第89話 黄昏
気づいたときには、知らない部屋の知らないベッドの上で横になっていた。
昨日、何があったのか、上手く思い出せない。
いや、思い出したくない。
それが正しいのだと……、事実だと確認したくない。
シェイルはゆっくりと身体を曲げて縮こまると、頭まですっぽりと布団をかぶった。
もう一度眠りたかった。
夢を見たかった。
現実なんてまっぴらだった。
しかし、現実は非情だった。
「おはよう、シェイル」
キュアリスの声と共に布団をめくられた。
抵抗するようにつかんだが、力づくで引きはがされる。
「……」
「起きなさい」
「……ローアと……ドットは……」
「二人とも死んだわ。あと、ミケルマもね」
「……ミケルマもか……。……ココはどうしてる?」
「一晩中泣いてたわ。今は泣き疲れて寝てるけど」
「……そう」
死んだ。
ローアが死んだ。
ドットが死んだ。
死んだ……。
ダメだ。現実感が無い。
いない? いないのか?
意味がわからない。
死んだ?
なぜ?
……眠りたい。
眠って全て無かったことにしたい。
眠ればきっと夢になる。
キュアリスに奪われた布団を取り返そうと手を伸ばすが、キュアリスは布団を遠くに放り投げてしまった。
「……」
「もう起きなさい」
しかし、シェイルはうつろな表情でベッドに倒れこんだ。
布団はあきらめて何もかけずに横を向く。
窓が見える。
だが、外の景色は見えない。真っ暗だ。
まだ夜なのだろうか……。
「シェイル……」
「キュアリス、いいよ。寝かせておきな」
「……わかった」
エリスの声がした。
神様の一声でキュアリスはシェイルを起こすことをあきらめたようだ。
エリス……。
「あんなことがあったからね、無理もないさ」
エリス……。
エリスは何か言っていたような……。
そうだ、たしか俺が死ぬとか何とか……。
でも……。
「……エリス……!!!」
シェイルはベッドから起き上がった。
目を血走らせてエリスに詰め寄っていく。
「よくも……、よくも嘘をついたなッ!! お前っ!」
「……寝起きで神様にケンカを売るなんてずいぶん元気じゃないか」
「ケンカ売ったのはお前だろ!!」
シェイルはエリスのえり首をつかんで持ち上げた。
エリスは薄ら笑みを浮かべている。
「ごめんよ、シェイル。最後の最後であいつに未来を変えられてさ―――」
「そんなの知るかッ!! お前のせいで三人死んだんだぞ!!
お前の……あんな予言がなきゃ、皆まだ生きてたかもしれないだろ!」
「三人? 死んだのは三人どころじゃないよ。
聖騎士たちのこと忘れてない? ついでにトリビューラの兵隊たちも」
「……本当にケンカ売ってるのか……?」
「どうかな。ボクもちょっとイライラしてるかもね。
裏をかいてやったつもりが、終わってみれば大したアドバンテージは取れなかったし……。
奴は封印できたけど、みんなが死んだのは手痛い失点だよ」
「失点……?
お前もトリビューラと同じだな。俺達のことを駒かなんかだと思ってんだろ。
違うのか? 違うのかよ、神様!?」
「違わない。違わないよ、人間。
君たちは駒だ。僕はプレイヤーだ。
そこには越えられない壁がある。
わかっていないのは、君だ。シェイル」
「上等だ……。お前なんか、お前なんか……!」
「そこまでよ、シェイル」
怒りに震えるシェイルの後ろにいつの間にかキュアリスが立っていた。
後ろからシェイルを羽交い絞めにして身動きを取れないようにされた。
ジタバタしたがビクともしない。
最後には犬のように怒りに顔をゆがめながらうなるだけになった。
「うううううう……!」
「どうどう……。落ち着きなさい、シェイル。
エリス! あなたもあなただ。大人げない」
「……悪かったね」
「ふん」
「……シェイル、落ち着いて。今後のことを話そう」
「そんなことを話してどうなるんだよ……」
「三人を生き返らせることができるかもしれないよ」
「……えっ? それ、本当なのか?
