第87話 架け橋
ドットがアドルモルタを手に取ったのとほぼ同時刻、聖都の南。
巡礼者の森の奥。墓標前。
木の棒を持って地面に魔法陣を描いている人物がいた。
エリスだ。
キュアリスが助けを求め続けている神様ははるか南の森の中にいた。
呼びかけを完全に無視しながら、淡々と魔法陣を描いている。
「これでよし」
墓標を囲む魔法陣が完成すると、エリスはほっと息を吐いて木の棒を投げ捨てた。
墓標にそっと手を触れ、夜空を見上げ、ポケットからハンドベルを取り出した。
「あーもしもし、キュアリス?」
***
『あーもしもし、キュアリス?』
「え!? エリス!?」
キュアリスはいきなり聞こえてきたエリスの声に仰天した。
アドルモルタを手に取ったドットを含めて全員が驚いて目を丸くする。
キュアリスは懐からおいでませ神様を取り出した。
声はそこから聞こえていた。
「ちょっと! どこでなにしてるんですか!? こっちは大変で―――」
『うん、知ってる』
「知ってる!? 知ってるって言いました? 今!?」
『うん』
キュアリスが半狂乱になりかける中、エリスの声は冷静だった。
「だったら早く……! こっちがどんだけ……!」
『それは無理だね。僕は今そいつの本体の近くにいるから』
「本体……?」
「そう、そいつは夜の魔王トゥルモレス。そのハリボテ」
『一体どういう―――』
『時間が無いから、細かいことは後でね。
そいつはそこから動けない。
僕はそいつをもう一度封印し直すから、どうにか生き延びて』
「は? え、トゥルモレス……?」
『質問が無いなら切るね。じゃ、がんばって』
「え、いや待て、エリス! おい―――。
き、切りやがった……!」
キュアリスはおいでませ神様を地面に投げ捨てるとガシガシと足で踏んだ。
「あのクソ神様がッ……! 今度会ったらぶん殴ってやる……!」
「えっと……どうするんですか?」
「心配するな、ローア。
要するに、やることは変わらん。
あいつが動けないってのがわかった。それでいい。
そうだろ?」
「あー……、そうね、ドット。そうだわ。その通り」
ドットはアドルモルタを肩に担いだ。
「ふむ、思ったより軽いな」
「ドットさん、本当に持てるんですね……」
ローアは驚いて目を丸くしていた。
アドルモルタは持った者の魔力を吸い取り昏倒させ、酷い時には死に至らしめる魔剣だからだ。
しかもドットは魔力をほとんど貯めることができない呪いがかかっている。
魔力の量は常人よりずっと少ないはずだ。
だが、ドットはアドルモルタを肩に担いだままニヤニヤと笑っている。
「持てるみたいだな。まあ、持つのは初めてだったから正直ひやひやしたが……。
問題ない。持つだけなら一時間くらいは大丈夫だろう」
「ど、どうして大丈夫なんですか?」
「簡単な話だ。アドルモルタが魔力を吸う力より俺が魔力を吸わせまいとする力の方が勝ってるってだけだ」
「アドルモルタに勝ってる……?」
「そんな大層な話じゃない。お前でもその気になればできるはずだ。
それくらいの魔導力はあるだろうよ。さて……」
ドットはそこで説明をやめてトゥルモレスに視線を移した。
トゥルモレスに動きは無い。ただ闘技場の真ん中のあたりで浮いているだけだ。
沼は観客席にまで水位を上げている。
ウサギと聖騎士の死者たちがばたばたとのたうち回りながらこちらに近づいて来ていた。
ドットはトゥルモレスと死者たちを剣で指して言う。
「目標はあの白マントだ。まず沼の水位が上がるのを何とかしなきゃならんからな。
あれにアドルモルタの一撃を入れる。
防御や回避、効かなかった場合のことは考えない。その時は死ぬと思え。
別にいい案ある奴は?
……。
いないな? 続きを話すぞ。
あれに一撃を入れなきゃならんのだが……、残念ながら俺の間合いの外だ。
アドルモルタの炎を伸ばしたとして……あの距離まで届く刃は俺の力では保持できない。
だから、沼の中に足場を作る必要がある。できる奴はいるか?」
ドットの問いかけにキュアリス、ローア、ミケルマが手を挙げた。
「岩の足場を作れるわ」
「私も作れます」
「俺が足場になろう」
キュアリスとローアはぎょっとしてミケルマを見た。
ドットはミケルマの目を見た。
「どういう意味だ?」
「あれに一撃を入れるんだ。半端な足場じゃダメだろ?
