表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第5章 王女・呪い・水晶竜
94/134

第90話 金欠

 トリビューラとの戦闘から半年後、シェイルは聖都から遙か西の街の裏路地にいた。

 あごには無精ひげが生え、目は少し落ちくぼんでいる。

 そして、ほとんど空になった財布を片手に途方に暮れていた。


「……金が無い」


 財布をひっくり返してみる。

 中から転がりでてきたのは銅貨6枚。

 それだけ。

 これでは今日の宿泊費はおろか、夕食代すらままならない。

 どうしてこんな状況になったのか?


「うっかりしてたなあ……。

 減ってるからなんとかしないと、とは思ってたけど……」


 うっかりにも程がある。



 ***



 ローアとミケルマを生き返らせるためにエリスの指示に従って「水晶竜の心臓」と「妖精王の翅」を手に入れることにしたシェイルとキュアリスはそれぞれ手分けして探すことにした。


「水晶竜ねえ……。あれはちょっと変わった習性を持ってるから、探すのは大変だよ」


 水晶竜の居所を尋ねるとキュアリスは難しい顔であごを手でさすった。

 キュアリスがこんな表情をするのは難しいな、とシェイルは思った。

 この勇者は誰もが「無理だ!」と思うようなことでも片手間にスピードクリアし、さらにはピースしてみせるような奴だから。

 この勇者が「大変」というからには相当厄介に違いない。


「変わった習性?」

「水晶竜は高い山に住んでいて、基本的にはずっと寝ている。めったに村を襲わないから、情報が少ない。

 しかも、だいたい半年ごとに移動するんだ。食事を取ってからね」

「どこが変わってるんだ?」

「食事を取ってから移動して、半年冬眠して、起きて食事して移動、を繰り返すってところ。

 普通、移動してから食事して冬眠って思うでしょう?