どうやって? 魔法で生き返らるのか?」
「落ち着いて、シェイル。
それを今から話し合うんだよ」
シェイルが暴れるのをやめたので、キュアリスはシェイルを下ろした。
ようやくシェイルはここがどこかを確認した。
そこは円卓の間だった。
広い部屋の中央に大きな円卓がでんと置かれている。
天井には黒と金のシャンデリアがぶら下がっている。
席は八つある。空席は一つ。
席についているのはエリス、トリビューラ、レドモア、ドミナトス、あとは知らない顔だった。
キュアリスはシェイルを連れてエリスの反対側に歩いて行った。
そこには空席が一つあったが、キュアリスはその椅子に座ろうとはせずに立っている。
シェイルは円卓に座っている面々を見てようやく理解した。
これは―――。
「ようこそ、魔王の円卓へ。歓迎するよ、人間諸君」
エリスが笑って両手を広げる。
シェイルはまたムッとしたが、それを察してキュアリスが右手でシェイルを制した。
「それで? あれは何なの、エリス?」
「あれはトゥルモレス。夜の魔王」
「トゥルモレス? 夜の魔王? 聞いたことがないぞ」
そう言ったのはトリビューラだった。
ただし、今までと少し容姿が違う。
顔は三角形だが、今までのように頂点が上ではなく下になっている。
いわゆる逆三角形型になっていた。
こいつもトリビューラの演算機なのだろうか。
トリビューラの発言に突っ込んだのはレドモアだった。
「おい、トリビューラよ。お前こそアレを知らんのか?
アレはお前の魔法陣から呼ばれたのだぞ、ワガハイと同じようにな」
「知らんな。そんな切り札があればとっくに使っている。
そこの一人では何もできんような臆病者どもにやられる前にな」
「負け惜しみか?」とドミナトス。
「百年かけて準備して挑んだ勝負で余の残機を一つでもつぶせたのだ。
さぞや満足であろうよ」
「はいはい、そこまでね。話進まないから」
エリスがうんざりした口調で言うと、トリビューラとドミナトスはにらみ合ってはいたがそれ以上は何も言わなかった。
「トゥルモレスは大体千年くらい前に当時の魔王全員で封印した魔王なんだ。
すごく強いから、皆にも協力してほしくてね」
「千年前か……。私が魔王になる二百年前の話だな」
エリスの隣に座っている魔王が静かに言う。
シルエットがやや大きな青い巨人だった。
身体の造形はほぼ人間だったが、頭部だけは阿修羅像のように三つか四つの顔がくっついたようになっていた。
巨人が話し始めると、キュアリスがシェイルに耳打ちしてきた。
「彼は回遊する連星、フォクス・ミクス。魔王の中で一番の古株だよ。
あ、もちろんエリスの次に、って意味ね」
「なあ」
「なに?」
「なんで俺たちはここにいるんだ? フェリクス達は?
あの後どうなった?」
「ああ……、大丈夫。皆は無事だよ。
すぐそこの部屋にいる。ただ、この部屋には入れないってだけ。
私たちがここにいるのは、エリスに連れてこられたから。
話を聞いて欲しいんだってさ」
キュアリスは苦笑いした。「勝手だよね?」とでも言いたげな表情だ。
「ローアが死んでシェイルが気絶したでしょ。
その後、トゥルモレスをエリスが魔法で封印して……。あいつはあの沼の泥ごと月に吸い込まれて退場したよ。
その後、エリスが闘技場にやってきて私たちと一緒にここに来て……。
魔王も招集した。それが今かな」
「そういうことか。……三人を生き返らせるかもしれないってのはどういうことだ?」
「エリスがそう言ってたんだよ。
泣き続けてたココを慰めるためだと思うんだけど……」
「……ああ、そうだよ。生き返らせることはできる」
エリスの声に顔を上げると、エリスは怖い顔でこちらを見ていた。
どう見ても、「良い話がある」っていう表情ではない。
「まず、断っておくけど……。ドットを生き返らせることはできない」
「……なんでだよ?」
エリスの言葉にシェイルが噛みついた。
エリスは少し悲し気な表情で肩をすくめた。
「そんな邪見にしないでくれよ……。
別に意地悪で言ってるわけじゃないんだよ……。
ドットを生き返ることができないのは……、アドルモルタを使ったからだよ」
エリスがパチンと指を鳴らす。
円卓の真ん中にアドルモルタが現れて浮かぶ。
円卓を囲む魔王たちがその魔剣を見て息をのんだ。
それは当然だろう。
何百年も前に死から解放されたはずの彼らの前に突然、「死」が形をもって現れたのだから。
「ドットは所有者でもないのにアドルモルタを最大出力で使用した。
文字通り、魂まで魔剣に喰われたんだ。
彼を生き返らせるのはボクでも無理だ」
「……」
ドットは生き返らせられない……。
何の恩も返せてない。それなのにもう会うことはできないのだ……。
というか、魂を喰われたのか。
それって大丈夫なのか?