安定した足場が必要だ。
グラつかない……。
敵を気にしなくていい……。
そんな足場が必要だ。違うか?」
「その通りだ」
「そのためには一緒に足場の上で踏ん張る必要がある。
それは足場になるということだ」
ミケルマは自分の胸に手を当てた。
「俺が足場になろう」
「わかった。お前に頼もう」
「よし。だが、そこまでの足場……橋は別の奴に作って欲しい」
ミケルマはキュアリスとローアを見て言った。
二人とも少しバツが悪そうな顔をしている。
先に顔を上げたのはキュアリスだった。
「私が橋を架けるわ」
「よし。これでいいか?」
「ああ、いい」
ドットはそう言って口の端をニヤリと歪めた。
と、何かを思い出したように笑みを引っ込めてシェイルに近づいた。
そして、まだ気絶しているシェイルの頬を少し強めに叩き、肩を揺さぶった。
「おい起きろ、シェイル!」
「ん、んん……?」
シェイルは眠そうに眼を細めつつも目を覚ました。
「ドットがアドルモルタを持ってる……?
ああ、夢か……」
「夢じゃない。こら、寝るな!」
「ううう……。
ええ!? ドットがアドルモルタ持ってる!?」
「うるせえ! 大声出すな!」
「痛い!?」
ドットは目に涙を浮かべているシェイルに指を突き付けた。
口元に笑みを浮かべていたが、目が笑っていないことにシェイルは気づいた。
「いいか、シェイル。今から俺のとっておきの剣術・魔法を見せてやる。
よ~~~く見てろ。いいな?」
「え、い、いや、どうしてアドルモルタ持って―――」
「見てろ。いいな?」
「……わ、わかった……」
「瞬きするなよ?」
「わかったって……。ちゃんと見てるよ」
「ああ、見てろよ」
シェイルはまだ半分寝ぼけていたが、頬を何度か叩いて目を覚ました。
なんだか嫌な予感がした。
いつも不真面目なドットが真剣になっている。
絶対に何か悪いことがあったんだ。
しかし、シェイルには現状を理解する時間すら無かった。
ドットは今度はローアとルイーズの方を見た。
「ローア、ルイーズ、お前たちはここにいろ」
「ドット、お前まさか……」
「まさか、なんだよ?」
「死ぬつもりじゃないだろうな?」
ルイーズが口ごもったのを見てドットはニヤッと笑った。
「心配してくれんのか?」
「当たり前だろ」
「ははっ。そりゃ悪かったな。
でもな、考えがあるっつったろ?
死ぬつもりはねえ。ま、必ず戻るとは言い切れねーがな」
「ああ……、待っている」
「おう」
ドットは笑って手を挙げるとキュアリスの待つ沼の淵へ近づいた。
ミケルマはやや遅れて来た。
ココと少し話していたらしい。
ココはかなり心配そうな顔をしていたが、ミケルマは振り返らなかった。
「本当にいいのか?」
「……何がだ?」
「……最後になるかもしれないぞ」
「わかってる。いい」
「そうか」
「じゃあ、行きましょうか」
沼から観客席に死者たちが這い上がってきている。
露払いはキュアリスがした。
死の泥がついた彼らに触れないように腕を振り、岩の弾丸を浴びせながら歩いて行く。
「容赦ねえなあ。聖騎士もいるだろうが」
「もう死んでるわ。それに彼らだって自分のせいで私たちが死ぬのは嫌でしょ?」
「ずいぶんドライだねえ、勇者様?」
「何とでも?