 食事すればその分重くなって移動が大変だから」

「そんなに食べてから移動するのか?」

「そう。食い溜めてから移動するの。非効率的よね。

 でも、メリットもある。人間に見つけられないっていうメリットが」

「でも、竜なんだろ? 空飛んで移動するならバレバレじゃないのか?」

「月の無い夜に、人里を避けて飛ぶの。徹底的なのよ」

「……。強いの?」

「強いわ。私でも倒すのに少し時間がかかるくらい。

 でも、シェイルなら半年ちゃんと修行すればなんとかなると思う。

 だから今回は……」


 キュアリスは自分のカードを見せた。

 エリスからもらったカード。「妖精王の翅」と書かれたカード。

 シェイルとキュアリスで別々のカードをもらっている。


「手分けしましょう。

 君はもっと強くならなきゃいけない。

 私がついていくと助けちゃいそうだし」

「わかった。じゃあフェリクス達と一緒に行ってくる」

「うーん、ちょっと待って」


 キュアリスは再びあごに手を当てて考え始めた。

 シェイルをにらむように見つめたまま考え続けている。

 なんだろう、怖い。

 なんか嫌な予感がする。

 やがてキュアリスはニヤリと笑った。

 予感は当たった。


「シェイル、君は一人で行きなさい」

「は? なんで?」

「君は誰かを頼ることができる。

 それは素晴らしいことだと思うわ。

 でも、次のステージに行くためには誰にも頼れない状況が必要だと思うの。

 だから君は一人で行きなさい」



 ***



 一人で旅立った結果、シェイルは路地裏でほぼ空になった財布を片手に途方に暮れていた。

 水晶竜の目撃情報を探して各地を転々としてきたのだが、その途中で金欠になってしまった。

 今は一年前の目撃情報を頼りに西へ向かう馬車に乗ろうとして金が足りないことに気づいたのだ。


「旅立った時は教会からもらったお金で財布がパンパンだったのになあ……。

 まあそりゃなくなるよなあ。収入ゼロだもんな……」


 シェイルはぶつぶつとボヤきながら立ち上がった。

 実を言えばお金を稼ぐ当てはある。

 ただ、気が進まないだけだ。


 なぜなら危険だから。

 分不相応な肩書のせいで不釣り合いな仕事をさせられそうで不安だから。

 しかし―――。


「このままじゃ、竜を見つけ出す前に飢え死にしちゃうよなあ……。

 仕方ない。行くか、冒険者ギルド」


 シェイルはため息をついて立ち上がり、街のギルドへ向かった。


 シェイルはA級冒険者である。

 これがどれくらいすごいかと言うと、おそらくこの町にはA級は一人もいないだろう。せいぜいB級が一人か二人。

 この町はそこそこ大きい。人口は数千人と言ったところか。

 市場に出ればたくさんの人でにぎわっているし、酒場には酔っ払いがあふれている。


 それでもA級は一人もいない。

 きっと厄介な依頼を受けさせられてしまうだろう。

 危険に違いない。

 嫌だ、受けたくない。

 A級なのはキュアリスが勇者の権力でムリヤリねじこんだからだ。

 つまりはコネだ。実力ではない。

 A級の依頼なんて受けてしまったら下手すりゃ死んでしまう。

 だから絶対に低いランクの依頼を受けよう。受けなければ……!


 シェイルはそう心に決めて冒険者ギルドの扉を開けた。


 そこは酒場と一体になったような造りだった。

 一階ロビーと二階にいくつも高い丸テーブルが置かれ、冒険者たちが昼間にもかかわらずジョッキでビールを飲んでいる。

 その奥の方にギルドの受付があり、年配の女性が立っているのが見える。


 驚いたことに彼女もビール片手に冒険者と談笑していた。

 制服を着ているし、カウンターの奥にいるから受付嬢……のはずだ。多分。


 シェイルはカウンターの前に立ち、受付嬢に声をかけた。


「ちょっといいかな?」

「……ん? なんだい? 坊や、何の用だい?」

「依頼を受けたいんだけど」

「あん? ここは冒険者ギルドだ。冒険者じゃなきゃ帰りな!」


 どうやら冒険者だと思ってもらえていないらしい。

 おかしいな。背中に大剣アドルモルタしょってるのにな。

 あごに火傷の痕もあるのにな……。

 受付嬢が口元をにやりと歪めて入口を指さすと、彼女と談笑していた冒険者も同調して笑い出した。


「そうだ帰りな! でなきゃこんなんなっちまうぞ!」


 そう言って自分の持っているジョッキを一気にあおり、ぶはーっと気持ちよさそうに酒臭い息を吐いた。


「昼間っから飲む酒の味!

 たまんねえ! これだから冒険者はやめらんねえぜ!」

「しょうの無い奴だねえ……。ああ、うまい」


 ボヤキながら彼女もビールを飲んでいる。どっちもどっちだ。


 ……いや、そうじゃなくて。

 別に軽んじられるのはいい。気が楽だし。持ち上げられるよりずっといい。

 でも依頼を受けられないのはまずい。金が無いんだから。


「あの、俺も冒険者です。一応」

「ん~? 冒険者? 坊やが? 本当に?」

「ああ」

「手帳見せてみな」

「手帳?」

「冒険者手帳だ。冒険者ってんなら持ってるんだろ?」

「あー、ああ! えーっとどこにあったかな……」


 シェイルはあわててカバンの中を引っ掻き回した。

 視界の端で受付嬢が軽く肩をすくめたような仕草をした。

 なんというか、子供のいたずらを生温かい目で見ている感じだ。

 ……ここまで来ると少しイラっとしてきたな。

 おっと、あったあった。


「はい、冒険者手帳」


 シェイルがカウンターに手帳をバン!と置くと、受付嬢は「おや」と小さく口にして驚いたように目を丸くした。まさか目の前の子供が冒険者手帳を持っているなどとは夢にも思わなかったらしい。