死んでるから大丈夫も何も無いけど……。
そもそもこの世界では死んだらどうなる?
魂があるなら生まれ変わりとかありそうだけど、もしそうなら、ドットは生まれ変われないってことにならないか?
ドット……。
「でも」
シェイルの注意を引くように、エリスが少し大きな声を出した。
「でも、ローアとミケルマを生き返らせることはできる」
「……本当に?」
「本当。これは本当。
……別に意図的に嘘ついたことは無いよ?
二人を生き返らせるのは可能だ。
トゥルモレスの攻撃で死んだのが厄介だけど……、不可能じゃない。
問題は……時間が足りないってことだ」
「……どういう意味? やっぱり無理なんて言うんじゃないだろうな?」
「まあ、近いね。二人の復活は可能だけど、簡単じゃない。
トゥルモレスが復活するのは一年後だ。
それまでに必要なものがある」
「なぜ一年なんだ? 根拠は?」
「説明してもわからないし、その必要も無い。
とにかくあいつが復活するまで一年かかる」
説明してもわからないならここに集められた意味ってなんなんだろう……とシェイルは思ったがエリスはそういう奴だと思い直して質問を変えた。
「じゃあ、必要なものってなんだよ。何が必要なんだ?」
「水晶竜の心臓と、妖精王の翅」
エリスの口にしたラインナップにシェイルは眉をつりあげた。
……なんかずいぶんとファンタジーなものが必要なんだな、と思った。
というか、なんかゲームの終盤に必要になりそうだ。
「……そんなものが必要なのか?」
トリビューラが訝し気に言う。
他の魔王たちも口には出さないが似たような顔をしていた。
どうやら魔王にとって人を生き返らせることはそれほど難しいことではないらしい。
「まさか神ともあろう者が復活の奇跡が苦手などとは言うまい?」
「……トリビューラ。君のペナルティの期間、倍にしてやろうか?」
「……すまなかった」
「聞こえないなあ?」
「口が過ぎた! 申し訳ない! これでいいか!」
「まあ、いいでしょう。さて。
ここで問題なのは、二人がトゥルモレスの攻撃で死んだっていうことなんだ。
あいつの攻撃は復活を妨げる。その魔法を中和しなきゃならない。
そのために心臓と翅が必要になる」
「……魔法ってイメージが全てなんじゃないの?
ローアはそう言ってたよ?」
「なんで君は千年生きてる神様よりも、十数年しか生きてない巫女のこと信じてんの!?」
「……自分が常識だと思ってることは相手にとっても常識とは限らないんだよ?」
「……そうだな。エリスはそういうところがあるな」
「ミクス!? 君までそんなこと言うのか?」
「シェイルはお前のことが単純に信じられないだけだろう。
ところで、心臓と翅を手に入れたらミケルマも生き返らせてくれるのか?」
「さらっとショッキングな核心を突かないでよ!
