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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第4章 三分鼎立・輝煌三角・三人致死
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第88話 三人致死

 ドットはアドルモルタを右手に持ち、左側に構えた。

 炎は一切、纏っていない。


 ミケルマは後ろで荒い息をしている。

 キュアリスもドットの構えを見て二人の後ろに着地した。


 トゥルモレスはその時初めて表情らしい表情を見せた。

 嫌悪と焦りが混ざったような表情。


『死の泥よ、我が盾と―――』

「遅い」


 ドットは自身の魔力を燃え上がらせた。



 ドットはアドルモルタの中に魔力があるとキュアリスに説明した。

 自分の魔力を使う必要は無いと。

 その仮説は半分正しい。


 アドルモルタの中に魔力をためる機能はある。

 魔力の貯蔵量も十分にある。

 トリビューラ戦でシェイルはアドルモルタの中に貯められた魔力をほとんど使用しなかった。

 そもそもそんなものがあることに気づいていなかった。


 しかし、その蓄えられた魔力を使用するには、使う魔力に応じた魔力を消費しなければならない。

 呼び水のようなもの。魔力を引き出すための魔力が必要なのだ。


 ドットはキュアリスが戦っている間、アドルモルタと同調するとともに、トゥルモレスにダメージを与えるのに必要な魔力量を探っていた。

 しかし、測定はできなかった。

 だからドットは最大火力で攻撃することにした。

 覚悟を決めたのだ。


(最初からわかっていたことだ……)



 ドットはアドルモルタを握り直し、自身の魔力をほとんど全て注いだ。

 致死量だ。通常でも数秒後には意識を失い、そのまま死に至る。

 しかし、アドルモルタの魔力を使用するのだから、きっとそれでは済まない。

 魂を喰いつくされるくらいのことは覚悟しなければ……。

 ドットは残りの魔力で自分に魔法をかけた。


 『剣を振る』

 ただそれだけの魔法だ。

 例え意識が無くなったとしても攻撃は完遂される。

 十五年間、自分と仲間を守り続けてきた魔法。

 自分は守れたが、仲間を守れなかった魔法。


(皮肉なもんだ。今日は自分を殺して仲間を守るために使うとはな)



