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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第5章 王女・呪い・水晶竜
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第92話 侵入

 シェイルは森の中を盗賊団のアジトへ向けて直進した。


 見張りは九人。三人ずつ三か所に散らばっている。

 街道沿いに2か所、アジトをはさんで反対側にもう1か所。

 森に紛れてわかりにくいが、やぐらかなにかを組んで街道を通る商人を見張っているのだろう。


 見張りは商人を……、つまりは馬車を見張っている。

 裏を返せば旅人や冒険者はそれほど熱心に見張っているわけじゃない。それでも複数人なら見つかりやすくなるが、シェイルは一人だ。

 よほど派手な動きでもしない限り見つからない。


 わざわざ相手にする必要もないのでシェイルはこの見張りたちを完全にスルーした。

 下手に手を出してアジトに連絡されても面倒だろう。



 森の中を一時間ほど進み、アジトの近くまでたどりついた。

 小さな岩山に洞窟がある。その奥に盗賊たちはいるようだ。

 ここまで来ればわざわざ魔法でエコーを作り出さなくても気配が伝わって来た。


 さて、問題はここからだ。

 洞窟にどうやって侵入するのか?

 シェイルは茂みの中から目を凝らして観察した。


 入り口近くに見張りが三人いる。

 街道沿いのが獲物へのアンテナなら、こっちのは侵入者へのアンテナといったところか。


 シェイルは腕組みして首をかしげた。

 二人ならまだなんとかなったかもしれないが、三人は少しキツイ。

「侵入者だ!」と一人でも叫ばれたらアウトだ。その前に無力化できる自信は無い。

 でも、おびきだして注意を引けば……、なんとかなるか。

 最初の反応までの時間がわずかでも稼げれば、声を出される前に無力化できる。


 これだな。

 おびきだして注意を引く。それでいこう。



 ***



 洞窟の入り口の少し奥の暗がりにその三人はいた。

 昼なのにわざわざ洞窟の中、ランプをつけてボードゲームに興じている。

 暇なのだ。


「食らえ! 王手!」

「ははは! バカが! ここから逃げれるだろうが!」

「バカはお前だ、バカ! 何べん言ったら駒の動き方覚えやがる!?」

「……いや、お前らどっちも駒の動かし方めちゃくちゃだからな?」

「はあ!? んなわけねえだろ、死ね!」

「そうだ、死ね!」

「……ああ? だったら、もうやんねーぞ!」

「すまん」

「ごめん」

「よろしい」


 ケンカが収まった瞬間、重い音が周囲に鳴り響いた。


 ゴン! ガン! ドン! ガッ、ドッ……ゴーン!!


 軽い地響きが収まると、三人は恐々顔を見合わせた。


「なんだ、あれ?」


 洞窟の外に巨大な岩が落ちていた。

 大人の身長ほどもある大きな岩だ。自分の上に落ちて来たならひとたまりもないだろう。


 落石だ。


 三人は他の落石が無いか、頭上に注意しながらおそるおそる岩に近づいた。

 三人の視線が岩と山を行ったり来たりする。


「あぶねえな、マジかよ」

「こんな大きな岩、あったか?」

「あの辺にあったんじゃないか? ほら、崩れてる」

「そうかあ……。こんなにでかかったか?」

「うーん……。こんなもんだったんじゃ―――」


 三人の視線が再び岩に集中した。

 その瞬間、背後で「トン」と軽い物音がした。

 あまりに軽い音だったので木の枝か何かが落ちたのかと思った。

 だから三人が振り返るまで息を整えられるほどの時間があった。

 その時点で勝負はついていた。


岩石牢獄ストーン・プリズン


 地面に手をつき土魔法を発動しているシェイルがそこにいた。

 土をドーム型に変化させて三人を覆い、岩に変化させる。

 あっという間の出来事だった。

 三人は仲間を呼ぶこともできずに拘束された。


 三人は中から壁を叩いているようだが、ほとんど何も聞こえない。

 成功だ。

 シェイルはホッと息を吐いて壁に手を当てた。

 聞こえるはずはないが、なんとなく声をかける。


「帰るときには開けてやるから。それまで大人しくしてろ」


 振り返り、洞窟の入り口を見る。誰もいない。

 大丈夫そうだ。盗賊たちにはバレていない。

 洞窟に入り、壁沿いにゆっくりと進む。


(しまったな。見張り役の服を失敬して変装すればよかった。

 ……いや、四十人程度しかいないなら、全員顔見知りか。意味ないな)


 薄闇の中を進みながら効果的に目的を達成する方法を考えるが、いいアイデアは浮かばない。


 やがて少し広い部屋に出た。

 円形の大きな部屋で机やベッドなどが置かれている。

 一人暮らしをする老人の家、という感じだ。

 壁際には淡く光る蛍光ランプがかけられている。あまり明るくないが、家具にぶつかることはないだろう。


 ……誰もいない。人の気配が無い。

 シェイルは部屋の真ん中まで来てその部屋に入口以外に出口が無いことに気づいた。

 罠か……?


