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勇者・隷属・アドルモルタ  作者: 甲斐柄ほたて
第1章 放浪者・魔剣・巫女
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第9話 説教

 ローア、シェイル、アシュリーの三人は無事に森から出ることができた。行きと同じように先頭がシェイルで、後ろをローアが歩いた。ただし、今度はシェイルはアシュリーを抱え、ローアはほとんど後ろを見ながら歩いた。行きとは違ってずっと過酷な道のりだった。三人は気の遠くなるような時間を経て、ようやく森を抜けた。

 森を抜けたころには日が落ちて辺りは暗くなり始めいた。


「疲れたわ…」

「どうして襲われなかったんだろう? けっこう隙だらけだったと思うんだけど…」

「ふふん…。きっと私がいたからね!」


 ローアは疲れた顔をしながらも、胸を張って答えた。


「私は魔法使いとしてけっこうすごいからね。襲っても無傷では倒せないから、襲わなかったのよ」

「…ホントか?」

「ホントよ!」


 ローアはそう小声で叫ぶとげんなりした顔に戻って、「早くアシュリーを連れて行きましょう」と言った。シェイルは眠っているアシュリーを起こさないように背負い直して村へ戻る坂を上った。



 ***



 アシュリーを村に連れ帰ると、大騒ぎになった。三人の姿を見るなりそれを見た村人は大喜びして叫んだり、走ったり、地面に膝をついてエリス神に祈りを捧げたり、ガッツポーズを取ったりした。それを見てシェイルとローアは苦笑しながらアシュリーの家まで向かったが、途中で村人に連れられて来たアシュリーの母親と会えたので、そこでアシュリーを渡した。二人は泣きながらお礼を言う母親に「無事でよかったです」「休ませてあげてください」と声をかけてその場を去った。

 次に村長の家に行って、森にアシュリーをさらったならず者たちがいたこと、少なくとも三人いて、取り逃がしたことを伝えた。村長たちは険しい顔をしていたが、逃がしたことを責められることは無く、教会に帰るように言われた。


 教会に戻ると、ブブとボボが入口に立っていて心配そうな顔をしていた。


「エルダ様…、怒っている」「ローア様、気を付けて」

「わかったわ、ありがとう。ブブ、ボボ」


 もうとっくに日は沈んでいる。夕食の準備どころか食べ終わる時間だ。それでなくても祝祭の準備を途中でほっぽり出して出てきてしまったのだ。怒られるだろうな、とはローアも思っていた。

 二人は二階への階段を上り、エルダの部屋の前まで来てローアはシェイルを振り返った。奥のシェイルの部屋を指さし、エルダに聞こえないように小声で言う。


「シェイル、部屋に戻っていて。夕食ができたら呼ぶから」

「俺も行くよ」

「いらないわ」

「いや、行く」


 ローアは引き下がろうとしないシェイルを見て、顔をしかめて迷ったが、シェイルの心配そうな顔を見て折れた。


「…まあいいわ。じゃあ、くれぐれも余計なことは言わないでね」


 ローアがエルダの部屋の扉をノックすると「どうぞ」という声が聞こえた。扉を開けて二人が中に入る。

 エルダは机に座って羽ペンを持ち、ひたすら紙に何かを書いていた。ローア達が部屋に入っても振り返らずにずっとペンを走らせている。


「…遅れて申し訳ありません、エルダ様」

「どこで何をしていたのですか?」

「アシュリーがいなくなったと聞いて、探しに行っていました」

「私に無断で出て行ったのですか?」

「…はい。申し訳ありません」

「ふぅ…」


 エルダはため息を吐いてペンを置き、かけていた丸眼鏡を外してこちらを振り返った。


「アシュリーは見つかりましたか?」

「はい。無事です」

「何よりです。どのような状況でしたか?」


 ローアは事の次第をかいつまんでエルダに話した。小屋があり、アシュリーが捕まって眠っていた。アシュリーをさらったと思しき連中と戦ったこと。どうにかアシュリーを助けて戻ってこれたこと。