 そう顔に書いてあった。


「どれどれ、階級は……? はあ!? A級!?」

「A? 見間違いだろ」

「誰の目が節穴だって!?」

「そこまで言ってねえよ……」

「アタシが節穴だったら、アンタも節穴だよ! ほら!」

「だから言ってねえ……。はあ!? マジかよ!? ……いや、ちょっと待て。

 いくらなんでもこんな子供ガキがA級なわけねえだろ」


 シェイルは内心「しめた!」と思った。

 この流れなら自然に自分の実力について説明できる。


「そうなんだ。実は―――」

「わかった! 拾ったんでしょう! イタズラ坊主!」

「いや、違うって。だから―――」

「違うってんなら、実力を証明してみな!」

「え? だから実力は無いって―――」

「みんな! アレをやるよ!」


 受付嬢が冒険者たちに向かって大声で叫んだ。

 途端に冒険者たちが興奮に沸き返る。


「アレ!? アレか! アレをやるのか!?」

「おいおい、まだ時期じゃねえだろ! 次は二か月後じゃねえのか!」

「おい誰か、仕事に出てる連中に知らせてやれ! 

 誰がやるのか知らんが仕事じまいだ! 酒だ! 祭りだ! ギャンブルだ!」

「アレってなに……?」


 いきなりお祭り騒ぎになった冒険者たちをカウンター前で見つめながらシェイルは否応なく感じていた。

 何が起こるのか全く分からないが、このお祭り騒ぎの渦中にいるのは間違いなく自分だと。

 ……ああ、帰りたい。



 ***



 ロビーの丸テーブルが端においやられ、中央にスペースができている。

 そしてそのスペースのド真ん中に丸テーブルが一つ残されている。

 その奥にはマイクのようなものを片手に持ち、腕組みをしている受付嬢。

 左側にシェイル。右側に冒険者の一人が立っている。

 冒険者たちは彼らを取り巻くように並んでいる。彼らは観客なのだ。


「魔法アームレスリング大会、開催しまァ~~~すッッッ!!」

「「「ウオオオオオオオオッッッッ!!!!!」」」


 冒険者たちが興奮の雄叫びを上げる。

 ジョッキで端のテーブルをガンガン叩き、足踏みで床を踏み鳴らした。


 シェイルは床がかすかに振動しているのを感じていた。

 周囲のテンションが上がっていくにつれて逆にテンションは下がっていった。

 冒険者の仕事を斡旋してもらいたかっただけなのになんでこんなことに……。


「ルールは簡単! 魔法ありの腕相撲! 以上!」

「いや、待ってくれ! 魔法ありってどういうことだ!?

 腕相撲しながら火の魔法とか撃ち合うのか?」


 シェイルが慌ててテンションMAX受付嬢に質問すると、「信じられない……」とでも言いたげな目をされた。


「……アンタ、何言ってんの? そんなことしたら危ないでしょうが!?」

「じゃあ、ちゃんと説明してくれよ! 魔法アームレスリングなんて知らないよ!」

「はあ~……! ではリクエストにお応えしてちゃんと説明しましょう!

 基本的には普通のアームレスリングと変わりません!

 互いに片手を組み、相手の手の甲を台につけた方の勝ちです!

 その他のルールもアームレスリングと同じ!

 ただし、魔法を使ってパワーを底上げして構いません!

 筋力プラス魔法のぶつかり合い! 脳筋による脳筋のための!

 冒険者による冒険者のための競技! それが魔法アームレスリング!!

 ……どう? わかった?」

「わからん」

「……オッケー。はーい、両者、セット!」

「ちょっと!」

「なに?」

「聞こえてる? まだよくわからないんだけど……?」

「聞こえたよ。

 でも面倒だから―――あ、いや、やればわかるから、とりあえずやってみな」

「テキトーすぎない?」

「ルール違反したらぶん殴って止めたげるから」

「無茶苦茶じゃないか!」

「いいから組みな! セット!!」


 シェイルは笑う冒険者たちに無理矢理アームレスリングの姿勢を取らされながら考えた。

 相手の冒険者が不敵に笑う。

 ごつい手だ。とても勝てそうもない。

 でも、これは魔法アームレスリング。勝敗は筋力で決まるわけじゃない……。


 いや、魔法アームレスリングってなんだよ!?