「斬命閃」



 アドルモルタに火がともる。

 根元から先端まで。

 まるで爆発するような速度で。


 その一閃は誰にも視認できなかった。

 剣を振り終えたとき、すでに刀身の炎は燃え尽きていた。

 一瞬遅れて、剣閃が通り抜けた空間が焼ける。

 解放された熱量に空気が膨張し、爆発する。

 剣を振った反動で足場にヒビが入り、崩れ始める。


 キュアリスは爆風を避け、倒れているドットとミケルマを抱えて橋を引き返した。

 空中の足場では速度が出せない。

 爆風に巻き込まれてしまう。

 踏んだ足場を魔法で強化しながら、空気の粘性を感じる速度で駆け抜けた。


 対岸まで渡り切ると、そこにいたフェリクスとノイアにドットとミケルマを投げて渡した。

 勢いは多少殺したが、二人は受け止めきれずに後ろに転んだ。


 キュアリスは振り返り、すぐさま土魔法で防壁を築いた。

 一瞬で視界を覆いつくす岩壁が現れ、天へと伸びていく。

 遅れて、岩壁に液体がぶつかる音がする。

 沼の泥だ。


 ……と、何やら雨のようなものが降ってきた。

 黒い雨。

 よく見ればそれは沼の泥だった。

 それを見てノイアが絶叫する。


「きゃあああああ!? し、死んじゃいます!?」

「大丈夫よ。こんな小さな雨粒なら問題ないわ」


 そう答えたのはローアだった。

 しかし、言ったセリフとは裏腹に、ちゃっかり傘を作って雨を防いでいた。

 シェイルに肩を貸してドットのところまで歩いて行こうとしている。


「ならどうして傘さしてるんですか!?」

「……服が染みになりそうだし」

「君たち、元気ね。なりよりだわ」


 キュアリスはローア達のやり取りに苦笑した。

 しかし、おそらくトゥルモレスはまだ生きている。

 キュアリスはトゥルモレスを確認するために岩壁を崩した。


 トゥルモレスは苦しんでいた。

 胸を斜めに両断されたらしい。鉄が焼けたような熱と光を放っている。

 喉が焼け切れたのだろうか。

 声にならない叫び声を上げながら、血の涙を流している。

 胸部が最も損傷が激しいが、それ以外の部位もかなりのダメージを受けているようだ。


 夜の魔王が苦痛にむせび泣いていた時間は長くは続かなかった。

 見る見るうちに肉体が再生していく。

 さらには衣服まで。

 しかし、その身体の半分近くが再生したところでそれは止まった。

 特にドットが斬った胸部の損傷はほとんど再生しなかった。


『エリスめ……。姿を見せんと思えば、これが狙いか……。

 弱ったところで封印か、あいつらしい……。

 だが……』


 トゥルモレスは崩れかけた右腕を上げて指をさした。


『これは予知できているのか、エリス』


 指先から閃光が放たれた。

 キュアリスが叫ぶ。


「みんな! 逃げて!」



 ***



 トゥルモレスが攻撃した瞬間、その射線上にいたのは三人だった。

 シェイル、ローア、ココの三人だ。

 三人は微動だにしないドットとミケルマに近づいて様子を見ようとしていたところだった。

 キュアリスは逃げる時に魔力をほとんど消費したせいでもう素早く動けない。



 最初に動いたのはミケルマだった。

 気づけば身体が動いていた。

 勢いよくココを突き飛ばし、そのまま自分が射線上に乗ってしまう。

 目を閉じてドミナトスに謝罪する。


(……申し訳ありません、ドミナトス様。私はここまでのようです)


 目を開けるとココと目が合った。

 驚きに目を見開いている。

 ミケルマは心の中でココにも謝った。


(辛い目に遭わせて……ごめんな)


 直後、トゥルモレスの閃光が右わき腹から左肩へ突き抜けた。



 ***



 シェイルはドットのすぐそばにしゃがんで生死を確認した。

 ドットはやはり、死んでいた。

 へらへらした笑みでも、不愉快そうなしかめ面でもない。

 見たこともないような穏やかな表情で目を閉じている。


 しゃがんでいるシェイルの隣でローアは傘を差して立っている。

 シェイルとローアが現実感の無さに呆然としていると、キュアリスの叫び声が響いた。


「みんな! 逃げて!」



 目を向けるとトゥルモレスが攻撃しているのが見えた。

 シェイルはその閃光を不思議な気持ちで見つめていた。

 言葉にすれば「エリスから予言されていた死がようやく来たな」だった。

 思ったより早くドットと同じところへ行けるらしい。


 身体が動かない。

 すでに体力・魔力の全てを使い果たしている。

 もはや意識を保っているだけでもやっとだった。

 とても避けられない。


 おそらくこの閃光は俺を殺すためのものだ。

 しかし、このままではココとローアまで巻き添えを食ってしまう。

 ココはミケルマが助けてくれたようだ。あの勢いなら身代わりになるだろうが……。

 ミケルマには残念ながら何もできない。

 どこか満足げな表情なことだけが救いか。


 ローアは……大丈夫だろう。

 閃光はおそらくローアの肩をかすめるだけになるはずだ。

 俺が閃光を見ることができているのが良い証拠だ。



 ローアが死なないならいいか。俺は心臓を直撃だろう。

 即死だといいな。痛いのは嫌だ。

 ……などとのんきなことを考えていると、閃光が見えなくなった。

 見えなくなったのだ。


(えっ……?)


 さらに目の前の影に突き飛ばされた。

 閃光を遮っている影だ。

 そいつに突き飛ばされた。



 突き飛ばされて頭の位置が変わり、再び閃光が見えた。

 閃光が俺を突き飛ばしたそいつの胸を貫く。

 明らかな致命傷。そいつは俺の身代わりになったのだ。

 そいつは優しい声で俺に言った。


「……無事?」

「あ、ああ……」

「そう……、なら……いいわ……」


 そいつは俺に倒れかかってきた。

 俺の腕の中で震えている。

 何か言っている。

 必死で耳を澄ませるが、自分の心臓の鼓動がうるさくてほとんど聞き取れない。

 そいつは咳を一つして血を吐いた。

 血の匂いがする。

 現実が遠くなる。




 しばらくして、そいつは死んだ。



 つまり、ローアが死んだ。

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