 その説明を聞いている間、エルダはほとんど口を開かなかった。二回だけ内容を確認しただけ基本的には手を組んでじっと聞いていた。


 話し終えると、ローアはまるで判決を言い渡される前の被告人のように俯いて手を震わせていたが、それを止めようとしたのか右手で左手をつかんだ。


「…以上です」

「わかったわ。アシュリーを無事に助け出せたことは喜ばしいことです。素晴らしい働きだったと思います」

「…」

「しかし、あなたは二つのルールを破りました。まず、私の許可を得ずに教会を出てアシュリーを探しに行ったこと。次に私や村の許可を得ずに彼と二人で森に入ったこと、です」

「はい。理解しています」

「どうして無断で森に入ったのですか?」

「…」

「ローア?」

「ローアはアシュリーを助けようとしたんだから、いいんじゃないんですか?」


 ローアが黙ったまま口を開かなかったので、シェイルは見かねて口を開いた。

 エルダはじろりとシェイルをにらんだ。


「…ルールはルールです。善い行いをしたとしても、そのためにルールを破ったのなら、それ相応の罰を受けなければなりません。あなたもそれを覚悟していたはずです。…違いますか、ローア?」

「はい、エルダ様」


 ローアは唇を真一文字に結んで返事をした。シェイルがまた口を挟もうとすると、ローアは静かに首を振った。


「それで? どうして無断で森へ?」

「…早く、アシュリーを助けないといけないと思ったので…許可を得ている時間が惜しいと考えてしまいました」

「そうですか…」


 エルダはしばらく目を閉じて考え始めた。全員が何も言わないまま、数十秒経って、再びエルダが口を開いた。


「こうしましょう。私に許可を得なかった件は一回目ですから不問とします。次からは気を付けてください。次に森に入った罰として、ローアには祝祭まで村で警備についてもらいます」

「警備…というのは、どのようなことをすれば…?」

「文字通りの意味です。おそらく人さらいの連中はまだ森に潜伏し、隙を見て村人をさらおうとしているでしょう。あなたは村を人さらいから守りなさい」

「…わかりました」

「大変でしょうがしっかりやりなさい。村長には明日、私から話しておきます」

「はい。謹んで職務に当たります」


 シェイルはそれは果たして罰なのだろうかと疑問に思ったが、特に言い返す必要も無いと考え、了承した。


「最後にアシュリーを助けた褒賞ですが…祝祭が終わったら、延び延びにしていた魔法の指導をしてあげましょう」

「本当ですか!?」


 ローアはそれまでの暗い顔が嘘だったかのように、顔をぱあっと輝かせ、魚が跳ねるように背筋をピッと伸ばして叫んだ。

 エルダはそんなローアの様子を見て苦笑した。ちなみにシェイルは目を丸くした。こんなに嬉しそうなローアは初めて見た。


「…そんなに嬉しいのですか?」

「ええ!ええ!それはもう!だって、ずっとエルダ様はあちこち出かけていらしたので!ずっと待っていました! ありがとうございます!」

「お待たせして悪かったですね。…私の用は一段落したので、ゆっくりと指導してあげましょう」

「ありがとうございます、エルダ様」

「よかったな」

「うん!」


 シェイルはにこにこして嬉しそうなローアを見て苦笑した。本当に嬉しそうだ。


「でも、警備の仕事かぁ。よくわからないけど、大変そうだなあ」

「まあ、なんとかなるわよ。がんばりましょう!」

「ああ」

「…ああ、シェイル。あなたにはここで祝祭の準備を手伝ってもらいますよ」

「…え?」

「え?」


 シェイルとローアは二人そろって口をぽかんと開けて聞き返した。その様子を見てエルダは可笑しそうに顔をゆがめた。


「本当に仲がいいわね…。でも悪いんだけど、ローアを警備に出す以上、教会に人手が足りなくなるの。ローアの代わりにあなたに働いてもらうわ」

「えっと…、その…」


 シェイルは正直、気が進まなかった。まだエルダがちょっと怖い…というのもあったし、ローアとずっといたので、ずっと彼女に付いて行けばいいと思っていたのだ。断りたかったが、言い返す言葉が見つからない。まさかローアと一緒にいたいので嫌です、とは言えなかった。