私たちが生きて出なきゃ彼らの最後を見届けた人がいなくなるんだからね」
キュアリスは沼の淵にたどり着くと、観客席に手をついた。
地響きと共に観客席の下から岩が噴き出し、沼の水面に平行に伸びていく。
それは岩の橋だった。
数十メートル伸びたところで橋は止まった。
キュアリス達とトゥルモレスの中間あたりまで伸びている。
キュアリスはやや息を荒くしてドットとミケルマの顔を見た。
「どう?」
「ああ、いい橋だ」
「最後に聞かせて。あなたの考えって言うのは……ただの強がりなの?」
「半分はな。だが、半分は根拠がある」
「どんな?」
「時間がねえんだが?」
「死んだらシェイルに伝えられないわよ」
「わかったよ……。
いいか、アドルモルタの炎はバカみたいに魔力を食うが……、俺は自分の魔力を使うつもりは無い。
今までにシェイルが注いできた魔力を使うんだ」
「今までに注いできた……?」
「そうだ。四六時中ずっと持ってて魔力を吸われまくってるはずなのに、あいつはぴんぴんしてる。
あいつの魔力量は尋常じゃないが、それでもさすがにおかしい。
一瞬で人が昏倒するほど魔力を吸うんだからな。
あいつが死なないのは剣に気に入られてるってのもあるだろうが、吸収量に限りがあるってことでもあるはずなんだ。
つまり、魔力をためてるんだ」
「……どういうこと? それがアドルモルタを使っても死なない理由になるの?」
「要するに、シェイルが今までに貯めていた魔力を使えばいいってことだよ。
俺の魔力を振り絞って攻撃する必要は無い」
「なるほど……。勝算は?」
「10%ってとこだろ。大目に見てな」
「そう……。もしダメだったら、私からシェイルに伝えておくよ」
「ああ、頼むぜ」
ドットはキュアリスから、沼の中心にたたずむトゥルモレスに視線を移した。
「よし。……じゃあ、行くか」
「ああ」
独り言気味に言った言葉はミケルマの返事で独り言ではなくなった。
ドットはミケルマの顔を見てニヤッと笑う。
「ついこないだ、お前と殺し合ったってのにな」
「勘違いするな。私は味方ではない。これもドミナトス様のためだ」
「素直じゃねえの。……行くぞ!」
「ああ」
ドットの合図で二人は同時に岩の橋へ、死の沼へ足を踏み入れた。
途端に沼の中でうごめいていた死者たちがドット達の方へわらわらと群がっていく。
「うわあ!? きっ、気持ちわるぅ! なんだこいつら!?」
「構うな。進め、進め!」
「お前、よく平気でいられるな!?」
「平気じゃない!」
ミケルマは土魔法で槍を作り出してウサギ兵と聖騎士をほぼ同時になぎ倒した。
「黙って走れ! ここで死んだら死に切れん!」
「へいへい……!」
ドットも正面に立ちふさがっていた聖騎士二人をアドルモルタで斬り伏せた。
さらに横から来たウサギ兵を避けると、剣を上段に構えなおして振り下ろした。
その隣をミケルマが走り抜けていく。
「雑魚にかまうな!」
「先にかまってたのはお前だろ!」
「知らんな」
二人は軽く言い争いながらも橋を渡り切った。
そこは行き止まり。目の前には死の沼。遠くに白い死神の冷たい瞳。
横と後ろを向けば亡者たちが群がっている。
ミケルマは足元に触れた。土魔法で足場を深く、広くしていく。
足場が沼の下の地面とつながり、安定する。
ドットはアドルモルタを構えた。
「さて……、一世一代の大舞台だ。上手くいくよう祈っててくれよ」
「祈る? ドミナトス様にか?」
「……やっぱ、いいや。見てろ、そこで」
「ああ」
ドットはアドルモルタを握り直し、深呼吸する。
刃先に炎が灯る。
白い炎だ。
紙についた火のように刀身全体に少しずつ広がっていく。
ドットは目を閉じて集中している。
額に脂汗がにじんでいる。
その隣でミケルマは徐々に迫ってくるウサギ兵と聖騎士を倒していく。
「……」
「どうだ?」
「……」
「おい、どうなんだ? やれるのか?」
「うるせえな! 今、集中してんだよ!