 シェイルがそう考えた瞬間、入り口あたりで何かが落ちる音がした。

 それとほぼ同時に頭上で何か音がした。

 なにか、重いものを引きずり、落とすような音だ。

 両手を下げたまま、とっさに頭上に透明な障壁を展開する。


 障壁に何かが当たり、ガチャンと割れる音がした。

 割れたのはツボだったようだ。

 中からどろっとした液体がこぼれ、匂いが鼻についた。

 この匂いは……油か?


 ボッと頭上で光が灯った。

 その光に照らされて頭上の様子がよく見えるようになった。


 天井には穴が空いていた。半径1メートルくらいだろうか。

 その穴の淵に男が数人立ってこちらを見下ろしている。

 盗賊らしく毛皮でできた服を着ている。

 その中に松明を持った男がいた。他の男たちよりも少し毛皮の量が多い。

 こいつがリーダーなのか?

 ずいぶんと若い。他の男たちの方が老けて見えるくらいだ。


「よお、侵入者。何か言い残すことはあるか?」

「別にない。アンタは?」

「はっ! この状況で余裕だな!」


 リーダーはちらりとシェイルの足元に目をやった。

 油は障壁の端からしたたり落ちて水たまりをつくり、シェイルの足元まで広がっている。

 もしも火をつければシェイルにも確実に火がつくだろう。

 それを確認してリーダーはニヤリと笑った。


つええのか、バカなのか……。

 いいね、どっちにしても俺は好きだぜ」

「で、答えは? 言い残すことはあるか?」

「無い! 欲しいもの持ってるやつからは奪うし、それを邪魔する奴ァ殺す!

 それが俺の生き方だ。曲げたりはしねえ。折れることはあってもな!」


 そう言うとリーダーは松明をぽい、と放り投げた。

 松明は薄い放物線を描きながらシェイルの障壁めがけて落ちていく。


 シェイルは両手を上げて障壁に触れた。

 魔法で風を呼び起こす。


「吹き飛べ!」


 かなりの魔力をこめて強風を巻き起こす。

 同時に展開していた障壁を破壊する。

 砕けた障壁が風で舞い上げられ、松明に激突し、油に引火した。

 回転し、燃える油をまき散らしながら、天井の穴めがけて突っ込んでいく。


「おっと、あぶねえ」


 リーダーは難なくかわしたが、穴の淵にいた他の男たちは漏れなく多少なりともダメージを負った。

 普通に障壁の破片に当たったのが一人。まき散らされる高温の油で火傷を負ったのが二人。

 両方食らった運の無い奴が一人。

 さらに、穴の淵から這い上がって来るシェイルに蹴とばされたのが一人。


「人んに土足で上がってんじゃねえよ」


 不安定な体勢だったシェイルの顔面にナイフが三本飛んできた。

 しかし、ナイフは障壁に阻まれてそのまま地面に落ちる。

 シェイルは立ち上がり、ナイフを投げてきたリーダーをにらんだ。

 リーダーを中心に盗賊たちが輪になってシェイルを取り囲む。

 シェイルは周りの取り巻きには目もくれずにリーダーだけを見ている。


「人の物を勝手にるくせに言えた義理か?」

「この世界は俺のものだ。俺は自分の物を自分の手元に取り戻してるだけだ」

「……自分をだまして楽しいのか?」

「はあ? どういう意味だよ」

「お前が本当にこの世界の王様か何かだと思ってるなら滑稽だ。

 だったらなぜこんなところにいる? なぜ王様じゃない?

 答えは簡単。お前が嘘つきだからだ」

「……。っく、ひっひっひ……」


 リーダーは顔を隠し、異様な声で笑った。

 笑っているような、泣いているような、おかしな声。

 その異様な声に周りの盗賊たちも驚いているようだ。


 図星だったのだろうか?