 ローアを見るが、彼女も多少驚いた様子だったが、「まあそれもそうね」という表情をしているように見えた。目が合うと少し眉を下げて「がんばれ」とばかりにうなずいてきた。


「わかりました…。何をすれば…?」

「そうね。朝食と夕食の用意」

「はい」

「それと洗濯」

「はい」

「あと聖堂の掃除ね」

「はい。…え?」


 シェイルは聖堂を思い浮かべて思わず聞き返した。あの巨大な部屋の掃除をするのか? 大量の椅子と、(椅子が邪魔で掃除しにくそうな)広い床と、なんか色々とごてごてした装飾がたくさんあるあの部屋を?


「ど、どの程度…?」

「? 全てです」

「ぜ、全部…? 隅々まで?」

「はい。そうですが…?」


 思いっきり大変そうだ。というか、一日で終わる気がしないんだけど…。

 ローアに視線を送るが、彼女も「どうかした?」と言わんばかりに微笑んで目を大きくした。シェイルは「自分がおかしいのか?」と頭の上に疑問符を浮かべた。


「それが終わったら、祝祭の準備のために村人が何人か来るので、彼らを案内してください。必要があればあなたも手伝ってあげてください」

「は、はい…」

「それから―――」


 さらにエルダはつらつらと仕事をいくつも挙げた。シェイルは仕事がいくつあるか覚えるだけで必死だった。が、それよりもローアが平然とそれらを毎日こなしていたことに戦慄していた。普通に働き過ぎじゃないか?こんなもんなの!?


「―――以上です。よろしくお願いします」

「はい…」


 シェイルの返事を聞くとエルダは机に向き直り、ペンをインクに浸して再び何事かを書き始めた。ローアは「失礼します」と言って頭を下げ、二人は部屋から出て行った。


「…あれ、何してたんだ?」

「あれ? …ああ、説話の内容を考えていらっしゃるんだと思うわ」

「あんなに長いのが必要なのか?」


 シェイルは、エルダの机の上には10枚ほどの紙が置かれていたことを思い出して、そう言った。それに対してローアが肩をすくめる。


「さあ? そうなんじゃない? エルダ様、全然できてなかったのに他所の街に行ってたもんだから溜まってるのよ。まあ、今執筆に追われているのは自業自得なのだけれど、あの集中力だけは見習いたいわね」

「フーン…。あと、さっきの仕事、マジなの?」

「さっきの?」

「だから、食事の用意とか洗濯とか、掃除とか…それ以外にも色々」

「ああ、本当よ。それがどうかしたの?」


 シェイルはローアの顔をまじまじと見た。平然とした顔色だ。自分が働き過ぎだとか、仕事が速いのだ、とかいう自覚は微塵も感じられない。


「まあ、慣れてないから多少大変かもしれないけど、すぐ終わるわよ」

「う、嘘だろ…」


 シェイルは「到底信じられない」という気分で実はスーパーハイスペックだった巫女を見ながら、明日の仕事を思って胃が痛くなってきた。めちゃくちゃ大変な思いをして仕事をした挙句、全部こなせなくてエルダとローアに小言を言われたりバカにされたりするのだ…。そうに違いない。


「どうかした?」

「いいや、何も。…ところで、俺に対する期待のハードルはできるだけ下げておいてくれないか?」

「? 期待なんてしてないけど?」

「……。ああそう、ならよかったかも…」


 なんとなくトドメを刺されたような気分で、シェイルはローアに付いていって階段を下りた。


「今から夕食作るのか?」

「ええ、そうよ」

「手伝うよ」

「別にいいわよ。疲れたでしょ、休んでたら?」

「いや、明日作らないといけないし…」

「…? まあいいわ」


 シェイルは食事なんて作ったことがないことをすっかり忘れていた。そして、それはこの直後に彼自身が自覚するのみならず、全員に露見することになった。


 エリス教においては、出された食べ物は原則的に必ず食べなければならない。そして、ここは教会である。


 エルダ、ローア、ブブ、ボボ、そしてシェイルで囲んだ食卓は黒々しい物体を黙々と口に運ぶという儀式と化し、一切の会話が行われることなく終了した。

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