えーっと……、そうだね。うん、ミケルマも生き返らせよう」
「よし、ならその二つは私が集めてこよう。それくらいなら―――」
「影鎖の魔王や」
そのとき、レドモアの隣に座っていた老婆が静かに口を開いた。
ドミナトスが口を閉じる。
影鎖の魔王と言うのはドミナトスのことらしい。
老婆はどことなく植物っぽかった。
佇まいが、とかではなく、見た目そのものが。
髪の毛は白く枯れかかった細い木の枝のようだ。そう思うと、肌も植物の幹がうっすらと混じっているように見えなくもない。
彼女は目を閉じたまま、指を組んでいる。
「この話の、流れで、わからないかのう?」
「……何がだ?」
「エリスは、彼らに、集めさせたい、のであろう。
つまり、我々には、別の役が、あるのだよ。
違うかのう、エリス?」
「ご明察、サフラ。その通り。
心臓と翅はシェイル達に集めてもらう。人間組でも達成できるはずだ。
魔王諸君には、別の仕事がある。武器集めだ」
「武器? 武器ならいいのがあるだろう。目の前に。おあつらえ向きのが」
トリビューラが円卓の中央に刺さっているアドルモルタを指して言う。
シェイルは不快そうに眉をひそめた。
しかし、シェイルが何か言う前にフォクス・ミクスが口をはさんだ。
「トリビューラ、君はずいぶんとアドルモルタに固執するね。
しかし、もう少し控えた方がいいな。自信が無いことが露呈しているよ」
「なんだと、貴様!」
フォクス・ミクスが腕を組んで穏やかな目をトリビューラに向ける。
トリビューラは机を叩いて立ち上がり、フォクス・ミクスをにらんだ。
しかし、二人のにらみ合いにエリスが割り込んで話を元に戻す。
「そこまでね。で、トリビューラ、残念だけどアドルモルタはダメだ」
「……なぜだ?」
「剣が所有者として認めてるのはシェイルだけだから」
「だが、先ほどドットとやらがそれを使ってトゥルモレスを攻撃したと言ったではないか」
「ドットはシェイルの師匠で、剣の達人だった。
君はシェイルの敵で、剣の腕はそれなりでしかないだろ?」
「それなりだと? 余は人間が一生でかける倍の時間、剣術の修練を積んでいる。
それでもそいつより余の方が劣ると?」
「そうだ。剣に人生のほとんど全てを賭けている訳じゃないだろう?
どちらかというと、魔法の研究の息抜きに手を出している程度だ。違うかな?」
「何を言うかと思えば……。剣術など、かけた時間が全てだろう」
「そうかな?
君は魔法でも同じことを言われたら納得するの?
魔法は研究の時間が全てなのかい?」
「……」
「君は剣術を極めたわけではない。アドルモルタは君を認めない。絶対に」
エリスの宣告を聞いてトリビューラは静かに席に座った。
顔色はわからないが、やはり悔しそうだ。
顔の円の生成速度が上がっている気がする。
「さて、諸君に集めてきて欲しいものはこれだ」
エリスが指を鳴らす。
円卓に座る魔王、そしてシェイルとキュアリスの前にカードが一枚ずつ浮かんでいた。
シェイルが目の前のカードを手に取ると、『水晶竜の心臓』と書かれていた。
読み書きの練習は続けていたからどうにか読むことができた。
練習はずっと空いた時間にローアと二人で進めてきた。
正解すると「私の教え方がいいのね!」と自画自賛していたローアの鼻高々な姿が目に浮かぶ。
絶対に助け出す。
絶対に。
……あ、ついでにミケルマも。ココが泣くのは嫌だし。
「それでは、各自、カードに書かれたものを入手してほしい。
トゥルモレスを倒して明けない夜をぶち壊そう」
エリスはそう言うと、指を鳴らした。
***
シェイルとキュアリスはその瞬間、円卓から元の世界へと戻された。
気づけばそこは宿屋だった。
キュアリスもフェリクス、ココ、ノイアもいる。
シェイルはベッドの端に腰掛けた。ベッドがぎぃと音を立てて軋む。
カードを裏返してみると、なにやら手書きの文章が書かれていた。
時間をかけて読み解くと、次のようなことが書かれていた。
「トゥルモレスの復活の日は近い。
世界は明けない夜の世界へと一歩ずつ進んでいく。
止めることはできない。
ならせめて加速しよう。
勢いをつけて突撃だ!」
それを読んでシェイルは苦笑した。
「……なんだこりゃ。鼓舞してるつもりなのか? ひどいなこりゃ」
「まあ、エリスらしいと言えば、らしいね。
昔からこういうのは苦手だと言っていたから」
「……はぁ」
シェイルはベッドに後ろ向きに倒れこんだ。
このカードの文句のおかげか少し落ち着きを取り戻せた。
エリスを恨んでも仕方ない。
もしかしたら騙されているのかもしれないけど……。
ローアを生き返らせると言われればやることは一つだ。
シェイルはキュアリスを振り返り、力強く言った。
「水晶竜ってどこにいるのかな!」
「さあ? 知らないよ」
……ごめんローア、ダメかもしれない。




