ええと……、自分で歩いてもいいですか? その……中は痛いので」

「……それくらいはまあ、いいか」


シェイルは暗い顔でうなずいた。

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