 つまり……魔法を使っていいってことだろう。

 でも、危ないのはダメ……。

 相手を直接攻撃するのはダメってことか。

 それがダメとなると……?


 と、受付嬢の手が俺達の手の上に重ねられる。


「用意はいいか? いいね? よし!

 おっと、そうだ、アンタ、名前は?」

「シェイル・ホールーア」

「よし、シェイルね。がんばりな! テイアもね!

 それでは……。

 レディ……ゴー!!」


 勝負は一瞬だった。

 気づいたときにはもうすでに決着はついていた。

 轟音と共に腕はテーブルに叩きつけられ、そのテーブルは勢いを受け止めることなく粉々に破壊された。

 受付嬢も周囲の冒険者たちも驚き、テーブルの破片から顔を手で覆った。

 テーブルが無くなったのでどちらが勝ったのかわからない……なんてことはなかった。

 敗者は床の上で腕をおさえて悶絶していたからだ。


 さっきまでのお祭り騒ぎが嘘だったかのようにロビーは静まり返っている。

 しかし、ただ一人突っ立っている勝者の手を受付嬢は上げた。


「しょ……勝者! シェイル・ホールーア~~!」

「「「ウオオオオオオオオッ!!!」」」

「すげえすげえ! あんなの初めて見たぜ!」

「あんた、どんだけ怪力なんだよ! 見かけによらねえなあ!」

「バーカ! 魔法だから見た目は関係ねえよ!」

「次は俺だ! 俺ともやってくれ!」

「あ~……、ちょっと待ってくれ! まずこの人の治療しないと……」

「大丈夫だって、そいつバカだから明日になりゃぴんぴんしてるって」

「バカだから!? どういうことだ!?」

「ぐぅっ……、わ、わわわずかに力及ばなかかかかかったか……。

 だだだだが次はどうかな!?」

「本当だ。バカだ!」


 その後、小一時間ほどシェイルは冒険者たちとアームレスリングを繰り広げたのだが、ただの一度も負けなかった。

 経験豊富な屈強な冒険者たちを次から次へとなぎ倒していくのは、自分が強くなったんだという実感も相まって非常に楽しかった。

 A級冒険者だけど本当は弱い、ということを知ってもらうという狙いは完全に忘れていた。



 シェイルが使った魔法について少しだけ説明する。

 シェイルが使ったのは身体強化や身体操作の類の魔法だ。

 ドットが教えてくれた魔法で、最後に使った魔法でもある。

 シェイルはアームレスリングにおいて魔法で「腕を倒す」という身体操作を行ったのだ。

 そして魔法の練度と馬力で相手を大きく上回り、テーブルを粉砕する結果となった。

 半年間の訓練の成果である。


 シェイルは自分の手を何度か握ったり開いた。

 どうやら思ったよりも自分は強くなっていたようだ。

 もしかしたらA級の依頼でもこなせるのか?

 ……いや、油断は禁物だ。

 実戦経験が少なすぎる。

 パワーはあるかもしれないが、自分でも知らない弱点を突かれればあっという間にひっくり返されてしまうだろう。

 だから方針は変わらない。

 できるだけ危険は避けよう。

 A級の依頼なんてもってのほかだ……。



「いやあ、いいもん見せてもらったよ!」


 受付嬢に肩を叩かれてシェイルは我に返った。


「さすがA級冒険者の肩書は伊達ダテじゃないね!」

「実はコネでA級になったから、もっと低い階級の依頼をしたいんだが……」

「はっはっは! 冗談が下手だね、アンタ!

 そんな皮肉が出るほど歯ごたえのある仕事に飢えてるってことかい!?」

「違う。断じて違う」

「わかったよ、腕によりをかけて最高にスリリングな仕事を用意してあげるよ!」

「いやだから違うって……。ああ……」


 シェイルはウキウキした様子でカウンター裏に飛んでいこうとする受付嬢を止めようと手を伸ばしたが、まるで間に合わなかった。

 伸ばした手は行く当てを失って力なく垂れた。


 ……どうやら仕事はもらえそうだ。ただし危険に満ちた仕事が。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