 軽い挑発のつもりだったのだけれど……。

 むしろ周囲の盗賊たちの殺気が増した気がする。

 少々計算外だが、今日は調子がいい。許容範囲だ。


「ひひひ……。お前、名前は?」

「盗賊に名乗る名は無い」

「そうか。礼儀知らずめ。俺はカシガルだ。

 確かに今、俺は王じゃない。だが俺はいつか王になってみせる。

 覚えておいて損は無いと思うぜ?」

「……まさか、この世界には山賊王なんていないよな?」

「山賊王! いいね、その響き! 気に入ったぜ!

 まあ、俺は山賊じゃなくて盗賊だがな!」


 途端、周囲の盗賊たちが数人殺到してきた。

 前後左右からシェイルに攻撃を仕掛けてくる。

 シェイルは土魔法で作った即席の石剣と障壁でガードした。

 完全な死角になる背後と頭上は常に障壁を展開している。自分の動きの邪魔になれば壊す。

 自分で作った障壁を破壊することは魔力の無駄遣いだが、無尽蔵と言っていい魔力量のシェイルはそんなことを気にする必要は無い。

 つけ入る隙は物理的にふさげばいい。


 それにしてもずいぶんと上品な攻撃だとシェイルは思った。

 彼らは互いに攻撃が当たらないように一定の距離を保ちながら戦っている。

 盗賊なのだからもっとめちゃくちゃな攻撃をしてくるものだと覚悟していたが、これなら問題ない。

 確かに攻撃の手数は多い。

 しかし、トリビューラやその眷属たちとの戦いを思い返せばなんてことはない。

 手数が多いと言ってもリオンの方がはるかに多かったし、攻撃の重さも無いようなものだ。


 つまり、余裕だった。


 シェイルは攻撃の途切れた一瞬の隙をついて石剣を伸ばし、一気に振り払った。

 取り囲んでいた二十人近くはいきなりの衝撃に崩れ落ちた。

 シェイルは這いつくばり呻いている盗賊たちには目もくれず、カシガルを見ていた。

 息一つ乱さずに。


「山賊と盗賊のどこが違うんだよ」

「ん? ああ、野蛮さだよ。盗賊の方がスマートだ」

「これのどこがスマートだよ」

「頭を使ってるところさ。少しおしゃべりしようぜ」


 カシガルはそう言うと椅子に座った。

 シェイルが眉をひそめた瞬間、倒れたのとは別の盗賊たちに攻撃された。

 またさっきと同じ攻防が繰り広げられる。

 さっきまでいた盗賊たちは自力で這って逃げるか、仲間たちに引きずられるか、さもなければ踏まれることになった。

 カシガルはそんな仲間たちに気づきながらもシェイルに視線を戻した。


「お前、冒険者だろ。何しに来た?

 俺達を皆殺しに来たって感じじゃあないな」

「不意打ちなんて卑怯だろ」

「スルーってことは、図星ってことか。

 ま、盗られたもん取り返して来いとかそんなとこか?

 お前たちの用事なんてそれくらいだろ」


 カシガルは煙管キセルに火をつけて吸い始めた。

 盗賊たちにシェイルを襲わせながら。


 これはまずい。なんとなく、まずい気がする。

 状況的には問題ない。盗賊たちは脅威ではない。

 力量的には大したことは無い。四対一でもこのまま押し切れるだろう。

 だが……、こいつに頭を使われたらまずい気がする。

 弱点を見つけられてあっさりと殺されるかも……。

 どうにかしなければ―――。


「よし」


 カシガルが膝を打つ音がした。

 その瞬間、シェイルの足元から石の刃が何本も突き出してきた。

 一本一本は短いが数が多い。

 シェイルの足はふくらはぎまで縫い留められてしまった。

 血が足からしたたり落ちる。


「ぎっ……!?」


 激痛に顔をゆがめるがそれでもシェイルは盗賊の攻撃をしのいだ。

 しかしそれ以上の追撃は無かった。

 盗賊たちは口元に微かに笑みをうかべて手を休めた。

 これで終わりだと思ったらしかった。

 カシガルを見ると、勝利を確信した笑みを浮かべていた。

 シェイルはほっとした。

 

 なんだ、この程度だったのか。

 ビビる必要なんて無かったな。

 シェイルはいつの間にか薄笑いを浮かべていた。

 カシガルはそれに気づいて慌てて叫んだ。


「おい、休むな! 畳みかけ―――!」

「遅い」


 シェイルは剣を構え、足を乱暴に引き抜くと一歩踏み込んだ。

 石の茨を踏み砕きながらカシガルまで届くよう、剣を伸ばし、薙ぎ払った。

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