思ったより神経使うぜ、これ……」
「しかし……」
「なんだよ!?」
「白マントが指をこっちに向けてるぞ」
「はあ!?」
ドットが目を開くと、ミケルマの言う通りトゥルモレスはこちらに指を向けていた。
口の端に残酷な笑みを浮かべている。
指先に徐々に光が集まっていく。
『死地に飛び込む勇者よ。無為の死に屈するがいい』
指先の光が明滅する。
最後に一際明るく輝き、ドット達へ向けて閃光が放たれ―――。
「いま、勇者って言った!? 言ったよねえ!」
しかし、閃光は巨大な岩に防がれた。
それはキュアリスの拳だった。
沼の淵にいたはずの勇者はドット達とトゥルモレスの間の中空で閃光を防いでいた。
防いだと言っても、閃光をわずかにそらしただけだ。
拳の大半はその際に焼け切っていた。
「……っ! 勇者はこの私だ! 私が勇者だ!
私は! ただ腕力だけの臆病者なんかじゃないぞ!」
「……今回の戦いで活躍できなかったことを引きずってんのか?」
「うるさいな! その通りだよ!」
「じゃあ、一人でやるか?」
「それは無理!」
キュアリスは土魔法で足場を作って沼の上に着地した。
グラつく足場に死者たちが群がって来るのでキュアリスはすぐにジャンプした。
「火力が違い過ぎる! 一人じゃあ、勝てない!」
キュアリスはかく乱するように空中で複数回ジャンプし、トゥルモレスに突撃した。
魔法で元の形に復元した拳をトゥルモレスに叩きつけるが、障壁に阻まれて一切のダメージが入らない。
それどころか、カウンター気味に放たれた衝撃波を食らってしまった。
「うっ……!?」
『星の鎖を忘れるな』
トゥルモレスに指をさされると、急激に体が重くなった。
そのまま沼に落とすつもりなのだ。
「重力の、魔法……!?」
キュアリスは全力で足場を作り、沼に落ちるのを防いだ。
足場からジャンプする直前の刹那、トゥルモレスと目が合った。
……こちらに指を向けている!
『白の連星』
キュアリスがジャンプした直後、トゥルモレスの指から閃光が放たれた。
最初に撃った閃光よりずっと弱いが、その分タメが短い。
閃光は十連続で放たれ、キュアリスはそのうちの三発被弾した。
腕、腹部、太ももの三か所だ。
「ぐっ……!」
再び空中で跳ねまわる。
治癒魔法で腹部と太ももを回復させようとして気づいた。
治癒魔法の効きが極めて遅い。
効いていないわけではないと思うが、動き回っているせいか出血が止まらない。
「ドット、まだ!?」
「まだだ。まだ同調が足りない。まだ倒せない!」
『倒せるだと……?』
ドットの言葉にトゥルモレスが反応した。
小首をかしげてドットを指さす。
『蟻の分際で不敬であろう』
白の連星がドットにも放たれた。
それを防ぐためにミケルマがドットの前に立つ。
「ぐっ……!」
ミケルマの張った障壁を閃光が貫いた。
障壁でガードしたことで閃光は曲がり、ドットにダメージは無い。
しかし、ミケルマは二発被弾した。
「これでも食らえ!」
しかし、ミケルマは妖精の手鏡を構えていた。
トゥルモレスの指の角度から弾道を読んで三発を鏡で受けた。
鏡が反射した閃光がトゥルモレスを貫く。
が、トゥルモレスは不快そうに顔をしかめただけだった。
自分の攻撃を跳ね返されたにも関わらず、ダメージを受けた様子は無い。
「ダメージ無しか……。こちらはもうボロボロだと言うのに……」
「まだ一回攻撃食らっただけだろ」
「二発だ。俺はただの人間なんだぞ。魔王や眷属と一緒にするな」
「そりゃ悪かったな」
「で? あとどれくらい耐えればいい?」
「急かすな。……あと二十秒耐えれるか?」
「「はー……」」
ミケルマの深々としたため息が聞こえた。
キュアリスも頭上で跳ねまわっているが、確かに聞こえた。
「乗り掛かった舟だ。好きにしろ」
「すまんな」
二十秒後、ドットは目を開いた。
「待たせたな! もういいぞ。退避しろ」
「オッケー! 任せたよ!」
「全く……。長すぎだ」
「悪いって」
キュアリスとミケルマの身体に空いた穴が増えている。
少なくとも治癒魔法が無ければ致命傷になる程度のダメージに違いない。
ドットは心の中で二人に感謝するとアドルモルタの柄を握り直した。
「さあ月に帰る時間だぞ、クソ野郎」




